廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 014 --

望みと問われて、紅は昨晩決めた事を口にしようと顔を上げる。

「一年…いえ、半年で構いません。時間をいただけませんか?」
「時間?」
「伊達軍に入るまでの時間です。半年だけ、待って欲しいんです」

彼女の言葉に、政宗は少し沈黙した後「理由を聞いてもいいか」と尋ねた。
紅は悩むように視線を彷徨わせるが、しかしそれもほんの僅かな間。
はい、とそう答えると、落ち着かせるように、自分の中で話を纏めるように、一度深呼吸をする。

「私は今まで平和とは言えませんけれど、でも戦とは無縁の生活を送ってきました」

現代でも、世界のあちらこちらでは内乱などにより命が奪われ、そこを支配する環境が変わっている。
それはブラウン管の中だけのものだった。
大学で勉強をこなし、休日には実家の家業を手伝って…そんな日常を過ごしていた。
けれど、これからは違う。
覚悟が―――必要だった。

「悠希さんから、殿の目指す未来の話を少しだけ聞きました」
「天下、か?」
「はい。あなたがそれを目指す事に反対はしません。寧ろ、天下を治めるのは…あなたがいい」

出会ってからの時間など関係はないのだと、気付いた。
彼と言う人間に惹かれるのに、長い時など必要ない。

「でも、私はあまりに国を知らない。だから、見たいんです。殿が目指す…その下にある人々を」

そう言い終えると、紅は静かに息を吐き出した。
自分はまだ、この国の人々の為に命を掛ける事はできない。
彼が命を懸けると言うならば、それについていく自分もそうしたい。
心の奥から聞こえてくるその叫びは、自分の本能的な…そう、言うならば血がそう訴えだ。
数百年の時を経て薄れている筈のそれは、それでも確かに紅の中に息づいていた。
そして、それは政宗と言う主として十分な素質を持つ相手を前に、爆発的な勢いで駆り立てられている。
本当ならば戸惑う所なのかもしれない。
けれど、紅はそれを自然と受け止めていた。











紅が静かに自身の言葉を締め、その場に沈黙が下りる。
政宗の真っ直ぐな視線にも、彼女は怯む事無くそれを返した。
それは、彼女なりの覚悟の表れのように見えた。

「…まだ各国が挙兵こそしていないが、状況は最悪だ。危険は覚悟の上か?」
「もとより、承知しています」
「なら止める理由はねぇ。だが―――必ず帰って来い」

青臭い事を言っているのかもしれない。
時間の流れは待ってはくれなくて、許可は得られないかもしれないと思っていた。
しかし、彼は自分の言葉を笑うでもなく呆れるでもなく、ただ真剣に受け止めてくれる。
大きい人だと、思った。

「お前が帰ってきたその時こそ…伊達軍の総力を挙げて天下取りだ。
そこからは待ってやる余裕はねぇ。―――しっかり覚悟を決めて来い」
「…はい!」

ニッとその口角を持ち上げ強気に笑った彼に、紅は表情を輝かせた。

「そうと決まれば…悠希!旅の荷造りの準備をしてやれ。馬は乗れるな?」

問いかけに肯定のそれを返せば、彼は「上等」とその腰を上げる。
いつの間にか隣の間に控えていたらしい悠希が頭を下げて去るのを見届け、紅を立たせた。

「道中で潰れるような馬じゃ話にならねぇ。とびっきりの軍馬を用意してやるよ」
「…本当に、何から何まで…ありがとうございます。どうやってこの恩を返せば良いのか…」
「半年後に嫌って程働いて返してもらうさ。小十郎、今の情勢に詳しい奴を呼んでおけ」
「承知」

小十郎を一瞥した後、政宗は紅の全身を見た。
そして、あまり運動に適さないそれであることに気付くと、着替えてくるように告げる。
恐らく今から馬を選びにいくのだが、自分にあった馬でなければ意味はない。
それを確かめる為に、彼女を馬に乗せるつもりだったのだ。
もとよりそれを理解している彼女は、疑問を抱く事もなく頷く。

















