廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 029 --

右から左に、次いで左から右に。
偶にそれを斜めに移動させ、振り下ろす。
そんな、刀で言えば単純な作業。
しかし、これは予想外だ。

「っ!!」

まるで意思でもあるかのように曲がりくねったそれが、自分の瞳目掛けて向かってきた。
口元を引きつらせる暇すらなく、持ち前の反射神経でそれを避けると、頬に切り傷一つ。

「あ、ぶない刀…!」

驚きからか、僅かな恐怖からか。
紅はハァハァと肩で息をして、半ば愚痴を吐くようにしてやや声を荒らげる。
先ほどから、身体のいたる所にこのような傷を受けている。
きっと、今日の風呂は辛いだろう、と思わせるそれらを見下ろし、次いで剣を見下ろす。
鍛冶屋の主人から試してみるようにと手渡された、関節剣。
よくわからないうちに受け取り、今こうして藁の腸を吐き出している案山子の前に立っている。
あれの首を落としてみよ、と告げられたのが、今から数十分前。
刀であれば一瞬で十分だ。
しかし、この関節剣は、まったくと言っていいほど勝手が違っていた。

「紅殿…そのくらいにしておいた方が…」
「嫌、です」

自身の気持ちを強調する為か、あえて一文字ずつ区切ってそう答えた。
幸村は彼女が意地になっていることもわかった上で、仕方が無いか、と肩を竦めた。
自分が見ている限り、全く使いこなせていない。
紅は苛立ち、同時に使いこなしてやる、と言う使命感のようなものに駆り立てられている。
これに関しては彼にも覚えがあり、そして誰かの言葉で止まるものでもない事をよくわかっていた。

「ふむ…根性だけはあるようじゃの」
「主人…。あんな危険な武器を持たせるのは如何かと思う」
「そう危険と決め付けるものではないぞ、真田殿。あの女子…勘も悪くはない」

髭を顎の付け根から先のほうへと指先で挟んで撫でる。
そうして、また関節剣を振るいだした彼女を見て、彼は半分隠れてしまっている口元を持ち上げた。

「勘が悪くない…とは?」
「あの武器はかなり特殊での。誠に下手な者が扱えば、肉塊になるのは己と相場が決まっておる」
「な…!だから、その様な危険極まりないものを紅殿に渡されては困る!」
「まぁ、待て。最後まで話を聞きなされ」

スクッと立ち上がって紅を止めようと歩き出す幸村を、一歩前進の時点でその足を引っ掛けて止めてしまう。
かなり強引な引き止め方だが、二人の関係はそれが許されるものだと言う事だ。

「しかし…某、案内した手前、紅殿に大きな怪我があっては困る」
「わかっておるわい。儂も、伊達に武器を求める人間を見てきてはおらん。
あの女子ならばできると言う確信があったんじゃ。じゃが…………これは、予想以上じゃの」

バスン、と音がした。
何かと思って、やや青い顔で紅を見れば、彼女の前に立っていた案山子の左腕が隻腕のように短くなっている。
先ほどまでは両腕共に同じ長さだった事は、自分もこの目で確認していた。

「ほっほ!ようやるわい。半刻で当てよったか」

斬れた腕と、伸びきった剣。
それを見下ろし、紅は息を整えていた。
落とせと言われたのは首。
しかし、落ちたのは腕。
言われた課題にはまだ少し遠い。
だが、今の一撃で何かが判った気がした。
暫くただ呆然とそれを眺めていた紅が、ゆっくりと腕を動かす。
だらんと垂らしていた右手を持ち上げ、手首をクンッと勢いよく引いた。
それだけで、伸びきって地面にとぐろを巻いていた刀身がカシャンカシャンカシャンと柄の方へと戻ってくる。
大きな動きではなく、最小限のそれで、剣は再びその一般的な姿を取り戻した。
その様子に鍛冶屋主人は満足げに目を細める。

「…遠心力、か…」

紅は自身の手元で剣の姿を取り戻したそれを見て、小さく呟いた。
この剣、使いこなすには遠心力を我が物にしなければならないらしい。
それを使わないように振るえば刀身は伸びず、普通の剣として使用できる。
対して、その力を大きくするように気を配れば、獲物に襲い掛かる蛇のようにその白銀の刀身を伸ばす。
伸びてからの攻撃の方法と言えば、一番近いのは鞭だろう。
脳内でそのことを整理し終えると、彼女は隻腕の案山子に向き直った。
そして、あえて刀身を伸ばす方法で剣を振るう。
差し込む日差しを、伸びた刀身がきらりと反射させた。
















