廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 002 --

ドカ、ドカ、とでも表現すればいいだろうか。
普段紅が耳にしていたよりも重量感のある蹄の音。
やがて葉越しの見難い視界の中に入り込んできた馬と、その上に乗る人物に彼女は納得した。
あれだけ立派な馬ならば、あの足音も分からないではない。
足音が軽やかならば、それはそれで驚きだ。
もう一つの影が視界に入り込んできた所で、紅は自然に同化するかのようにその気配を消した。

「見つかったか?」

後から来た一人が、そう声を発した。
背中しか見えないが、声から察するに若い。
青い防具に身を包む男性に、前に居たもう一人が首を振った。
その時、何を、と言う事は出来ないが、青い彼に違和感を覚える。

「いえ…。この辺りかと思うのですが、姿は見えません」
「見失ったか、或いは…」
「!」

青い防具の男の呟きを聞き終える事無く、男は馬から下りた。
その衝撃にややたじろぐ馬の手綱を持ち、足元に屈む。
そんな彼を見て、青い防具の男が「どうした」と声を発した。

「殿、これを」

男が渡したものよりも、男の呼び方に興味が湧いた。
『殿』と呼ばれる人物ならば、青い防具の男は結構な位の人物だと言う事がわかる。
一国の主か…悪くても、どこかの城主である事に、まず間違いはないだろう。

「ちっ…。どっかの忍に先を越されたか…?」

渡されたものを受け取ると、男は忌々しそうにそう吐き捨てた。
どうやら、彼にとっては良くないものらしい。
そこでふと、紅は彼らが居る場所が、先ほど自分が苦無を受けた場所であると気づく。
先ほどの忍という言葉からしても、手渡されたものが苦無である事はまず間違いないだろう。
と言う事は…彼らが探しているのは、その苦無を向けられた人物―――つまり、自分なのだろうか?

「しかし、この周辺に血の臭いはありません(お気づきですか、政宗様?)
「そうだな(あぁ、視線だけな)
「無事にどこかへ逃げたのかもしれません。探しますか?(気配の消し方は忍並みですね)
「いや…やめとけ。この暗さじゃ見つからねぇだろ(どっかの忍か?)
「では、明日にでも付近を捜索させましょう(そこまでは…)
「あんまり大人数にするなよ。甲斐に不審がられるのは御免だ(とにかく…一旦引く素振りを見せるか)
「承知(では、そのように)

表に出される言葉とは別に、舌の動きのみによる会話が成立しているとは夢にも思わない。
ただ聞こえてくる声を聞き、彼らが言葉通りに去るのを待った。
息を殺し、全神経を彼らに集中しているのが分かる。
早鐘のように打ち響く鼓動が聞こえてしまうのではないかと思った。
そうして酷く集中していたからこそ、気付く。

「(…誰?)」

二人を囲うように感じた気配は一つではなかった。
彼らの警戒網には入っていないようで、気付いていない。
じわりじわりと真綿で首を絞めるように彼らを中心とした円が縮められている。

―――狙われているのか。

そう理解するのに、さほど時間は必要なかった。
さて、ここで問題になってくるのは彼女自身の行動だ。
刀を挿している以上、それが飾りだとは思いたくはない。
ある程度の手練であったとして…果たして、難なく事を終えることが出来るだろうか。
軽く腕を組んでそう考えていた紅は、漸く青い男性に感じた違和感の正体に気づく。

「(…六刀流…?)」

右に三振り、左に三振り。
合計六本の刀が彼の腰に結わえられていたのだ。
元居た生活の中にあった漫画で三刀流までは見たが…その倍は初めてだ。
どうやって持つんだろう、と場違いな事を考えている間に、漸く敵が警戒網に引っかかったらしい。
二人の纏う空気が、変化した。
ザワリと、背筋を何かが這う感覚を覚え、紅は図らずも口角を引き締める。
青い兜の下から垣間見えたその鋭い眼差し。
触れれば切れてしまいそうなそれに感じたのは、未だ嘗てない興奮だった。
性感にも似たそれは彼女の身体を震わせる。

―――強い。

その空気だけで、わかった。

「ちっ…余計な奴らが集まってきたか…」
「どうやら、野盗の根城だったようです」

声をきっかけに、ザッと彼らの周りに人壁が現れる。
その数は…少なく見積もって、100。
一つの野盗集団とは思えないので、恐らくは近隣の集団が互いの利益に身を寄せているのだろう。
確かに、すでに捨てられたこの村は、奥州の領土内とは言え甲斐にも近い。
略奪をして帰って来るにも丁度良い距離で、利用するには十分な価値がある。
自分の国内でそんな事が行われているなんて思いたくはないが、現実は常に厳しいものだ。

「悩んでたって仕方ねぇ。やるか!」
「その楽しそうな表情でどこが悩んでおられるのですか!」

意外と主従関係に厳しくないのだろうか…そんな事を思っている間に、乱闘は始まった。
と言っても寄せ集めの野盗が武士に敵う筈もないようで、ほぼ一方的。
この分ならば心配する必要はなかったか、と思うと、どこか安堵の表情を浮かべて『彼』を見た。
そっと枝を握っていた筈の手が震える。
しかし、それは恐怖からではない。
目の前で次々に人が斬られ、倒れていく。
決して五体満足なそればかりではないのに、紅にとってはまるでブラウン管越しに見ているような感覚だった。
それよりも、『彼』に魅せられる。
強い、と身体が歓喜に震える。
お家柄色々と武道は学んだとしても、あの平和な世界では彼のような猛者に出会う機会などない。
すでに師範である父も超えてしまった彼女にとっては、『彼』は新たな目標となった。
一方的に出会ってから、まだ一時間も経たないうちに。















彼を見ていたからこそ、気付いた事があった。
どこからか、彼のみに照準を絞って向けられた視線。
一旦彼から目を逸らし、その視線を向けている人物を探す。
その人物は、案外簡単に見つかった。
自分が居るちょっとした林とは、乱闘場を挟んで反対側に位置する林。
その中から、獲物を狙う狩人のようにぎらつく目で彼を見ている人物がいた。
気付かないほどの殺気を振りまくその姿に、紅は眉を寄せる。
彼は気付いていない。
彼の従者もまた、気付いていない。
全体の動きを見渡していれば、野盗たちがその林の方へと意識が向かないように動いている事に気付いた。
ただの能無しの集まりではないらしい。

「(…どうする?)」

乱入するか、このまま傍観を決め込むか。

選べる道は二つだ。
いっそ、逃げてしまうと言う選択肢もないわけではないが…自分の状況を考えられば、それは憚られた。
どうせ色々と知識を分けてもらうならば、あの野盗たちよりも彼らを選ぶ。

そこまで考えて、あぁ、と納得した。
彼らに知識を分けてもらいたいならば、傍観するわけには行かないではないか。
あのまま林から短筒に撃たれてしまえば、いくら猛者とは言え命も危ういかもしれない。
死体からは自分の望む情報を分けてもらえないのだから、死なれては困るのだ。
ならば、自分のとるべき道は一つ。


チキン、と鯉口を鳴らす。
ぐっと足場が確かである事を確認して、紅は前を見据えた。
一度深呼吸すると、その目を開いて刀に手をかける。
まだ鞘から抜き取らず、柄に手をかけたままだ。
トンと勢いをつけるように足場を蹴って、彼女は乱闘の中へとその身を躍らせた。

07.01.30