Happy birthday dear ...
夢追いのガーネット Side story
校舎からは少し離れたところに立てられている道場はグラウンドのすぐ脇にあった。
そこからはぶつかり合った竹が酷く耳に残る音が響いている。
その様子を、換気のために開けられた窓からいつものメンバーが見ていた。
「姫さん、えらいまたご機嫌斜めやなぁ…」
――次!
「あぁ、初めて見るくらいに究極だな」
――握りが甘い!竹刀を落としてたら話にならないわよ!次!
「原因はアレだろ?」
――…もう終わりなの?体力強化も課題ね。
「アレ以外に考えらんねぇ」
時折くぐもった紅の声が耳に届く。
苛立ちを隠せない様子の彼女だが、指摘している部分は全て相手の弱点。
ただ、いつもならばオブラートに包むような言葉を、そのまま投げかけているだけだ。
指摘された側からすれば『キツイ』以外の何ものでもないだろう。
「紅ー。確か今日は生徒会に顔を出すって言ってなかった?」
紅に声を掛けた勇者の名は佐倉悠希。
彼女の親友であり、飛葉中剣道部の部長を務めている。
紅は彼女の言葉に籠手を外しながら壁に掛かった時計を見た。
確かにそろそろ切り上げなければならない時間だと判断すると面を外すべく紐へと手を伸ばす。
器用に片手で解いてしまうと、そのまま取り払った。
ポニーテールに結われた髪が反動に揺れる。
「…んじゃ、生徒会の方に行って来るわ。ごめんね、途中で」
「別にいいって。また時間がある時に顔出してね」
紅は彼女に声を掛けると着替えの為に道場を出て行く。
ふと更衣室として用意された部屋の扉に手をかけた彼女は、グラウンドの方へと視線を向けた。
いつもよりも遥かに多いスカートの女子生徒の群れに、彼女は小さな溜め息を一つ零す。
そして何を言うでもなく扉の内へと消えていった。
「嵐が過ぎ去った感じだな」
ポツリと六助がそう漏らす。
同意するように三人が頷くと、彼らの後ろから声が掛かった。
「…やっぱり椎名が原因なんだね、紅が機嫌悪いのって」
びくりと肩を揺らして自分を振り向く彼らに、悠希はしてやったりとばかりに口角を持ち上げた。
驚かせるなよ、という彼らの声は彼女を喜ばせるだけだ。
「理由つけて放り出してはみたけど…あの様子だと部活終了時間までに機嫌はなおりそうに無いね」
「ああ。あの群れが引かんと無理やろなぁ…」
「てか、俺らもさっさと引いて欲しいよな、切実に」
溜め息と共に答える彼らに悠希が首を傾げる。
しかし、その理由はすぐにわかった。
「翼の機嫌も右下がり」
柾輝の言葉に悠希はなるほどと頷きつつ、群れの視線を集めている彼の方を見た。
苛立ちを隠せない様子の彼は一声上がるたびに身に纏う空気を重くしているように感じる。
これだけ離れていても感じるほどに不機嫌なのだから、同じ部活で過ごす四人には迷惑この上ないだろう。
「苦労するわね、お互い」
彼女の言葉に四人は深々と頷く。
休憩時間の後の事を考えると恐ろしかった。
「…日常が一番だよな…」
誰かの一言に、同意を示さずには居られない。
締め切った部屋は酷く篭り、少しばかり暑いと感じるような室温だった。
空調を使う許可はまだ下りていないので、この暑さを回避するには窓を開けるしかないのだが…。
ふと鍵に手をかけてグラウンドを見下ろした紅は、そのままそれを開錠せずに手を離す。
「何か…調子狂う」
ポツリと落とした呟きが誰かの耳に届く事は無い。
ハッと我に返ると、紅は頼まれていた仕事を片付けようと整理棚に手を伸ばした。
こう言う時は忙しさに任せるに限る。
そんな考えのままにバインダーを持ち上げた。
――バンッ!!――
「扉はゆっくり………………………翼?」
突然酷く音を立てて開かれた扉に、紅は眉を寄せて振り向いた。
生徒会の誰かだと思ったのだが、どうやらそれは違ったらしい。
すぐさま閉じた扉を背にずるずると座り込んだのは、他でもない翼だった。
Tシャツ姿のままの所を見ると、まだ部活途中らしい。
肩で息をしながら座り込んだ彼に紅は首を傾げた。
「…どうしたの?」
「………悪い。ちょっと匿って」
翼の声が終わるか終わらないかと言う所で、廊下を走る足音が近づいてきた。
そして「翼く~ん!」と言う真似するのも鳥肌物の声と共に、生徒会室の前を通過して遠ざかっていく。
「……………ま、好きにしたら?」
足音の主が誰なのか、など考えるまでも無い。
紅は苦笑を浮かべると自身の荷物を置いた窓際へと歩いていく。
