廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 025 --

言いたい事はあるのだけれど、相手の話が盛り上がっていてどうにも言い出すきっかけを計りかねる。
そんな経験をした事はないだろうか。
紅は今、まさにそう言う状況だった。
とても女性に話すようなことではない戦の話までも楽しげに話している所を見ると、女性に慣れていないのは明らかだ。
紅としては中々為になる話なので嬉しいのだが、城主が客一人に感けていていいのだろうかとは思う。
聞き上手である彼女を前にすると、幸村の口は止まる、と言う事を忘れてしまうらしい。

「(これは…一種の緊張のようなものもあるのかな…)」

人の話を聞きながら、別のことを考える。
しかも後者を表情に出さないという特技を持つ紅は、心中で苦笑しつつもまた一度、相槌を打った。
緊張すると必要な事、そうでない事をベラベラと喋ってしまう人がいるが、彼もその一種なのだろうか。
先ほどから本当に動き続けている彼の口元を見ながら、そんな事を考えた。
先の戦の話から、果ては初陣まで。
その話題が尽きる事がない、ということがまず凄いと思う。
飽きると言う事はないのだけれど、時間は大丈夫なのだろうかと、本人に代わって案じてしまう。
話題が戦の話から城下町の美味い団子屋の話へと移る頃には、すっかり日も落ちていた。

「明日にでもご馳走しよう」
「幸村様…それでは、今度はこちらがまた礼をせねばなりませんよ」

もう沢山していただきましたから、と苦笑を浮かべる。
こんなに良くしてもらうほどの事をした覚えはない。
道端に落ちていた財布を拾って、無一文であった彼にたらふく団子を驕り、失くしたと思っていた財布を渡しただけ。
その礼としてお館様に会わせると言う約束をもらい、城に泊めてもらっている。
前者は自分では無理だろうと思っていただけに、本当に感謝していると言うのに…。
この上に、ご馳走になったのでは釣り合いが取れないではないか。

「しかし…」
「では、明日の午前は町を案内してくれませんか?団子は今日沢山頂きましたから」

別の提案をすることで、前のものを断り易くする。
この方法は、相手に与える不快感も小さくなるので、紅自身がよく使う手法だ。
微々たる変化かもしれないが、人付き合いの上ではこう言う小さな気配りが大切なものだ。

「よし!ならば、明日は某が薦める店を案内致そう!」
「ありがとうございます」

納得してくれたらしい彼に、紅は柔らかく微笑んだ。














「時に、幸村様」
「如何致した?」
「少し冷えてまいりましたね。…お身体を動かしたいとは思いませんか?」

紅はそう言って悪戯な笑みを浮かべ、脇においていた自身の刀を引き寄せる。
恐らく、この動作だけでその意図は気付いてもらえるだろう。
彼女の予想通り、幸村は暫し目を瞬かせた後、勢いよく首を横に振り出した。

「そ、某は女子とは刀を交えぬと心に決めて…!」
「そう仰らずに。何も命を取り合おうと言っているのではないのですから」
「いや、しかし…!」
「ほら、丁度月が出てきました。手元が闇、と言う事もありませんし」

この反応を見ると、紅がある程度の使い手である事は佐助から聞いているらしい。
先ほどまでは幸村の勢いに押されていた紅が、今度は攻めに転じた。
対して、彼の方はどうやって断ろうかとその脳内を盛んに動かしている。
彼の脳内で様々な案が浮上しては沈んでいく様子が手に取るようにわかって、紅は心中で笑った。

「お相手してください、幸村様。真剣を交えよ、とは言いませんから」
「い、いや、真剣でなくとも危険であることに変わりは…」
「これでも武道を嗜む人間です。少しばかりの怪我でどうにかなるほどか弱くありませんよ」

それに、と彼女は一旦その先を止める。
これ以上何を言われるのか、と幸村が硬くなるのを見て、紅は苦笑を浮かべながら続けた。

「旅生活が長くて、中々高める相手を見つけられないんです。こうしていると身体が鈍ってしまいそうで…」
「た、確かに日々の鍛錬の相手がいないと言うのは些か不便でござるな…」
「そうでしょう?ですから、お相手してください」

お願いできますよね、と言う言葉が言外に含まれている気がする。
そう感じつつも、幸村は悩んだ。
悩んで、悩んで―――結局、それ以上拒む事もできずに首が縦に揺れてしまう。
頷きと同時に彼女はパッと表情を明るくして「ありがとうございます」と喜んだ。
その姿に、今回ばかりは仕方ない…と腹を括る幸村であった。













