廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 007 --
終点のない迷宮にでも迷い込んだようだった。
正確な答えを持たない問答を繰り返しても仕方がない。
この話は終わりだ、とばかりにややぞんざいな扱いで刀を脇へと追いやり、政宗は紅を見た。
「とにかく、その刀は返しておく」
「え…で、でも…」
自分にとって危険かもしれないものを、何故傍に置かせるのか。
戸惑う彼女に、彼は小十郎へと視線を向けた。
「説明してやれよ」
「は。紅殿、殿はあなたをこの城に滞在させようとお考えです」
「それなら、尚の事…」
「いえ、どうか最後までお聞きください」
全て説明しますから、と言われれば、それ以上の反論は子供の駄々と変わらない。
困ったように眉尻を下げつつ、彼女は口を噤んだ。
「滞在と言っても、客人としての扱いはあなたも否定されるでしょう」
「当然です!そんな客としてだなんて…!」
「はい。殿はあなたがそう仰るだろうと―――」
「あー、話が長ぇ。要点だけとっとと伝えちまえよ」
一から十まで順を追って説明していきそうな小十郎に、どこか呆れた風に政宗が口を挟んだ。
一を話した後は行き成り要点である十に飛ぶ―――それが、面倒を嫌う彼のスタイルだ。
「…はぁ。それでは彼女が混乱します…」
「そんな柔な玉じゃねぇだろ。なぁ?」
突然そう振られ、紅は思わずコクコクと頷いてしまう。
話に付いていきかねているけれど、今の所、理解できていないわけではない。
順応力に関しては、彼女自身も少しばかり自信があった。
それを彼がわかっていたと言う事が驚きなのだが…今はとりあえず脇に置いておこう。
「要するに、だ。うちの軍に入らねぇか、紅?」
「………伊達軍に…?」
信じられないものを聞いたように、紅はその表情を驚きに染めてそう問い返す。
彼はあっさりとあぁ、と頷いてしまった。
「―――…私には、そこまでしていただく理由がありません」
まだ出会ってから二日。
今この瞬間さえも迷惑をかけていると言うのに、更に軍に入れてもらうなど…。
自分は、そんなにも手放しに信頼してもらうに値する人間ではない。
その意思をこめてそう言えば、途端に彼は口角を持ち上げた。
「お前が気に入った。それは、理由にならねぇか?」
告げられた言葉は、大いに紅を驚かせた。
最早正常な働きを拒んでいるのでは、と思えるほどに、彼女の思考は理解するまでに時間を要している。
内容を噛み砕き、受け入れる―――普段ならば何の問題もなく、ごく普通に行われている事の筈。
それなのに、今日のこの頭の動きの悪さは何だ。
立て続けに理解不能なことが起こり、思慮を放棄するそれを叱咤した。
「理由に…なりますね」
結局、長い間を持たせた割に紡ぎだされた返答と言えば、その程度のものだった。
小十郎は、紅と政宗との遣り取りを見ていた。
それこそ、彼女の動作は何一つ見逃さないと言う姿勢で。
政宗の家臣である彼には、主の意思よりもその安全を優先する必要がある。
『帰る場所がないなら、ここに置いてやればいいだろ』
彼が彼女を受け入れると告げた時にはそれはもう、猛反対した。
けれど、そんな彼に政宗は静かにこう告げたのだ。
『なら、お前が判断しろ。何一つ見逃さずに…見極めろ』
政宗はその口角を持ち上げて強気な笑みを浮かべつつ、そう言った。
そして彼は、全てを見た上でまだ反対するならば考える、とも続けた。
決してやめると約束してくれたわけではないが、彼にしては十分な譲歩。
その方向で話が纏まった頃、二人は隣の部屋で人が動く気配を感じ取った。
眠り続けた彼女が、漸く目を覚ましたのだろう。
立ち上がった政宗を追うようにして、小十郎もそっと立ち上がる。
「お姿を見せてはいただけませんか?」
障子へと歩み寄った所で、そんな声が届いた。
一瞬、身体の動きを止めた政宗は、やがて何かを決めたように振り向く。
この場に残れ、と言いたげなその眼差しに、心得たりと頷いた。
そうして、障子から離れた所で、彼女の前にその姿を見せる主を見送り、一息吐き出す。
「気配の読みは忍並みか…」
いつでも様子を探れるようにと、この部屋に留まっていた。