鞄の中からペットボトルを取り出すと、それをタオルと一緒に持って翼の方へと歩いた。
近づいてくる足音に反応するように顔を上げた翼の上にタオルをかぶせ、更にペットボトルを載せる。
「人気者は苦労するね」
「…さんきゅ」
受け取ったペットボトルの中身を喉に通す頃には、すでに息も整いつつあった。
構う必要も無いと判断した紅は先程の作業の続きに取り掛かる。
「所で、どうしたの?生徒会室に来るなんて珍しいよね」
サッカー部を作る時以来じゃない?と問いかける紅。
そんな彼女に、翼は訳がわからないとばかりに眉を寄せて口を開いた。
「さっき佐倉から紅の所に行けって言われた所為で追い掛け回されてるんだけど?」
「…………なるほど。悠希ね」
彼女の性格を考えれば頷けてしまう所が何とも言えない。
先程といい、翼の事といい…彼女は巧みと言えるのかどうかはわからないが、とにかく厄介払いをしたようだ。
機嫌が悪かったという自覚はあるだけに彼女に対しては文句の一つも出ないのだが。
「…ま、そんな事だろうとは思ったけどね…。って言うか、あいつら本当に馬鹿じゃないの?」
窓の近くに歩み寄った翼は、そこから見える風景に眉間の皺を増やす。
先程まで自分に群がっていた一団がいつものメンバーを取り囲んでいるのが見えた。
恐らく自分の居場所を聞き出そうとしているのだろう。
「恋する女は盲目ですから」
あれが悪いとも思ってないよ、と紅は作業を続けつつ答える。
順番通りに並べ替えるという単調な作業だが、量があるだけにすぐには終わりそうに無い。
「本当に嫌になるね、人の迷惑を顧みない奴。性格が顔に出るってわかってないんだろうね。
大体あの大量のプレゼントをどうやって持って帰れって言うんだか。受け取ると思うほうが間違ってるだろ」
いつもより口調が厳しいのは、イラついているからなのだろう。
不機嫌な様子で彼はその辺にあった椅子に腰を下ろす。
荷物は部室に置きっぱなしにしているので、帰ることさえ出来ないのが現状だ。
紅は彼が腰を落ち着けた事から、部活終了時間までこの部屋で時間を潰すのだろうと悟る。
「まぁ、鬱陶しい事この上ないよね…」
小さく呟くが、今度は誰の耳にも留まらないというわけには行かなかった。
言い終えてからそれに気付く紅だが、慌てて振り向かせた視線はしっかり彼のものと交わる。
ニッと口角を持ち上げる姿に彼女は自身の失態を恨まずには居られない。
聞き逃してくれる事を期待したが、この幼馴染にそれを期待するだけ無駄というものだ。
こうなってしまえば紅に残された道は一つ。
「へぇ…紅でもそう思うんだ」
彼の言葉を右から左へと聞き流す振りをしてただ作業に集中した。
パイプ椅子がカタリと動く音がしたかと思えば、バインダーを持ち上げていた手を取って引っ張られる。
腕力の差からか、彼女の諦めからか。
紅の身体はくるりと反転し、背後に立っていた翼と向き合う形となる。
「ヤキモチ?」
「………らしいね。去年までは平和だったのに」
素直に認めるのは許せないのか、彼女はふいっと顔を横に逸らして答える。
その様子に翼は声を上げて笑った。
「俺は今年の方がいいけどね」
「…何でよ?追われるのは毎年同じでしょ?」
顔を逸らしていたはずなのに、疑問を口にせずには居られない彼女。
しっかり自分と視線を絡める辺り、つい先程目を逸らした事を忘れているのではと思う。
「確かにこの日は面倒な事変わりないけど…自由にサッカー出来る」
どの道変わらないなら自分が楽しめる方がいいという事だろう。
紅はそう判断して「なるほどね」と頷いた。
だが、彼の言葉はそれで終わってはいない。
「それに、紅のヤキモチなんてこれを逃したら経験出来ないかもしれないし?」
勢いよく振り下ろされたバインダーは持ち前の運動神経によって簡単に避けられた。
その翌日。
翼に遅れること一日、本日は紅の誕生日であった。
彼に勝るとも劣らぬ人気を誇る彼女の反応はというと…。
「…雪耶ー…は欠席だってお兄さんから連絡があったな」
妹思いの兄により、何の問題も無く自主休学が許されていた。
男子生徒の溜め息がクラス中に溢れる。
きっと彼女の休みが伝わるであろう休み時間には、更に溜め息が増えるのだろう。
「興奮した馬鹿共の溢れる学校に紅を送り出せるわけねぇだろ」
「………シスコン…」
ちゃっかり休んでいる翼は暁斗の言葉に呆れた声で呟いた。
呆れの半分は、昨日の朝の時点で休めばよかった事に気付かなかった自身に向けたものだったが。