廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 028 --
「これはまた…随分と年季の入った刀じゃの」
鍛冶屋の主人はそう言って紅の刀を繁々と見下ろした。
それは当然だ、と心中で頷く。
何しろ、この刀は現代からこの世界へと時を渡った刀。
そして、現代の時点で昔から家に伝わる由緒正しきそれなのだ。
紅自身も、この刀がそんなに大事なものなのだと思い出したのは、ほんの数日前。
蔵の奥に大切に保管された刀の存在を、幼い頃に父親に教えられていたのだ。
雪耶家を最も栄えさせた人物の刀だった…らしい。
「ふむ…数多の血を吸うた刀か…」
何か呪われているみたいな言い方だ、と思う。
だが口には出さない。
確かに自分もこれで人を斬ったし、父の言い分が正しいならば、この時代を生きたご先祖様の所持品だ。
多くの人を斬った、と言われたとしても納得できると言うものだ。
「………真田殿」
「何だ?」
「こちらが最新作じゃ。裏で軽く試してくれんか?」
脇に立て掛けていた2本の槍を差し出しながら主人はそう言った。
入り口の所に置かれていた刀ばかりが差し込まれたそれを眺めていた幸村は、嬉しそうな表情で歩み寄ってくる。
「いつもかたじけない。では、暫し裏を借りるでござる」
「このお嬢さんのお相手は儂が務めよう。ゆるりと試すがよかろう」
彼の申し出に頷き、幸村は店の奥を通って裏へと出て行った。
そんな彼を見送ると、紅は改めて主人と向き合う。
「幸村様のお耳に触れるに適さない話題…と言う事ですか」
「左様。真田殿のいい人と言うわけでもあるまい?」
「ええ、違いますね」
「ならば、別段聞かせねばならぬ話でもなかろうて」
そう言って彼は再び手の中の刀に目を向ける。
切っ先から、鍔の方から、柄の方から。
様々な角度でそれを眺め、彼はふぅと息を吐き出す。
「こんな刀は初めてじゃ。うたれて百年…いや、数百年もたった刀など、見たことも聞いたこともない」
見た目は少しばかり眉を顰めてしまいそうな薄汚れた老人。
しかし、どうやら目と腕は確からしい。
冷めた目付きで沈黙する彼女に、彼は顔の下半分を覆う髭を弄りながら目元の皺を深めた。
「そう冷たい眼をするでない。どんな事情があろうと、この刀が今の時代に存在する。それだけで十分じゃ」
「年代物の刀を不審に思わない…と?」
「存在そのものが罪である刀などない。要は、それを持つ者が何を為すかが重要なのじゃ。
ただの殺人鬼と成り堕ちてこれを振るうも、想う者の為に振るうも自由。それがこの刀の運命じゃろうて」
下手をすれば風にさえ負けてしまいそうな音量の言葉。
それは、驚くほど自然に、そして確かな力を持って紅の耳へと届いていた。
調子を確かめるように刀の各所を調べ、彼は頷きながらそれを鞘に収める。
「大事に使われておるようじゃの。これからも、初心を忘れずこの刀を振るうがよい」
「…止めないんですね。これ以上の血を吸う事を」
「おぬし一人を止めた所で、この乱世は終わりはせんよ。
それならば、儂ら下々の者が飢え苦しむ前に、誰かの手に天下が委ねられた方が良い」
「それが唯我独尊の天下人であろうと、あなたはそう言えるのですか?」
「…この乱世を終わらせる者は、国を…そこに生きる儂らを思うてくれる人間じゃ。儂はそう信じておる」
差し出された刀を受け取り、紅はその言葉を噛み締める。
乱世が続けば人々は苦しみに喘ぐ。
この人のように、終わりを望む者も少なくはないのだろう。
そして、いずれ来るであろう未来を信じている。
「刀はその持ち主の心を映す。あの鬼の如く人を斬る真田殿を恐れぬのは、そこに強い意志があるからに他ならぬ」
「強い…意志」
「おぬしの目には迷いがあるの」
「本当に…侮れない御仁ですね、あなたは」
そう言って苦笑を浮かべれば、彼は顔の皺をより多くして笑みを浮かべる。
ギュッと刀を握り締め、紅は口を開いた。
「たった一人の為に刀を振るうと言う事は、愚かな事でしょうか…」
「…少なくとも、儂はそうは思わぬ。人間、全てを守ろうとする者もおれば、目に見える範囲しか守れぬ者もおる。
腕に抱えすぎて取り落とすならば、初めから抱えられるだけを持ち上げるのも一つの方法じゃろう」
