廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 011 --

殿、こと伊達政宗が天下を目指しているという言葉は、大いに衝撃を与えた。
自分の知る歴史などごく一部だという理解はある。
しかし、何かが違うと思った。
歴史が変わってしまっているのか、それともここは自分の現代の過去ではないのか。
誰も導いてくれない迷宮の中に、ただ一人迷い込んだかのような錯覚。
いや、もしかするとそれは錯覚ではないのかもしれない。

「まだ殿から何もお聞きしていなかったのですね」
「何も…って…」
「あの方の目指す未来を。ならば、私が代わりに口を開くわけには参りません。
いずれ…近い将来に、殿から直接お聞きする事になるでしょう。その時を待ってはいただけませんか?」

悠希の優しい問いかけに、紅は無言のままに首を縦に揺らした。
話題を変えるように、奥州に関して語ってくれた彼女の言葉は、殆ど右から左へとすり抜けていく。
それに気付いていたが、悠希は何も言わなかった。
どこか上の空で庭を見つめる彼女に、言い知れぬ不安だけが胸を駆り立てる。
ともすればそのまま空へと溶け込んでしまいそうなほどに、彼女の存在そのものが希薄になっているような気がした。
奥州に関して、軽く話し終えた後は暫くの沈黙が二人を包む。
それを裂いたのは、廊下を歩いてくる足音だった。

「悠希様。あ、姫様もこちらにおいででございましたか。失礼いたしました。殿がお帰りになられました」
「ありがとう。すぐに参ります」

政宗の帰りを知らせてくれた彼女が去ると、悠希は紅を振り向く。
隣にいた紅ももちろんそれを聞いていて、何を言わんとしているのかを察して頷いた。

「一緒に行きます」
「では、参りましょう」

歩き出す彼女につき、紅もまたその場を後にした。
初めこそ紅の後ろにつこうとする悠希だったが、彼女が道を覚えていないと言ってからは前を歩いてくれる。
一度しか言っていないにも拘らず、律儀に守ってくれている彼女に、心中でそっと礼を述べた。
















すでに城内に戻っているらしく、悠希は途中でそれを聞くなり進行方向を変えて進む。
紅は特に何を言うでもなく彼女に続いて歩き、時折道を覚えるようにきょろ、と周囲を見回した。
襖の開け放たれたそこの前で彼女は膝を着き、失礼しますと中に声を掛ける。
それに倣うべきかと悩んでいる間に中から入れという返事が聞こえてしまい、結局そのまま彼女に続いた。
入る直前にはちゃんと一声かけたけれど。
先ほど返事をした彼、政宗は、悠希の後ろに紅の姿を捉え、頷く。

「悠希」
「はい」
「暫く人払いを頼む。それから…下がれ。小十郎、お前もだ」

懐刀よろしく、傍らに控えていた小十郎にそう告げる。
やや驚いたような表情を見せる彼とは対照的に、悠希はすぐに返事と共にスッと頭を下げた。
何かを訴えるような視線を向けられている事に気づくが、彼は無言で小十郎を促す。
結局主に逆らうことなど出来ず、彼は自身の内での葛藤の後、悠希同様に部屋を去った。
戸惑うといえば、やはり残された紅だ。
これから話す内容が人払いをすべきものである事は明白で、故に不安が首を擡げる。
自身の所在をなくして視線を泳がせた彼女に、声が掛かった。

「取って食ったりしねぇから、来いよ」

挙動不審であったその行動を見られていたのだろう。
どこか笑いを堪えている様子の彼に、少しばかり頬に朱を乗せつつ歩いていく。
促されるままに腰を下ろし、その後は彼が口を開くのを待った。

「町で受け取ってきた」

そう言って懐から取り出したのは、布に包まれた掌サイズの四角い何か。
畳の上に置く際にコトンという小さく篭った音が聞こえた事から、その中身はそれなりの硬度のあるものだ。
彼はそれの上に人差し指だけを残したまま、正面から紅を見る。

「あの場所を通った足軽から押し付けられたもんだ。何でも、呪いがかけられているらしい」
「呪い?」

これに?とでも言いたげな視線をそれに向ける。
しかし、彼の目が真剣で、それを口に出すには抵抗を覚えた。

「呪いなんざただの迷信だろう。要は―――まぁ、いい。開けてみろよ」

そこでピンとそれを指先で弾き、紅の方へと滑らせる。
もったいぶった割にはあっさりとそれを差し向けられ、彼女は一瞬躊躇った。
だが、ここで踏みとどまっても仕方がない。
畳の上からそれを拾い上げ、左掌の上に乗せて布の端に指先を伸ばす。

