廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 023 --

「…やめた方がいい。あんた、まだ戦を知らないだろ」

―――言葉が突き刺さる。けれど、逃げてはいけないと思った。





「守るために戦う、守るために刀を握る。そんなのは、戦場を知らない人間の綺麗事だ」

冷たい声が、紅の心に深く深く突き刺さっていく。
自分でも、綺麗事だと分かっている。
だからこそ、第三者にそれを告げられることが苦しい。

「確かに、戦は何かを守るために起こる。だが…結局は、人殺しだ。
守るために、守りたいものと同じ人間を殺す。それが、戦だぞ。人を殺した事もないあんたに戦は語れない」
「人の命を奪った事ならあるわ!」

深く、深く。
凶器となって自身に向かってくる言葉に、気がつけばそう声を荒らげていた。
剣の腕が立つ事は分かっていた佐助だが、まさか彼女が人の命を奪った事があるとは思わなかった。
彼女の目は、そんな人を殺したようなそれではなかったから。

「戦が人殺しだって分かってる!確かに、経験した事がないから綺麗事に聞こえるかもしれない。
だけど、だから…覚悟を決める為に旅に出たのよ。守るために奪う覚悟を!」

綺麗事であろうと、この世界で生きていくにはそれしかない。
きっと、戦に出ないと言っても彼はあの城に自分を置いてくれるだろう。
けれど、それは嫌だった。
真っ直ぐに未来を見据えるあの目を見て、自分も決めたのだ。
彼についていく、と。

「360度からあんたを殺す為に刀が向けられる。共に笑った仲間が、部下が死んでいく。それに堪えられるのか?」

その『死』と言う単語に、紅は軽く息を飲んだ。
漠然とそれを思わせるのではなく、はっきりとその言葉を声に出される。
それは、彼女の中で一瞬でも死に対する恐怖が過ぎった瞬間だった。

「…堪えるわ」
「今のあんたには無理だ」
「堪える!そうしなければあの人についていけない!せめて戦場に出なければ…あの人を守れない!」

あの背中を刀が貫く映像が脳内に浮かび、自身の想像力を恨んだ。
考えただけで、身体が震えそうになってしまう。
半ば叫ぶようにしてそう言った彼女に、彼の雰囲気が変わった。

「やっと、本音が出たな」
「…え…?」
「勘違いしてるんだよ。あんたが本当に守りたいのは、民衆じゃない」

違う、とは言えなかった。
思ったよりも自然に、彼の言わんとしている事が耳に吸い込まれていく。

「その覚悟は民衆の為じゃない。あんた、そこまで大きい人間じゃないだろ?」

自分が小さい人間だと言う自覚はある。
だからこそ、その言葉にまるで親に言い聞かされる幼子のように、こくりと頷いた。

「ちゃんと、自分の気持ちを理解してやれよ。じゃないと戦場で早死にするぜ?」

過度の期待は要注意、そう言って先ほどの空気などまるで白昼夢であったかのように笑う。
そうして、彼はトンと紅の背を押して部屋の中に押し込んだ。

「この部屋、自由に使っていいってさ。多分旦那が来ると思うから…それまで、ゆっくりしててよ」

んじゃな、と言い残し、彼は襖を閉じて去っていった。
思考半ばに残された紅は、ただ呆然と彼を見送ってしまう。
だが、ハッと我に返り、その行動に感謝した。
己の頭を整理する時間を与えてくれた事に。

「自分の…気持ち…」

呟く声は思った以上にか細い。
けれど、自分だけにしか聞こえる必要がないのだから、それで十分だった。










悠希から、彼は人々の為に天下を目指しているのだと聞いた。
だから、彼についていくならば自分もその人々の為に覚悟を決めなければならないと思ったのだ。
そう思って、旅に出る事決めた―――それに、間違いはない。
ならば、理解できていない気持ちと言うのは…。

「戦場に出なければ…守れない…?」

誰を―――そう考えたところで、答えは出た。
理解してしまえば、実にあっさりしたものだ。

「政宗様の…ため…?」

民衆の為、なんて大きな事を望めるような人間ではなかった。
ただ、彼の為だけに、戦場に出たいと思ったのだ。
彼は守る必要なんてないほどに強い。
それでも、危険の伴う戦場に向かう彼を見送るのではなく、傍に在りたいと。
無意識にでも、そう望んだらしい。

「はは…なんだ…馬鹿みたいね」

ごろんと畳の上に横たわり、紅は乾いた笑い声を上げた。
いつからだろう、なんて考えなければならないほど、自分はこの世界に来て長くはない。
そう、言うならば…あの、初めて彼を見た、一瞬からなのだろう。
その一瞬から、彼を追って戦場に出たいと思えるほどに…自分の心は、彼に惹かれていたらしい。

「本当に…馬鹿みたいだわ…。
こんな事なら、覚悟だとか大きな事を言わずに、城に留まって己の腕を磨いた方がよっぽど有意義だった」

志まで彼の思うようにしようなんて、不可能だったのだ。
あんな大きな人と同じ事を望めるほどに、自分と言う人間は出来た人間ではない。
たった一人を思うことで、精一杯だ。
佐助が言いたかったのはこの事なのだろう。
何故彼が気付いたのかは分からないけれど…恐らく、今までの経験から自分の心を悟ったのだ。
見透かされていたのだろうか、と思うと何ともくすぐったいけれど、彼には感謝したい。
お蔭で、これ以上自分を偽り、無理をさせる事はないだろう。









まさか、自分がこんな想いを抱く事になるなんて、考えたこともなかった。
この世界に来なければ、出会わなかった。
こんな切実な覚悟にも、狂いそうなほどの恋慕の情にも。

「好きな人が出来たら一番に報告してね、って言われてたのにね…」

笑ってそう言った親友を思い出した。




まだ誰にも教えてないんだよ、と声を潜めて、それでも嬉しそうに「彼氏が出来た」と報告した彼女。
確認のように、告げられた相手の名前を復唱した時の、頬を染めた彼女の心境―――今なら、わかる気がする。
結局半年で別れた時も、彼女は笑っていた。

「あの時は幸せだった。でも、お互いに違うって思っちゃったんだー…仕方ないよね」

この人じゃない、そう思ったら、もう止められなかったらしい。
別れを告げてから自分のマンションへとやってきて、静かに涙を零した彼女を忘れない。
嫌いじゃなかった、でも、本当に好きな人は彼じゃない。
本能的にそう感じたのだと、彼女は目元が赤くなるのも気にせずに涙を拭った。
違うと思ったのに、哀しいのだと―――そう言って、泣きながら微笑んで。

「紅は結構慎重だから…きっと、たった一人の人を見つけるまで恋しない。なんか、そんな気がするよ」
「…そんな事ないよ。いいな、って思う人はいるし…」
「だから、違うのよ。何て言うの?こう…本能が求める人?」
「漠然としすぎていてよくわからない」
「とにかく!好きな人が出来たら一番に報告してね!きっと、その人は紅にとって一生の人だと思うから!」


初恋もまだなのか、と言うのではなく、寧ろ初恋が自分にとって最後のそして最高の恋になる。
そう断言する彼女に、苦笑にも似た笑みを浮かべて頷いたのを覚えている。





そんな事は有り得ない、あの時は本気でそう思っていたのに。

「人生、何があるかわからないものね…」

一瞬でも同級生に覚えた胸のときめきだって、今を思えば遊びのようなものだった。
きっと、自分は本気で…全力で彼を想い、恋するのだろう。
まだ始まったばかりだけれど、そんな確信めいた思いが自分の中に確かに息づいていた。

07.03.11