「…そう…かもしれませんね」
抱えすぎて守りたいものまで失ってしまうくらいならば、自分の両腕の分だけを守ればいい。
それはエゴかもしれないけれど、そこから始めなければ前には進めないような気がした。
「おぬしの目に映る者の目指す未来。それを共に抱えるのは、おぬしが抱えられるようになってからでも遅くはない筈じゃ」
一体、この老人はどこまで知っているのだろう。
そう思わせるような発言に、紅は目を瞬かせて言葉を失った。
彼はしてやったり、と言った表情を浮かべて髭を整える。
「おぬしに必要なのは、一歩を踏み出す勇気じゃろう。一度、その者と話してみるのも一つとは思わんか?」
提案と言うにはあまりにも軽い調子で紡がれたそれ。
しかし、紅は何を考えるでもなく、コクンと首を縦に揺らした。
年の功、とでも言うのだろうか。
彼の言葉には、その一つ一つに重みがあり、頷かせるだけの何かがあった。
その後は鍛冶屋の主人らしい質問を二・三重ねられた。
紅の腕と刀を眺めた主人は、重いだろう、と問いかける。
確かに腕に少し重量感を覚える程度の重さではあった。
だが、長時間使用したことの無い彼女はそれに対する明確な答えを持ち合わせてはいない。
「樋を深めるかの?そうすればもう少し軽くなるぞ」
樋、と言うのは刀に彫られた溝の事だ。
別名「血流し」とも呼ばれ、血走りを良くする役割もある。
そのほかに、刀身の重量を減らすと言う役割もあった。
今の状態でも、浅いながらもそれは彫られている。
それを深くするか、と言う問いかけに、紅はすぐに頷けずに居た。
暫し悩むと、彼女は緩く首を横に振る。
「この刀は手を加えてはならないように感じます」
「戦の間それを振り続ける自信はあるんじゃな?」
「―――…あります」
はっきりとそう言ってのけた彼女の眼は、先ほどまでとはどこか違って見えた。
その事実に、彼は満足げに頷く。
「ならば、もう何も言わん。思うようにやってみるがよかろう」
「はい」
「他には特に問題はないじゃろ。今まで通り、大事に扱ってやれ。戦場では大事な相棒じゃからの」
そう言って彼は店の中に置かれた武器へと視線を巡らせる。
その視線には、どこか孫に向けられるそれのような温かさを感じた。
自分の生み出した武器と言うのは、子供や孫と同じように大切なものなのだろう。
その度合いを知る術はないけれど、彼の視線からそう悟った。
不意に、主人と同じく視線を動かした紅は、見慣れない刀を目にする。
それは刀と言うには少し違っていて、あるべき峰が存在していない。
剣、と言った方が正しいのだろう。
「あの関節剣が気になるのか?」
「かんせつ…剣…?」
聞き覚えの無い言葉。
脳内で上手く変換する術が無く、いくつか浮かんだ変換も何だかしっくりとは来ない。
そんな彼女の横で「よいしょ」と言う声と共に腰を上げると、彼はその剣の方へと歩き出す。
そして、無造作に壁に立て掛けられていたそれを手に取り、自分は刀身の方を持って紅に差し出した。
それと主人とを交互に見た彼女だが、取ってみろ、と言いたげな彼の視線を受けてゆっくりと手を伸ばす。
重くはない。
寧ろ、今の刀よりも少し軽く感じた。
それは自分にとっての大切さが重さになっているようだと、頭の片隅で思う。
「手足の関節と同じ字に剣と書いて、関節剣じゃ」
「はぁ…」
どこを見てそれを納得すればよいのかはわからない。
確かに刀身は等間隔で節の様になっていて、そこが外れるのかもしれないな、程度には予想できる。
だが、その姿は自分の知っている刀や剣とは程遠く、やはり映像としてはっきりと脳内に浮かび上がる事は無い。
思案顔で眉間に皺を寄せてそれを受け取ったままの姿勢で見下ろす彼女に、主人は笑った。
「儂の自信作じゃ。使ってみるかの?」
「使う、と言っても…」
「先刻真田殿にも言うたが、裏に軽い鍛錬場を用意しておる。そこならば安全じゃろうて」
来なさい、と彼は裏手の方へと続く出口へと歩きだす。
まだ試してみるとも何とも答えていないのだが、すでに彼の中では決定らしかった。
使えるのだろうか…手の中である程度の重量を伝えてくるそれを見下ろし、紅は悩む。
だが、物は試し。そう思って彼の後に続いた。
07.03.23