「俺は…いや、誰もそんなもんは見たことねぇ。お前は―――」
「う、そ…」
「…聞くまでもないらしいな」

布を半分ほど残し、手を止める彼女。
それを口元へと運び、彼女は絶句した。
その様子から、彼女がそれを知っている事は明白だ。

「まさか、一緒に…?」

常にポケットに入れるようにしていたそれは、なくしたと思っていた。
あの時着ていた服も、髪を留めていたお気に入りのバレッタも。
数週間前に買ったばかりのピアスは―――幸運にも、今も耳に光っているけれど。
兎に角、あちらの物と言えば、レプリカだと思っていた刀だけだった。
時代を超えてしまったのだからそれも仕方がないのだろうと、諦めていたのだ。
しかし、それは自分の掌にある。
現代で言えば下手をすれば小学生でも持ち歩いているもので、他人との通信手段となりうるもの。
英語で言えばCellphone―――携帯電話だった。

「…で、電池!」
「でんち?」

我に返った彼女がまず一番にした行動といえば、慌てた様子で携帯を開き、その電池の残量を確認することだった。
電池型のマークを見れば、これと別れて何日か経っているにも拘らず、まだ一つ欠けただけの様子。
現代でこれを忘れたとあれば、その日はまるで難聴にでもなってしまったかのような不安がこみ上げる。
そんな事を思うのは、きっと自分だけではない筈だ。
充電が切れていないからと言って何が出来るわけではないのだが、とにかくほっと安堵した。

「あー…何だ?それは」

カチカチと操作する彼女の傍らから、控えめな声が届いた。
そこで、ハッと気付く。

「す、すみません!」

忘れていたわけでない、断じて違う。
少し…ほんの少し、記憶の片隅へと追いやられてしまっていただけだ。
そう言い訳しても、携帯がその思考の大部分を占めていたという事は否めない事実。
苦笑を浮かべている彼は、それを咎めようとはしなかった。

「えっと…これは携帯電話と言いまして…」
「…何するんだ?」
「…主に、相手との連絡手段として用います」
「連絡?」

そう問いかける彼の眼差しに違和感を覚える。
だが、その理由は考えずともわかった。
どのように使うものであれ、それが連絡手段であるとわかればそうなるのも無理はない。
疑っていないとは言うけれど、自分は謎ばかりの人間だ。
言ってしまえば、間者である可能性だって捨てきれたものではない。
そんな時に「連絡手段だ」と言われれば、戸惑うのも決しておかしい反応ではなかった。

「連絡…と言っても、これだけでは無理ですけれど…。………それはそうと、これの一体何が呪いなんでしょうか?」

一年ほど使っている見慣れたそれを見下ろし、紅は首を傾げた。
いくら知らない者が見たとしても、そんな呪いだなんて物騒なことを言われるほどに凶悪な形とも思えない。
紅にはそれが理解できなかった。

「何でも、勝手に喋りだしたらしいな。詳しくは知らねぇが…」
「…あぁ!なるほど、これですね」

そう言えば、先ほどからメールの受信を知らせるようにディスプレイの端っこでピコピコとマークが光っている。
メールの受信には某電話会社で使われている、メロディーだけではなく歌声も入っているものを使っている。
確かに、勝手に喋りだす―――正確に言えば歌っているのだが。
なるほど、と思った。
これがあることに慣れすぎていて違和感はない。
けれど、これに関しては無知であるこの時代の人からすれば、恐怖すら抱くものらしい。
迂闊な事は出来ないな…と思いながら、紅はメールマークのついたボタンの上で指を止めた。
そして、結局それを押さないままにそれを閉じる。

「本当に喋るのか?」
「正確に言うと、歌うんですけれどね。間違いではありませんよ」

何なら、聞いてみますか?と問いかければ頷きが返って来る。
彼女は、一度は閉じたそれを開き、データフォルダの中からそれを探した。
そして、それの上にカーソルを合わせてカチッとボタンを押す。
プログラムされている歌が流れ出せば、それが聞こえるや否や彼は肩を震わせた。

「……四国の方でカラクリ兵器が作られたって話は聞いたが…。それ以上だな。仕組みはどうなってんだ?」

政宗の問いかけに、仕組みなど知らない彼女は困ったように苦笑いを浮かべた。

07.02.16