廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 012 --
お世話になっている人に蟠りや不安を残しておきたくはない。
別段なくて困っているわけでもなかった事から、紅は携帯を政宗に預けようとした。
しかし、彼はそれを受け取ろうとはしない。
「お前のなら、自分で持ってろ」
そう言って半ば強引に押し付けられてからすでに数時間。
携帯は今も彼女の手の中にある。
ここ数日、紅は夜に障子を開いて縁側に腰を下ろし、そして月を見上げる事が日課になっていた。
月明かりの元で携帯を見下ろしながら、彼女は短く溜め息を吐き出す。
パカッとそれを開いてアンテナを確認するが、表示されるのは『圏外』と言う小さな文字。
電気すらないのだから当然と言えば当然。
しかし、それが現代ではない事を明らかにさせ、心に影を残すのだ。
馬鹿みたいだとは思いつつも、指が勝手に動く。
アドレス帳を開き、恐らくは一番頻度の高かったであろう名前が選び出される。
暫くの間それを見下ろした後、紅は微かに震える指先で通話ボタンを押した。
そして、それを耳元へと持ち上げていく。
今から自分は肩を落とすのだ。
―――あぁ、やっぱり、と。
一向に繋がらないそれに、その僅かな期待を裏切られるのだ。
落胆して、嘆いて、それから―――
『はい』
「……………え?」
コール音もなく、無言のままだったそれが突如話し出した。
その表現は少しおかしいかもしれないが…兎に角、慣れ親しんだ声が、その機械の口から発せられたのだ。
そんな筈はない。
自分の期待が勝手な想像を生み出し、幻聴を聞かせたのだ。
『ちょっと、こんな時間に悪戯はやめてよ?』
「………悠希…なの?」
『他に誰が居るの。アドレス帳に別の名前でも入れてるって言うなら話は別だけど』
都合のいい幻聴だと思い込むには、あまりに彼女らしい返事がポンポンと返って来るではないか。
紅はそれを耳から離し、ディスプレイを見下ろす。
そこには確かに、右上の隅にある小さな『圏外』と中央の少し大きめの『通話中』と言う文字が共存していた。
二つは言わば相反するもので、普通ならば同時に表示される事など、故障を考えなければならない程にありえない。
『紅?何かあったの?』
改めて耳へとそれを押し当ててみれば、やはり聞こえる。
幻聴でも何でもなく、数年来の親友である悠希の声だ。
「…こんな時間にごめん。寝てた…?」
『まさか。私の活動時間は今からだって、よく知ってるでしょ?』
よく知っている。
彼女の睡眠時間といえば平均して一日3時間程度。
それでよく身体がもつものだと思うが、彼女はいたって健康だった。
夜はネットを媒介にして小遣い稼ぎをしている。
それ故に大学の午前の講義は殆ど蹴ってしまっているほどだ。
確かに、今の時刻と言えば彼女にとっては宵の口。
これからが本番と言う時間だな、と思い、懐かしむように目を細めた。
『それより、珍しいわね。紅からの電話もそうだけど…こんな時間にかけてくるなんて』
「そう…かもしれないね」
夜電話をするには、10時以降は非常識な時間だと認識している。
それだけに、紅からの連絡はいつだってそれよりも早い時間だった。
『何かあった?』
「…うん。あったけど…言えない」
ごめん、と見えていないにも拘らず頭を下げてしまう。
自分でも、この状況を上手く説明できそうにない。
言えば彼女は信じてくれるだろう。
けれど、それは同時に困らせる事にもなるような気がして―――言えなかった。
『…言えないなら無理には聞かないけど、あんまり追い込んじゃ駄目よ?』
「そうね。ありがと」
『………何か、シリアスな空気になっちゃったなー。ここからは楽しい話に変更!何がいい?』
あえて明るくそう言うと、彼女は紅にそれを委ねた。
何がいいと言われても…と思った彼女の脳裏に、ふとあることが浮かぶ。
―――BASARAってね、プレイヤー武将なら誰でも天下統一できるんだよ。で、皆が天下を目指すの。
歴史とは違うけど、面白いでしょ?と、そう言っていたのは、彼女ではなかっただろうか。
その状況がどこか今のそれに似ているような気がして、紅は震えそうになる唇を叱咤した。
「ねぇ、悠希…?聞きたいことがあるんだけど…」
『うん?ゲームの事と歴史のことなら何でもござれ!分かる事なら答えるよ』
「ほら、前に…天下統一を目指すゲームの話をしてくれたでしょ?」
『天下統一…あぁ、BASARAの話ね。何が聞きたい?武将?ゲームシステム?』
「どんな武将が居るの?」
そう問いかければ、彼女は悩むように「んー」と声を発する。
そして、記憶を探るようにして一人ずつ名前を挙げ始めた。
『有名所からいくと…豊臣秀吉、織田信長…濃姫に森蘭丸、この間ドラマでやってた前田利家とまつ。
あとは、武田信玄に真田幸村、猿飛佐助。上杉謙信にかすがでしょ、あと…長曾我部元親!』
「…あぁ、悠希の好きだって言ってた武将ね」
『そう!アニキの格好良さったら堪らないの!他にも武将は結構居るよ。それこそ、より取り見取り』
絶対紅も気に入る武将が居るよ、と言った所で、彼女は「あ!」と声を上げた。
何事か?と思う紅を他所に、彼女は言葉を繋ぐ。
『この人を忘れちゃ駄目だよね。奥州筆頭、伊達政宗!元親さんの次に格好良いアニキなのよね』
「伊達…政宗…」
『紅はそっちの方が興味あり?まぁ、良い男だから無理もないけどね。青い防具が似合うったらないのよ』
ここ数日で何度も聞いた名前が出てきて、紅は口を噤んだ。
そんな彼女の様子に気付かず、悠希は明るく続ける。
『BASARAは2の方がオススメかな。元親さんが使えるし、衣装は格好良いし。それに―――』
「ねぇ、伊達政宗も武田信玄も上杉謙信も、天下を目指すの?」
『そうよ?プレイヤーは全員天下を統一できるんだもん。史実では明智に討たれた信長だって天下統一できるの』
「伊達政宗の武器は?」
恐らくは、この答えが決定打となるはずだ。
紅はそれを問う。
『刀よ。六爪流って言うんだけど…右と左に三振りずつ刀を携えてるの。普段は一刀流だけどね』
最早、疑う余地はなかった。
明らかに様子のおかしい紅に気づいたのか、それを気遣うような悠希の声が機械越しに聞こえる。
けれど、それに対して何かを紡ぐのではなく、紅は別の言葉を発した。
「ねぇ、悠希。主要な武将の特徴を全部教えてくれる?出来れば、性格があんまり悪くない人の」
『いいけど…そんなに興味が湧いたの?』
「まぁ、ね」
『わかった。紅もとうとうBASARAデビューかぁ…一人でも攻略したら、教えてよね』
同じゲームの仲間が出来る…と言うよりは、紅が好きなゲームに手を伸ばす事が嬉しいのだろう。
嬉々とした声で、彼女は一人目の説明に入った。
武将の特徴と名前を記憶に刻み込みながら、心中で謝罪の言葉を述べる。
恐らく、彼女と連絡が取れるのはこれが最後。
カウントダウンは着々と進行している。
淀みなく紡がれ続ける彼女の声を聞きながら、紅は瞼を伏せた。
07.02.17