木刀と槍に見立てたそれを持ってきた幸村は、庭へと紅を案内した。
その時にも若干迷いがあるようであったが、あえてそれを無視して対峙する。
そんな紅の姿勢に、彼は向き合った時点で無駄な抵抗を諦めた。
渋々ではない動作で二本のそれを構える。

「もう一度確認しておくが…」
「怪我に関しては文句は言いません。本気で…とは言いませんが、あからさまに手を抜いていただかなくても結構です」
「…承知した」

そう言うならば、最早何も言うまい。
鍛錬に相手があれば尚良し、と言う事は自身も重々承知している事だ。

「では…いざ、参られよ」

やはり、彼の方から攻める、と言うのは遠慮したいらしい。
心中で苦笑しつつ、渡された木刀を自身の前に構える。
そして、一度息を大きく吸い込んだ。

「行きます」

まずは正面から小手調べ。
そんな調子に、紅は地面を蹴ると真っ直ぐに正面から彼に向かっていった。
一瞬で距離が詰まり、鈍い音が闇の支配する庭に響く。
どちらかが攻撃を受けた音ではない。
幸村が二本を交差させるようにして紅の木刀を受け止めた音だった。

「(一撃が予想以上に重い…っ)」

見た目の細さからは想像も出来ない一撃だ。
真正面から突っ込んできたのだから、これを受け止められなければ武士の恥。
しかし、これが例えば自身の死角から与えられた一撃だとすると―――
受け止められる、と断言する自信は無い、と思った。

「(びくともしない…か)」

彼女の方は、予想通りと言えば予想通り。
正面からの攻撃だっただけに、渾身の一撃であった、と言っても過言ではない。
それを難なく受け止められてしまった事、一瞬さえも体勢を崩すことができなかった事。
その二点に、軽く眉を寄せる。











そうして暫しの拮抗状態を保つ。
だが、力比べの結果など火を見るよりも明らかだ。
早々に身体を引こうとしたところに、彼の棒が突き出される。
見切れる程度の速度で繰り出されたそれを避ければ、頬に擦り傷が出来た。

「(…そうか。間合いが違うんだっけ)」

トントン、と数歩分後方へと移動して、紅はその部分を指先でなぞる。
そして、失念していた、と心中で自身を叱咤した。
槍と刀では基本的に間合いも攻撃力も違う。
細かい動きは刀の方がやや有利かと思われるが、それを補ってあまりある間合いの広さ。
しかも、相手はその道を極めた武人だ。
一筋縄ではいかない相手に、紅は自然とその口角を持ち上げる。

「さすが…強いですね」
「…紅殿も、予想以上に出来ると見た」
「あら。まだ初撃だけじゃないですか」

これからですよ、と彼女はとん、とんと地面に爪先を打ち付ける。
そして、両手で握っていた木刀を片手へと持ち直し、もう一度駆け出した。
その方が両手で持つよりも速度を重視できる。
繰り出される一本目を、身体を捻る事で避ける。
それを追うようにして追撃する二本目を木刀の柄先で払い、懐へと入り込んだ。
すでに両手に持ち替えていたそれを、胴を薙ぎ払うように真横に薙ぐ。
彼の速さであれば避けられるだろうと言う事も見越し、紅はすでに後方に引いた彼を追うように一歩踏み出していた。





引く、追う、突く、往なす。
そんな動作を繰り返しているうちに、徐々に二人の動きが過激になってくる。
出来るだとか、速いだとか。
そんな当たり前な感想を抱く暇すらなく、ただ本能的に互いの攻撃を受け止めた。
息をつく暇すらなく白熱してくれば、結果を左右するのは技術や、度胸。
そして、切り離して考えることの出来ない、体力差だ。
紅のそれが先にそこを尽く事も、当然と言えば当然の結果。
次第に乱れる息は、正常な思考からは少し離れた所を走る。
紅が俄かに精密さを失ったその隙を、幸村が見逃すはずも無かった。

「もらった!」

髄まで痺れるような一撃と共に木刀が手を離れる。
それを目で追う暇すらなく繰り出された次なる一撃に、紅は軽く舌打ちしてから籠手を前に翳す。
その程度で防げる一撃で無い事は、突き出される速度で気付いていた。
まずいな、と思うが、ここで引く事は出来ない。
幸村の方も腕を突き出してから事の重大さに気付いたらしい。
半ば吸い込まれるようにして紅の方へと向かうそれは、まるでこま送りのように見えた。

07..