廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 006 --
当然の事だが、面と向かって言葉を交わすほどに、政宗との仲は親しいわけではない。
況してや、相手は城の主と言うだけではなく、一国の主。
本来紅のような身元の分からない小娘が相見えることの出来る人ではない。
けれども、運命がどう働きかけたのかは分からないが、彼は紅の前に居た。
奥州の筆頭として、と言うよりは、寧ろ伊達政宗という個人としてこの場にあるように感じる。
そのことに戸惑う自分と、どこか安心する自分とが心の中に共存していた。
「質問の前に…場所を変えるか?」
病み上がりにも拘らず、薄着で外の空気に触れているのが良く無いと言うことだろう。
紅は少し躊躇うように庭、そして月を見た後、頷いた。
ここで無理をして迷惑をかけるわけにはいかない。
漸く縁側から腰を上げると、彼に従うと言う意思表所の代わりにその動向を見守る。
彼女が動き出すのとほぼ時を同じくして、政宗もまたその場から立ち上がった。
そして、紅に用意された部屋の隣…先ほど、彼が出てきた部屋の方へと歩き出す。
付いて来いと言われたわけではないが、彼の空気を察してその後に続いた。
部屋の造り自体はそう変わらないらしい。
ただ、布団が敷かれていないだとか、その程度の違いだ。
室内に入るか入らないかと言う所で、紅は一旦足を止める。
そして部屋の中を一周させた目を、最後に障子と反対側にある襖へと向けた。
だが何を言うでもなく足の動きを再開させると、障子を閉める。
目線で座るように促され、部屋の中央辺りにある座布団に腰を下ろした。
「…別に、もう一方ご一緒でも構いませんよ?その方が、二度手間にならずに済むでしょうし…」
「………なるほど、さっきのは偶然じゃないらしいな」
紅の目は、先ほど見た襖の方へと向けられている。
その事と言葉から彼女の言わんとする事を察した政宗はそう答えた。
その口元は楽しげに持ち上げられていて、少なくとも気分を害したと言う事はないらしい。
一国の主に対するには随分お粗末な態度ばかりを取っているのだが…彼は、そう言う事は気にしない人のようだ。
彼は同じく襖へと視線を向け、「小十郎」と一声掛けた。
その声に続くように、それがスッと開かれる。
姿を見せたのは、政宗よりも少しばかり年上の男性だ。
もちろん、紅には見覚えのある―――そう、あの夜も政宗と共に居た、彼だった。
「手を抜いたのか?」
「いえ。いつものようにしておりました」
「なら…本物だな」
彼は傍らに控えた小十郎とそんな会話を交わす。
その内容はよくわからなかったが、自分も関係しているのだと言う事は途中で向けられた視線により気付いた。
政宗との会話を終えると、彼は紅へと向き直る。
「片倉小十郎と申します」
「…雪耶、紅と申します。先日はお世話になりました」
彼か、もしくは政宗か。
連れて帰ってくれたのがどちらなのかは分からないけれど、言っておくに越した事はない。
そう頭を下げれば、彼はほんの少し驚いたように、けれどもそっと微笑んだ。
「殿の気まぐれは今に始まったことではありませんから…どうぞ、お気になさらずに。ご無事で何よりです」
「………おい」
それはどう言う意味だ、と言いたげな視線が小十郎を射抜く。
しかし、彼は慣れた様子で「言葉通りです」と答えた。
そんな二人の遣り取りはどこか新鮮で、話に聞いていたこの頃の主従関係とは到底似ても似つかない。
思わずクスクスと笑ってしまえば、それに驚いたように目を開く男二人。
出会ってからの表情と言えば殆ど無に近く、言葉を交わす前に意識を手放してしまった彼女。
どこか辛そうに眉を寄せるその表情だけが印象に残っていた。
そんな彼女の穏やかな笑顔を見れば、自分の中の彼女に対する印象が塗り替えられていくのを感じる。
これが本来の彼女なのだと、そう思わせる何かがあった。
「夜は長いようで短い。始めましょう?」
こうしている間にも、刻一刻と時は刻まれていく。
時間が勿体無い、と言うよりは寧ろずっと見ていたい遣り取りではあるけれど、今優先すべきはそれではない。
彼女の声に、彼らも思い出したように頷いた。
茶でも用意しましょう、と言って小十郎が席を立つ。
