廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 013 --
まるで二段飛ばしで階段を駆け上がるように。
カウントダウンは急速に近づいてきていた。
その時はあまりに唐突に、そして無情に訪れる。
『で、次が―――』
ピー、ピー、と耳元で音が鳴って、悠希の言葉が途切れた。
紅は来るべき時が来たか…と、どこか諦めた様子で短く息を吐き出す。
『何?電池切れ?』
「そうみたい」
『じゃあ、続きは充電してからになるね』
「…悠希」
それに対して肯定の返事は返せなかった。
紅は、静かに彼女の名前を呼ぶ。
「私、あの日悠希に会えてよかった。悠希と親友で居られて…楽しかったよ」
『…紅?』
「悠希の突発的な行動に悩まされた事もあったけど、それでも楽しかった」
『ちょ…何言ってんのよ、紅?』
「だから…ありがとう」
ピ――――と長い音が鳴って、戸惑った様子の彼女の声が聞こえなくなる。
最後の言葉が彼女の耳に届いたかどうかは、もう確認できない。
ゆっくりと重力に任せて腕を下ろしていき、真っ黒に沈黙するディスプレイを眺めた。
開けっ放しのそれを閉じることすらせず、目を閉じて月を仰ぐ。
「本当に、ありがとう」
両親にだって、色々と伝えたい事はある。
だけど、自分は限りある時間を彼女に使いたかった。
ただの友人、所詮は他人。
そう言ってしまえばそれまでだけれど、紅はそうは思わない。
恐らく、現代で一生を終えたならば、彼女は自分の一生の親友になったはずだ。
出会えるか分からないたった一人に巡りあえた事を感謝する。
紅の頬を一筋の涙が伝う。
「――――っ」
月明かりをきらりと反射させるそれを流しながら、彼女は声を殺した。
寂しい、淋しい。
まるで世界にたった一人になってしまったような、そんな感覚だ。
襲い来る不安に肩を抱き、身を縮めるようにして世界を拒む。
声ならぬ慟哭を、月の光がいつもと変わらぬ柔らかさで見下ろしていた。
泣いて泣いて泣いて。
朝方になってもまだ涙は止まらなくて、結局一睡も出来なかった。
鏡に映る自分は酷い顔をしていて、これは、眠れなかった、だけでは言い訳にはならないだろうな、と思う。
紅の使っている部屋に面したあの庭の片隅にある井戸の前に立ち、手ぬぐいを濡らす。
この井戸の存在は、一昨日あたりに悠希から聞いたものだ。
ひんやりと水気を纏ったそれを瞼にあて、井戸のふちに手をかけた。
もう間もなく、悠希が自分を起こしに来る筈だ。
太陽の角度からそれを察して、紅は何度か深く息を吸い込みそして吐き出す。
落ち着け、と自身に言い聞かせた。
しかし、昨日の夜の事を引きずってしまっているのか、それもあまり効果はない。
もう一度短く息を吐くと、こんな事もあろうかと持ってきていた刀に手をかける。
鞘からそれを抜き取り、静かに目を閉ざす。
視覚的効果を閉ざす事で、周囲の気配を肌で感じるように。
風に乗る枯葉の動き一つも捉えて放さないように、集中する。
自分には、こうして精神統一させる事が何よりも効果的と、彼女は分かっていた。
そうして無心のままに目を開き、紅は見えない相手と対峙するかのように刀を横に薙ぐ。
剣舞のように美しく、闘技のように鋭く。
飾り気のない刀がきらりと朝日を反射させた。
朝餉の時間を終え、庭で小鳥に米粒を与えていた紅は城主である政宗が呼んでいるとの言付けを伝えられる。
昨日の延長だろうと思い、すでに馴染みとなりつつある小鳥に別れを告げ、部屋を後にする。
記憶力はそう悪いものではなく、すでに覚えた道のりを進む。
あえて庭に面した廊下を進んだのは、少しでも心を落ち着けたかったからだ。
そうしてここ数日で何度も訪れたそこへとたどり着けば、こちらに背中を向けた彼の姿が見えた。
『伊達政宗はね。下の人たちの為に天下を目指してるの。口にしちゃうと軽く感じるけど、格好良いよね』
その背中に、機械越しに紡がれた親友の言葉を思い出した。
