廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 015 --
これで何頭目だっただろうか。
数えるのも億劫になるほどに、何頭も馬を乗り換えた。
「どうだ?」
「………もう、この馬でいいと思いますけど…」
「次!」
部下にそう指示を出す政宗に、紅は軽く溜め息を吐き出した。
何だか妙にこだわりがあるらしく、彼女自身がこれ!と思った馬でなければ満足できないらしい。
紅からすれば、どんな馬でもある程度は乗りこなせるのだから問題はないのだが。
要は、気持ちの問題なのだろう。
付き合わされる馬も気の毒だなぁ、と思いながら、今しがた降りたばかりの栗毛の馬をポンポンと撫でた。
自分の為にしてくれているとは分かっているのだが―――目的が変わってきているように感じるのは、気のせいだろうか。
度々馬を連れてきてくれる兵士も、すでに呆れや疲れを通り越して、半ば意地になっているように思えてならない。
次の馬が来るまでの間、紅はふぅと息を吐きながら囲いに凭れかかった。
そこで、ふと自分が居る囲いとは少し離れた位置に、それなりの広さの別の囲いがある事に気付く。
今までは、それと自分との間に居た馬の存在により気付いていなかったらしい。
「…?」
その中に居るのは一頭。
紅は導かれるように囲いを離れ、そちらへと歩き出した。
一歩、二歩。
その足を進め、確実に距離を詰めていく。
そうして、紅はその囲いに手を伸ばした。
「…危ねぇぞ」
伸ばしたその腕を後ろから攫われる。
掛けられた声にビクリとその肩を揺らし、紅は振り向いた。
そこに居たのは予想に違うことなく政宗。
彼は彼女の手を取ったまま、ほっと安堵の溜め息を漏らした。
「危ない?」
「こいつは、訓練自体は終わってていつでも戦に出られる馬なんだが…」
そう説明する政宗に、それならば何の問題が?とでも言いたげな視線を向ける。
彼はその視線の意味に気付くと頭を掻いた。
「どうにも荒くれ者でな。乗り手が振り落とされるんだ」
「…それって、訓練が終わっているとは言えないと思うんですけれど…」
「いや、歩行に走行、武器に対する訓練も、全部Perfectだ。ただ、人を乗せない」
不用意に近づくと蹴り飛ばされるぞ、と彼は言った。
その言葉を受け、紅は政宗から視線を外し、囲いの中の馬へと向ける。
青毛のスラリとした筋肉質の身体。
悠々と駆けるその姿からは、人を振り落とすような乱暴さは見えない。
「…でも…」
「あん?」
「あの馬、気に入りました」
ポツリ、と紅がそう呟いた。
零れ落ちたと言っても過言ではないその言葉は、大いに政宗を驚かせる。
何度も振り落とされる部下を見て、自分もそれに挑戦した。
振り落とされる事はなかったものの、とても扱えているとは言えない結果だった。
いつかは攻略してやる、とは思っているのだが、怪我をしたらどうすると家臣一同から硬く止められている。
「自信は?」
「さぁ、やってみない事には何とも」
そう答えながらも、彼女の目は青毛の馬へと固定されている。
その眼差しの強さに、自身と似通う点を見つけ、政宗は苦笑した。
どうやら、止めても無駄らしい。
彼女の身のこなし、馬術の腕前ならば、怪我をする事はまずないだろう。
「いいぜ。やってみろよ」
その言葉を待っていた、とばかりに顔を輝かせ、彼女は軽やかに囲いを飛び越えた。
結果だけを述べれば、紅の馬は例の青毛の馬に決定した。
政宗と彼女の馬選びに協力していた部下一同が見守る中、彼女は見事に乗りこなして見せたのだ。
試してみれば何の事はない。
振り落とす素振りも暴れる素振りも見せず、馬はあっさりと紅を受け入れた。
易々と囲いの中を軽く走らせる彼女に、誰もが初めは馬の性格が丸くなったのだろうと思う。
物は試し。部下の一人が申し出て、その馬に乗ってみた。
しかし結果は言うまでもなく惨敗。
