Good morning
夢追いのガーネット Side episode

普段ならば階下に降りる前に着替えを済ませるところだが、今日は室内にもう一人。
寝ているとは言え着替えるのも…と考え、それを後回しにした。
そして、下で済ませる用事を済ませて再び部屋に戻ってきたわけなのだが…。

「まだ寝てるし」

すやすやとお休み中の紅を見下ろし、溜め息を吐き出した。
恐らく自分が降りて行ったのにも気付いていないであろう彼女。
自身の布団を肩まで引き上げ、それを抱きこむように横向きに眠る彼女は、丁度ドアの方を向いている。
彼女が自分のベッドで穏やかに眠っていると言うのは、何とも言えずくすぐったい。
別に初めてではない光景だが、ここ数年直視するのに困ると言うのはやはり成長してきていると言う事なのだろう。
足音を顰めてベッドに近寄った彼は、彼女の黒髪を梳く。
サラリと流れたそれが頬に掛かった事に気付いたのか、紅は薄っすらと目を開いた。

「………翼だー…」

完全に開ききらないままに、瞬き三回。
未だ不完全ではあるが開いた眼で、彼女は確かに翼を映した。
ふにゃりと軟体動物の如く崩れる表情に、翼は苦笑する。
髪を撫でながら『普段からは想像できないよな』と、暫しクラスメイトや部活仲間に対しての優越感に浸る。
撫でられているのが心地よいのか、折角開いていた眼を閉じそうなことに気付くと、その額を軽く弾いた。

「寝るなって。ここ、俺の部屋」
「んー…。だって、安心するし…」

寝るなって言う方が無理…とのんびりした口調でそう言う紅に、彼は苦笑を浮かべた。
危機感を持てとは言わない。
だが、ここまで来ると異性として意識されているのだろうかと言う不安が脳裏を過ぎる。
幼馴染と言うのも考え物だ。

「襲って欲しいの?」

笑顔でそう問いかけると、彼女はきょとんとした表情を見せる。
その表情に満足して「冗談だ」と切り返そうとしたのだが―――

「翼なら大丈夫だよ?」
「…あのな…。紅の中の俺ってどんだけ強固な意思の持ち主なわけ?」

呆れを含ませる翼に、紅はゆっくり首を振った。
そう言う意味じゃない、と言うと彼女は先程とは打って変わって綺麗な笑顔を浮かべる。
そしてベッドの脇でかがみこんで目線を合わせている翼の首に腕を回し、ほんの一瞬だけ唇を重ねた。

「翼ならいいよって事」

いつの間にか紅は完全に覚醒していたらしい。
まだ彼女の腕は首に絡んだままで、二人の距離は殆ど無いに等しかった。

「………ったく…」

紅の行動に驚く事数秒。
頭の整理は出来たらしく、翼は苦笑を浮かべる。

「ほら、着替えるから自分の部屋に戻りなよ」
「えー…」

折角気持ちよく寝てたのに、と呟く紅に、彼は先程のお返しとばかりに少しだけ長いキスを送る。
そして、首に絡まっていた彼女の腕を解いて立ち上がり、その黒髪に手を乗せた。

「イイ子だから戻れよ」
「子供じゃない」
「似たようなもんだろ」

クスクスと笑う翼にむっと唇を尖らせつつ、紅は漸くベッドから降りた。
皺の入った私服を伸ばしながら、自身の身体も慣らす。

「お邪魔しました」
「あ、紅」

そう言って部屋の扉を潜った彼女の背に、翼からの声が掛かった。
振り向く彼女に、彼は先程はとこから言われていた言付けを伝える。

「帰ったら携帯見ろってさ。あと、いつもより早起きだからどっか行く?」

遠出は出来ないけど、と言う翼に対して紅は眼を輝かせ、準備してくる!と言って部屋を出て行った。
階下で母と彼女が二・三言何かを話す声が聞こえ、そして玄関を出て行く音が届く。
彼女の反応に口元を緩めつつ、翼は早く準備を済ませるべく、箪笥に手を伸ばした。

こうして、彼らの一日は始まりを告げる。
















「添付メール…?」

部屋に戻った紅は自身の携帯がベッドの上で光っている事に気付き、翼の言葉を思い出す。
パカッと開いたそれを操作し、添付内容を受信して―――

「な…何これっ!!玲さんっ!?」

この場に居ない彼女に怒っても仕方が無いとは理解しつつも声を上げずには居られない。
ディスプレイに映し出されていたのは、額をつき合わせるようにして眠る紅と翼。
これだけ接近されて起きないとは…と、赤くなる頬を誤魔化すように場違いなところに注目を置いてみる。

だが、二つ目の添付されていたファイルを見ていた紅は、まったく…と言いつつも携帯を操作する。
カチカチと数回ボタンを弄り、作業を終えた携帯を閉じた。
プライベートフォルダに入れられていたのは、二人の写真。
そして、自身は失敗した翼の寝顔写真だった。






「紅」
「あ、はいはい」

ベランダから呼ばれ、紅は慌ててそれの鍵を開ける。
翼は自分の部屋の窓際に居て、手の中にデジカメをぶら下げていた。

「忘れ物」
「ありがと。………中身、見た?」
「見てないよ」

即答した翼に内心安堵の息を漏らし、彼女は手を伸ばしてそれを受け取った。
準備が終わったら家の前でと言い残し、部屋の中に戻る翼。
片手で窓を閉めつつ、紅はデジカメのボタンを操作していた。

「結局一枚しか撮れなかった……………って、何これ!?」

自分が撮った筈の一枚の後ろに、もう一枚の画像。
そこには何も知らずに穏やかな表情で眠る自分が映っていた。
急いで準備を済ませ、すでに家の前で待っていた翼に、彼女が頬を赤く食って掛かるまで後3分。
















「暁斗、素敵な画像を送ってあげるわ」
「なんだよ、それ」

助手席に座っていた玲の声に、運転席でギアチェンジを行っていた最中の暁斗が問い返す。
程なくして、暁斗は自分の携帯がメロディを奏でるのを耳にし、車を路肩へと寄せて停車させた。

「………これはまた…懐かしい画像だな」
「でしょう?ここ暫く見れなかったから、思わず撮っちゃったわ」
「二人ともいい表情見せやがって…。翼が憎いな」
「きっと、寝ぼけた拍子にあの子が誘ったんでしょうね。で、そのまま紅も寝ちゃったってところかしら」
「あれか。大事なもんを抱え込んじまう妙な癖か…」

再び車を走らせ出す暁斗の言葉に、玲はそうそうと頷く。
寝ぼけ眼で見つけた『大事なもの』を、無意識のうちに自身の腕の中に閉じ込めたのだろう。
子供の独占欲に似たそれによって、この微笑ましい一枚は存在するのだ。

ちなみに、翼の携帯には二人の写真+紅の寝顔写真が送信され、紅と同じくプライベートフォルダの中に残されている。
その事を、二人は知らない。

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06.05.27