それから数分後、彼は三つの湯気立つ湯飲みを盆に載せて戻ってきた。
何というか、その光景はとても殿に仕える人物のそれとは思えない。
こんなにも家庭的で良いのだろうか、と思いながら、彼の淹れてくれたお茶を一口頂いた。
喉を通っていくそれが、じんわりと内側から暖めてくれる。
「…んじゃあ、始めるか」
「はい」
コトンと湯飲みを置くと、政宗はそう言った。
姿勢を正す彼女に、彼は楽にしろと告げ、一旦口を閉ざす。
「まずは…その剣術だな。どこで学んだ?」
「父と祖父より教わりました。曽祖父も…たった一度でしたけれど」
「親父はどっかの武将か?」
「…違います」
武将か、と言う質問にはそう答えるしかないだろう。
元を辿っていけば武将の子孫である事は確かだけれど、彼自体は戦国時代を生きているわけではない。
現代を生きる彼は、その腕を生かして家の道場の一つを使って、剣道を教えている。
それ以外にも何か仕事をしているのかもしれないが…生憎、紅はそれしか知らなかった。
「なら、他に何が出来る?」
「何…。刀、薙刀、槍、弓…あと、馬術も」
一般的な歴史のある武器と名の付くものは、一通り使えるようにはなっている。
現代を生きる若い女性としては何とも言いがたい特技だが、この時代を生き抜くには有利すぎる能力の数々。
そこまで出来るとは思わなかったのか、政宗は軽く口笛を吹いた。
「大方出来るのか。何が得意だ?」
「…刀、もしくは薙刀でしょうか…」
出来る、と得意とは違う。
あえてその質問を投げてきた彼に、紅は悩んだあとそう答えた。
そこで、そう言えばあの刀はどうなったんだろうと思い出す。
だが、それを尋ねるのは後でもいいか、と思いなおした。
今その質問をすれば、話の腰を折ってしまう。
「刀の話で思い出したが…」
そこで一旦声を切り、小十郎へと視線を投げる。
心得たり、とばかりに彼はその目の言わんとする事を理解して立ち上がった。
襖から足音小さく出て行き、一分と経たないうちに戻ってくる。
その手には、二振りの刀が握られていた。
「どうぞ」
「おう。こっちがお前が持ってた刀だ」
そう言って躊躇いなくそれを差し出され、逆に彼女の方が戸惑ってしまう。
刀を使えると言ったのに、これを使って自分を斬るとは思わないのだろうか。
それとも、彼女程度に斬られるなどないと言う自信の表れだろうか。
きっと、彼の行動の意味を図るとすれば、どちらも正しいのだろう。
受け取った刀を確かめるように、彼女はすっとそれを鞘から引き抜いた。
あの日は適当に血を拭った後すぐに刃をしまってしまったのだが…今は手元で美しく輝いているそれ。
「手入れを…してくださったのですか?」
「はい。僭越ながら、私が」
あのままでは刀が傷みますから、と答えた小十郎に、ありがとうございますとお礼を述べる。
そして、彼女がそれの鯉口を鳴らして鞘へと納めれば、今度はもう片方を差し出してくる。
それと彼とを交互に見て反応に困っている紅に、彼は「中を見ろ」と短く告げた。
仕方なく、それを受け取って先ほどの刀同様に少しだけ刀身を露にする。
そこまでの動作で、紅は自身の掌に違和感を覚えた。
その正体を探るように、一度刀を納め、今度は完全に鞘から抜き取ってしまう。
姿を見せた白銀の刀身を見つめ、柄を握る自分の手を見つめ、沈黙する。
「―――――…同じ…?」
違和、と言うのは少し違う。
言うならば、あるはずのない一致を、その掌や目で感じ取ったのだ。
そう、先ほど受け取り、今は自分の傍らにおいてある刀と、手に持つ彼の刀。
握った感覚も、刀身も、柄も鍔も。
鞘の外装以外は、その全てが同じだった。
「悪いが、銘を確認させてもらった。
お前のそれと、これ。同じ銘が刻まれていた―――それに関して、何か知っているか?」
そんな事、こちらが聞きたい。
何故、同じ刀が存在するのか。
信じられないものを見たように沈黙し、ゆるゆると首を振る。
「この刀は代々伊達当主に受け継がれてる刀で、世界に二つとない業物だ。真似ようとしても作れるもんじゃねぇ」
抜き身のそれを持ったまま動けない彼女の手からそれを受け取り、キンッと鞘にしまう。
そうして告げられた言葉に、紅の思考はいよいよ正常な動きを拒みだしていた。
07.02.05