悠久に馳せる想い

「お前の能力を霊界の為に使うならば、その命を救ってやろう」

目の前の威厳を纏うエンマ大王はそう言った。
そろそろこの肉体も限界が近いらしい。
霞む視界で大王を捉え、私は彼の言動に対して笑みを浮かべる。

「あの人の傍に無い生に何の意味がある?」

私のコメカミの傷が血を頬に伝わせる。
やがて顎まで届いたそれは重力と言う名の力に従って床へと落ちた。
しかし、そこに広がるのは血だまりではなく澄んだ絳(こう)の石。
カラン…カラン…と床に弾ける石を見ながら、私は自嘲の笑みを浮かべる。
今までこれほどの血を流した事は無かったな…。

「その絳華石(こうかせき)に力を込めるだけでよいのだぞ?」
「あなた達の為にこれに妖力を込める気は無い。殺せ」
「……一晩時間をやろう。よく考える事だ」

両腕を持ち上げる男らに内心舌を打つ。
ここまで弱りきっていなければ今すぐにでもこの霊界を半分は破壊して飛び出してやると言うのに。

「エンマ大王。何度問われても答えは変わらない」
「…連れて行け」









「お前も頑固な奴だな」
「安心しろ。これ以上この気分の悪い霊界に居座るつもりは無い」
「…やはり行くのか」
「当然だ。私はあの人の為のみ在る者」

腕の傷に指を這わせ、固まりつつあったそれを床に転がす。

「私の力が欲しいならば、何よりもあの人の命を優先すべきだったんだ」
「その様だな」
「お前とはもう少し早く逢いたかったよ、コエンマ。お前の為ならばこの力を使ってもよかった」
「それもあいつが生きておっての話だろう?」
「無論だ」

呼吸が辛い。
五感の殆どが機能しなくなってきている。
それは限界が近い事を示していた。

「コエンマ、一つだけ頼みがある」
「何だ?」
「妖力を…全てあの人の妖力で封印する」
「…死ぬ気か」

今の私は自らの妖力のカケラで生を繋いでいるような物。
それを封印すればどうなるか…結果は火を見るよりも明らかだ。

「だから…。…見逃してくれ」

彼が何かを言う前に、私は床に転がっていた絳華石を手に取った。
自らの血より出来るそれを持ち上げ、手の中で握り締める。
仄かに熱を持つ絳華石に自分の妖気が宿るのを確認すると、それを牢の外の彼に放り投げた。

「置き土産だ…」

彼がそれを受け取ったのを見届けると、私は視界を閉ざして冷たい壁にもたれかかる。

「オヤジは結界の指示を出しているはずだ。いけるか?」
「ふふ…私を誰だと…思っている…?結界など…無意味だ…」

口角を持ち上げそう笑う。
閉ざした視界に浮かぶのはあの人の姿以外には無い。
彼を案じながらも、心のどこかで必ず生き延びていると言う確信があった。

「……――」

その名を紡ぎ、私は肉体と言う檻を捨てた。

「また会おう」

最後にコエンマの声が遠くで聞こえた。

05.06.18