「よもや、一刻と経たずに使いこなしてしまうとは…恐ろしい女子じゃよ、おぬしは」

等間隔で輪切りにされた案山子の成れの果てを見下ろし、主人はそう告げた。
一番大きな塊となっているのは、首の部分だ。
それを草鞋を履いた足で蹴ると、彼はクルリと紅を振り向く。

「その関節剣の使い心地はどうじゃ?」
「え?あぁ…慣れれば、使い易いでしょうね。手にも馴染みますし…」

使いこなすにはもう少し時間が必要ですけれど、と紅は答える。
その身体には数え切れないくらいに切り傷があるというのに、彼女の表情は清々しい。
一つの山を攻略したような、そんな達成感を味わっているのだろう。

「おぬしで丁度50人目じゃ」
「?」
「その剣を試した人数じゃよ。うち、20人はすでにこの世には居らん」
「そんなに…多くの…」
「一部の者の間では『血啜りの剣』と呼ばれて曰く付きの武器と噂されておるらしい」
「それはまた…何とも素晴らしい曰く付きの剣ですね」

そんな物を渡してくれるなよ、と言う視線にも動じず、彼は顔の皺を深めるだけだ。
紅の祖父は厳格な人ではあったけれど、偶にこうして顔をクシャリと崩して笑う事があった。
それを思い出してしまい、彼女は僅かに目を細める。

「何とか扱えた者も、すでに片腕を失っていたり二度と剣を握れぬ身体であったり…」

辛うじて大きな怪我の無かった者も、恐れをなして逃げ出した。
そんな説明を聞き、改めて、口元を引きつらせる。
初めの一撃の時点で危険な武器だとは思った。
だが、それほどに多くの者がこれに挑戦し、そして敗北していたとは…。
五体満足で事なきを得たことに感謝したい気持ちだ。

「まぁ、確かに特殊な武器のようですから…扱えないのも、決して無理のある話ではないと思います」

これが、実際に使った紅自身の感想だ。
ちょっとした小石に当たっただけでも軌道の変わってしまうこれは、酷く繊細。
何も考えずに力で押していくような人間には、まず持つ事の出来ない代物だろう。

「よぅわかっておるの」
「いえ…誰でも、同じことを思うと思います」

ね?と隣で事の成り行きを見ていた幸村に話題を振ってみる。
彼は突然の問いかけに肩を振るわせつつも答えた。

「確かに、某には到底扱えそうにはない。見ているだけでも恐ろしいでござる」
「ふむ…。ならば、この関節剣は上手く扱える者が持つべきじゃの」

彼女から受け取っていたそれを見下ろし、主人はそう紡ぐ。
そして、鞘からそれを抜き出すと、その白銀の刀身に自分の顔を映した。
その様子を眺めていると彼が剣の角度を変え、そこに映った自身が見つめ返してくる。

「どうじゃ。これの使い手になってみぬか?」
「…はい?」

物は試し、そう思って受け取っただけだ。
にっこりと人の良い笑みを浮かべ、彼は紅の手を取る。
皺だらけで皮膚も硬い手によって掌を開かされ、そこに剣の柄を乗せられた。
返す間もなく彼は自身の手を引いてしまい、無理やりに渡された紅の手だけが不自然に持ち上げられている。

「これほどに上手く扱えた者は、おぬしで二人目」

これを逃す手はなかろう?と言う問いかけに、紅は返事を出来ずにいた。

「碌でもない輩にくれてやるには勿体無い代物での。何しろ、関節剣は世界に二つしかない貴重な剣じゃ」
「そ、そんな大事な剣はいただけません!」

冗談じゃない、と紅は首を振る。
つまり、これは世界に二つしかないうちの片割れと言う事になる。

「それにのぅ…曰く付きの剣じゃ、誰も貰い手がつかんで困っておったんじゃよ」
「厄介払いされても困りますから」
「無論、代金は取らん。壊れれば修理もしてやろう」
「それは有難い事ですけれど、いただけませんよ。私にはこれで十分です」

そう言って、彼女は自身の腰に挿している刀を見下ろし、剣を付き返す。
だが、主人はそれに手を伸ばすことも無く首を振った。

「女子の身で戦場に身を置く覚悟があるなら、持って行くがよかろう」
「…でも…」
「全方向からの攻撃じゃ。おぬしの得物が刀一つでは、いくら実力があろうと生き残れはせん。
その時に必要なのは、男に押し負けぬだけの力ではない。広い間合いと、おぬしの速さを活かせる武器よ」

彼の言っている事に間違いは無かった。
男よりも劣る腕力を補うには、力勝負に持ち込まない広い間合いが必要なのは事実だ。
そして、この剣ならばそれを補う事ができると、すでに理解している。

「遠慮など捨て置くがよい。生きる事に貪欲にならねば、戦場では気迫に押し負けることになろう」

07.03.25