一体、この背中にはどれほどの重圧が掛かっているのだろうか。
それに押しつぶされる事なく、前を向くその姿勢が紅には眩しく思えた。
声を掛けることを憚られ、静かに彼を見つめる。
「…紅殿?」
不意に、そう声を掛けられた。
その声に反応したのは紅だけではなく、政宗も同じ。
紅の存在に気付いていなかったのか、振り向く彼の表情には少しの驚きが含まれていた。
そんな二人の反応を見て、声を掛けた張本人である小十郎は心中で首を傾げる。
「来てたのか?」
「…はい」
「なら、声を掛けろよ」
気兼ねする必要はない、と言う彼の言葉に、紅は少しばかり困ったように笑みを浮かべて「はい」と答えた。
本人がそうしろというのだ、これからは遠慮なく声を掛けさせてもらうことにしよう。
自分がその背中に目を奪われていたと言うのは、きっと気のせいだと忘れることにして。
「昨日は勝負の途中で悪かったな」
「いえ、私が原因でもありますし…寧ろ、ご迷惑をお掛けしました」
彼が城下町に下りたのは、呪いだの何だのと町人の中で一騒ぎになってしまったからだ。
その原因が紅の携帯にあったのだから、この言葉は決して的外れなものではない筈。
しかし、彼女が頭を下げれば彼は「気にするな」と笑う。
「面白いもんを見せてもらったしな。ところで…本題だ」
そう切り出した彼に、紅はその姿勢を正す事で答える。
本題、と言うのは彼女がここに呼ばれた理由に他ならない。
「小十郎との勝負に勝ったのはお前だ。異論はないな?」
政宗は当事者である小十郎にそう尋ねる。
答えなど分かりきっているが、勝敗を明らかにする意味も込められているのだろう。
「無論」
「OK。なら、約束通り…望みを聞いてやるよ」
約束―――この説明をするには、少し時を遡らねばならない。
時は、そう。彼女が政宗に「伊達軍に入らないか」と問われた、あの日だ。
「でも、私はこのまま伊達軍に置いていただくつもりはありません」
紅は政宗の申し出にこう答えた。
彼は自分を気に入ったから、この場に置いてくれると言う。
しかし、それは理由にはなれど、自身を納得させるものではなかった。
彼女は彼らが何かを言う前に、再び口を開く。
「実力も知っていただかないうちに軍に入れていただくなど…殿が納得しようと、私が出来ません」
「…なら、どうしたい?」
「私の力を知ってください」
方法は問わない、と言外に含ませ、紅は彼を見た。
政宗は真っ直ぐに紅を見返し、そして小十郎に視線を向ける。
「小十郎。紅とし合え」
「は。しかし、それは…」
「紅、小十郎は相手に不足か?」
あえて、それを尋ねる彼に、紅は一瞬返答に困る。
しかし、自分の意思に忠実に従った。
「お願いします」
そう言って頭を下げる彼女に、小十郎は政宗を見た後、漸く頷いた。
何も命を取り合えと言われたわけではないのだ、そう気兼ねする必要もないだろう。
そんな考えが、彼を頷かせる要因となった。
「勝負って言うからには何か賭けてもらわねぇとな…」
流れが決まった所で、政宗はそう言って手を顎にやった。
暫し考えるように思考をめぐらせ、パンッと膝を手で叩く。
「よし。お前が勝ったら願いを聞いてやるよ。それから、伊達軍入りだな」
「…そちらが勝った場合には?」
「………あー…そうだな…。小十郎が勝った場合には、問答無用で伊達軍に入ってもらう。それでどうだ?」
「…どちらにしてもここに置いていただく事は決定なんですね」
それが理解できた所で、不思議に笑いが込み上げてきた。
クスクスと笑う彼女に、政宗は「不満か?」と問いかける。
「願ってもない申し出です」
この世界に居場所などない。
ここに置いてもらえるならば、それは何より嬉しい事だ。
ただ、自分の実力も知らぬままに彼の軍に入れてもらう事は気が引ける。
命を取り合うわけでもなく、こちらに何かしらのデメリットがあるわけでもない提案。
それを、蹴る必要などどこにもなかった。
07.02.19