全治二週間程度の打撲により、部下は城内へと運ばれていった。
「しっかし…何で紅ならOKなんだ?」
「…雄馬だからじゃないですか?」
「………馬も乗り手…っつーより、性別を選ぶってか。はっ!ふざけた野郎だぜ」
そう言いながらも、ずっと乗り手の付かなかった彼に主が出来た事は嬉しいのだろう。
政宗は彼の首をポンと叩いて笑っていた。
「まぁ、いいさ。こいつは若いだけに体力も有り余ってるからな。丁度いいだろ」
「はい。でも…こんないい馬を頂いてもいいんですか?」
「良いも悪いも、男を乗せねぇ馬が居ても困る。戦場で振り落とされちゃ洒落になんねぇからな」
乗ってやってくれ、と言われれば、断る理由はない。
紅は苦笑混じりに、けれどもどこか嬉しそうに微笑み、そして頷いた。
その青毛の彼が紅の馬に決まり、早速とばかりに彼女は馬装を頼む。
初めは必要ないと言っていた彼女だが、危ないからと兵士に止められた。
それならば…と言う事で鞍などを準備してもらい、現在に至る。
「少し走ってきます」
「あぁ。別に構わねぇが…双竜陣の方には行くなよ」
政宗にそう告げられ、紅は「双竜陣?」と鸚鵡返しにそう問いかける。
彼はその問いに頷き、右の方を指して続けた。
「ここから西に進んだ所に、山を利用して作られたでかい竜が見えてくる。そっちの方には行くな」
「竜…ですね。分かりました」
「まぁ、今は使ってねぇ筈だが…一応な」
「どんなものなのかは気になるところですけれど…彼が早く行きたいようですから、またの機会に」
そう言うと、紅は手綱の先で何度も蹄を鳴らす彼の首を撫でた。
久しぶりに囲いの外に出られると分かっているのだろう。
その興奮冷めやらぬ、と言った様子の馬に、政宗は苦笑して頷いた。
紅は
「では…行って来ます」
「旅前に怪我すんなよ」
彼の気遣いに、もちろん、と返して紅は手綱を握る。
いざ馬を駆ろうと気持ちを持ち上げた所で、背後から声が掛かった。
「紅殿!」
「?」
振り向いてみればそこに居たのは小十郎。
手には紅の刀が握られていた。
「まだ紅殿の事は伊達軍内でも広くは知れておりません。念のため、お持ちください」
「…ありがとうございます。けれど…誓います。この刀で伊達軍の兵士を斬る事はありません」
まだ先のこととは言え、いずれは志を同じくして共に戦場で戦う事になるかもしれない兵。
念のためであっても、彼らを疑い、そして斬るかもしれないと言う考えは持ちたくはない。
失礼とは思いつつ馬上からそれを受け取り、紅はそう告げた。
小十郎は何かを言いそうに口を開くが、結局は何も言わずに頷く。
「まぁ、少し走らせるだけですから…そう、深くは考えないでください。問題を起こす前に帰ります」
そう言って紅は悪戯に微笑んだ。
馬を駆るに邪魔にならぬよう腰に刀を結わえ、前を見据える。
そして今度こそ、腹を蹴られた馬が駆け出した。
小さくなっていくその背中を見送ると、政宗はクルリと振り向く。
「おめーら!伊達軍全員に伝えろ!黒曜の目と髪を持つ戦姫が青毛の馬を駆る。怪我したくなけりゃ手を出すなってな!」
煽るようにしてそう言えば、雄たけびに似た返事が返ってくる。
すぐさま踵を返して散り散りに走り出す兵士を見て、政宗は振り上げた拳を下ろした。
「あの馬を手懐けるとは…相当の手練でございますな」
「あぁ。もう二年も主無しの放浪もんが、漸く主を見つけたって訳だ。暴れるぜ、あいつは」
「半年後であるのが惜しまれる所です。彼女はすぐにでも伊達軍の要になりましょう」
「は!丁度いいじゃねぇか。半年の間に兵士を全員仕上げりゃ、天下はあっと言う間だぜ」
そう言って笑い、彼は囲いに背を預けた。
そして、小十郎の方を向いて「それに」と言葉を繋ぐ。
「国を見たあいつがどう変わるのか…楽しみだ」
そうして、彼は満足げに笑って雲の浮かぶ青空を仰いだ。
07.02.23