もちろん、気配を殺すことにおいて手を抜いた覚えはない。
それなのに、彼女は気付いていた。
あえて自分に意識を向けさせぬように出て行った政宗を思い、彼はもう一度息を吐き出す。
忍ではないのに気配を読み取り、自身をまるで自然に同化させるようにその気配を消す彼女。
味方となってくれる人間ならば、心強い。
しかし、他国の間者であったならば…そう考え、彼は身震いした。
見極めなければ、改めてそう思ったところで、縁側の彼らが動き出す。
別の部屋から彼女の動向を探る予定だったのに、結局自身の存在も気付かれていた。
苦笑気味の表情で誘われ、彼はどうすべきかと悩む。
しかし、政宗が自分を呼ぶ声が聞こえ、彼は一歩踏み出した。
結論から言えば「難しい」の一言だ。
間者の様な動きは見せないけれど、その代わりに言動の端々に隠された何かを感じる。
それに気付いていながら、あえてそこを問いたださない政宗に少しばかりの苛立ちを覚えた。
何も聞かずに、彼女を受け入れるつもりなのか、そう問いたい。
自分の視線に気付いたのか、彼はこちらを向いた。
そして、肩を竦めると改めて口を開く。
「小十郎、言いたいことがあるなら、言え」
そう来たか。
自分は疑っていないからそこを問うつもりはない、代わりに質問の権利を小十郎に与える。
一方的に決定されるもの困るものだが、こうして矛先を向けられるのも手放しに喜べるものではなかった。
「殿…それは…」
「蟠りを残すのは私としても不本意です。…どうぞ」
何を問われるのかは分かっている。
紅は微笑みすら浮かべ、彼へと向き直った。
そうして真正面から彼女の視線を受け、小十郎は覚悟を決めざるを得なかった。
「…紅殿は、どこのご出身なのですか?」
「お二人が知らない土地より参りました。説明する事は可能ですが…決して短い話ではありません。それに…」
そこで一旦言葉を区切り、紅はその瞼を伏せた。
暫く溜めるように間をおいた後、彼女はゆっくりと唇を開く。
「それに…その説明は、私自身も信じがたいものです」
ただ出身を話す事に、何故そこまで思いつめた表情を見せるのか。
これが偽りであったとすれば、自分はこの先何を信じてゆけばいいのか分からない。
そう思わせるような、真剣な眼差しに小十郎は思わず言葉を失った。
「…どうすんだ?小十郎」
まるで氷付けにされたかのように動かない小十郎に、政宗がそう助け船を出した。
小十郎が答える前に紅は彼へと視線を投げる。
「殿は、私に尋ねないのですね」
「あん?聞く必要があんのか?」
「いえ…ただ、意図して隠している事に、あなたが気付いていないとは思えませんので…」
「…誰にだって、口に出したくない事の一つや二つはあるだろ」
若干声のトーンを落としてそう答えた彼に、紅は思わずその眼帯を見つめてしまう。
その視線には気付かれなかったようだが。
奥州筆頭、伊達政宗…彼はこうも呼ばれていた筈だ。
―――独眼竜、伊達政宗。
「…そう、ですね」
史実を詳しく知っているわけではないが、何故か彼の意図はその右目にあるような気がした。
紅はそれ以上を紡がせないようにと、納得したように頷く。
そんな彼女を見ていた小十郎は、静かに肩の力を抜いた。
「…紅殿。その話は、また機会があればお聞きすることにします」
「…え?」
どうして、と言う視線に、彼は曖昧に微笑んだ。
政宗を気遣ってくれた事が嬉しくないわけではないが、理由はそれだけではない。
僅かな間彼女の人となりを見ていて、主の信じる彼女を信じてみてもいいかもしれないと思った。
そうして裏切られることがあったとすれば…それはそれだ。
「私は今まであなたが他国の間者であると疑っておりました。申し訳ありません」
「…知っていました。それに関してあなたが頭を下げる必要はどこにもない。当然の事です」
驚くでもなく悲しむでもなくそう言った紅に、小十郎は口を閉ざす。
「すぐに信じてくださいとは言えません。人を信じると言う事は、時間を掛けるべきものですから」
「…ありがとうございます」
そう言った彼に、彼女は微笑んだ。
そして、唇を開いた。
「でも、私はこのまま伊達軍に置いていただくつもりはありません」
07.02.08