何頭もの馬が自由に草原を闊歩している光景に、紅は思わず顔を綻ばせた。
馬のストレスにならないようにだろうか。
かなりの広さを用意されている囲いの中で、悠々と過ごしている馬たち。

「お、丁度運動させる時間だったらしいな」

政宗がそう声を発しつつ、馬の見張りと思しき兵の所へと歩いていく。
それに続きながら、紅は一頭一頭を眺めた。
どれも皆立派な身体つきで、馬装されていなくとも相当な軍馬である事がわかる。

「筆頭!どんな御用で?」
「こいつの馬を探しに来たんだ。長距離の旅になるからな…出来れば、体力のある奴がいい」
「それなら―――」

政宗と兵が何頭かの馬を指して話し込んでいる間、紅は囲いに手をかけて悠々と駆ける馬を見ていた。
馬の走る姿と言うのは、何度見ても綺麗だ。
紅が見惚れるようにして風景に見入っていた間に、話は付いたらしい。
ピンッと横からこめかみを指で弾かれ、彼女はハッと我に返った。

「随分熱心に見入ってたな。気に入った奴でもいたか?」
「いえ…綺麗だなって思っていただけです」
「綺麗…か。そう言ってもらえりゃ、あいつらも本望だろ」

純粋に馬を褒める彼女に、政宗はその口角を持ち上げた。
その大きさに怯える女性も少なくはないが、馬術ができると言うだけあって落ち着いたものだ。
今も、自分との会話が終われば即、馬に目を奪われている彼女。
自軍の持つ馬を褒められるというのは、中々気分の良いものだ。

「相性は乗らねぇとわからないからな。付いて来い」

そう言うと、彼は易々と囲いを越えてしまう。
そうして歩き出す彼に、紅は続くべきなのだろうかと一瞬悩んだ。
馬を入れたのだから、出入り口はあるはずだ。
そこからいくべきか、政宗に倣うべきか。
双方の考えが脳裏を過ぎったのはほんの僅かの間だった。

「失礼します」

入り口ではないそこから入るため、一声掛けてからひょいと囲いを越える。
足早に政宗の後を追う彼女の背中を見つめていた兵士が一言。

「…随分やんちゃな姫さんだな…こりゃ」

仕草はお淑やかとも感じさせるのに、いざ行動を起こせば己たちの主と同じ事を平気でやってのける。
不思議と嫌悪感のようなものを抱かせたりはしなかったけれど、代わりに笑いが込み上げてきた。

「筆頭も面白い姫さんを捕まえたな」

馬が駆け回る囲いの中を平気で歩いていく彼女の背中を見ながら、彼はそう呟いた。







「そういや…どの程度乗れるんだ?」
「どの程度…。とりあえず、馬上から弓を射られる程度です」
「…十分だな」

走らせる程度の答えが返って来るかと思えば、返って来たのはそんな答え。
馬上で刀を振るう程度ならば走らせることが出来れば何とかなりそうなものだ。
しかし、弓を射るとなれば両手を手綱から離さなければならない。
その上狙いを定めなければならなくなるのだから…その難易度は跳ね上がる。
十分すぎる頼もしい答えに、彼は思わず笑みを浮かべた。

「とりあえず、適当なのを連れて行くか。こいつと、それから向こうの栗毛の二頭と、その向こう」
「あの白い?」
「あぁ、そうだ。その辺が体力のある奴らしい」

人懐こいのか、すでに寄ってきていた馬の肩をポンと叩きつつ、彼は数頭のそれを示す。
その全てを一瞥すると、とりあえず彼の傍らに居た馬に歩み寄る。
驚かせないようにゆっくりと動き、手を伸ばす。
その掌に長い顔を摺り寄せられ、紅はクスリと笑った。

「この子から始めます」

そう言って、紅は挨拶代わりのその馬の頬をポンと撫でた。

07.02.21