Happy birthday dear ...
夢追いのガーネット Side story
新たな学年の生活が始まり、すでに二週間が経とうとしていた。
学校が変わった訳でもなければ学部が変わる訳でもない。
ただ変わったと言えば、顔なじみのクラスメイトが両手の指で足りるくらいに減った事だろうか。
クラス替えには嘆く者も居れば、友人と手を取り合って喜ぶ者も様々。
紅の場合、手を取り合ってという事は無いにしても後者であった。
仲のよい友人とは中学三年間同じクラスで、そして彼とも一年と少しのクラスメイト。
「紅、今度誕生日でしょ?お祝いがてら日曜デートしない?」
斜め前の席の友人が、帰り際にそう問いかけた。
彼女が誕生日を祝ってくれるのは毎年の事で、紅もまた彼女の誕生日に祝う。
義務的なものではなく本心から来る付き合いがそこにはあった。
彼女の言葉に、紅は苦笑に似た笑みへと表情を変える。
「ごめん。日曜無理なんだ。来週ならいけるんだけど…」
「あら、残念。じゃあ来週は空けといてね」
気にした様子も無く彼女は頷き、来週の約束を取り付ける。
その後、彼女はにやりと口角を持ち上げて見せた。
「何?デートなの?」
そんな彼女の言葉に、紅は笑みを返して頷いた。
「帰りまでに何本観れると思う?」
「最高3本じゃない?って言うよりそれ以上は目が限界だって。私は1本で十分だと思うけど…」
「じゃあ、2本」
「…ま、妥協点かな」
映画館のパンフレットを片手に、チケット売り場を目前に言葉を交わす二人。
興味心を擽る様な映画の中からそれぞれ一つずつ観たい映画を選ぶ。
そして時間が重ならないようにチケットを購入して、入場開始までの時間を潰すべく一時その場を後にした。
「そう言えばさ。凄く今更だけど、今日は部活無かったの?」
「休み。玲が東北の方に出てるからどうせ指導出来ないしね」
「あ、だから暁斗兄が朝早くから居ないんだ?」
「大方玲が運転を頼んだんだろ」
呆れたように息を吐き出し、翼はストローを咥えてジュースを飲む。
彼の向かいに座りながら紅はクスクスと笑った。
確かに足として使われては居るようだが、全く嫌そうでも面倒そうでもなかった事から兄も嬉しいのだろう。
ここ一週間は仕事がないと言っていたから何も問題は無い。
「さて、そろそろ時間だね。行くよ」
「うん」
紙コップをゴミ箱に捨てると先に歩き出した翼を追う。
遅すぎるくらいの速度で歩いていた彼は、紅が追いつくと普段通りの速度で歩き出した。
「…よく2本も観ようと思えるね。映画なんて1本観たら疲れない?」
「偶の休みに観ておかないと部活で逃すからね」
「…まぁ、確かに」
「それに、今日は俺に付き合ってくれるんだろ?」
否定の言葉など出るはずが無いと言う確信の元の言葉。
口元に浮かべた笑みは自信に満ち溢れていて、用意された返事以外は紡がせないと言う見えない圧力がある。
もとより今日の予定は『翼の好きなように』であるからして、初めから彼女がそれを否定する筈が無いのだが。
「もちろん」
彼女から絡めた指は、解かれる事は無かった。
コンッと窓ガラスが小さな音を立てる。
濡れた髪を拭いていたタオルを肩に掛け、翼はその窓を開けた。
向かい合うベランダにはニコニコと笑う紅の姿がある。
「パジャマパーティーしません?」
「二人ともパジャマなんて着てないけどね。どっち?」
「だって、Tシャツの方が楽だし。あぁ、部屋は私の部屋でいい?飲み物用意してあるし」
そう言って紅が部屋の中に戻ると、後を追うように翼もベランダを越えて部屋に入ってくる。
すでに準備万端とばかりに整っている小さめのテーブルの傍らに腰を下ろした。
「それにしてもさ…紅、自分の性別の自覚ある?」
「もちろんあるよ」
「こんな時間に男を自室に入れるなんてね…」
「あはは。翼なら大丈夫だし」
何を今更、と彼女は彼の言葉を笑い飛ばしてグラスにジュースを注いだ。
熱めの風呂から上がったばかりの身体に、程よく冷えたそれが心地よい。
二人は今日の映画のパンフレットをテーブルの上に乗せ、雑談に花を咲かせた。
「何かさ…2本分の映画の情報が脳内を交錯してる感じ。よく頭こんがらがらないね?」
「脳内の切り替えが大事だね。前の映画のを引っ張ってたら連続で観ても面白くないだろ?」
「私は余韻に浸るのが好きなんだけどな…」
今日の映画鑑賞は、間が15分と言うハードなスケジュールだったので、心身ともに中々忙しかった。
本来余韻を楽しむ紅は、連続という初体験に苦笑を浮かべる。
それでも、両方楽しかった事に変わりは無い。
「じゃあ、来週は1本でいいよ」
「ホント?」
「本当。観たい映画考えておきなよ。まぁ、映画以外でもいいけど…」
紅の嬉しそうな表情につられるように、彼も口角を持ち上げて笑む。
来週の日曜は部活が午前だけで終わる。
それ故、その日は午後から『紅の好きなように』と言う予定だ。
二人の付き合いの原点は出生状況にあった。
それぞれの母親が入院した産婦人科が同じで、部屋も隣。
予定日が近い事もあり、お互いに仲良くならない理由は無かった。
流石に一日違いで生まれてきた時には驚いたものだが…。
それも何かの縁と互いの子の誕生を我が子の事のように喜び、そして以降も彼女らの友好関係は続く。
親同士の仲が良いとあれば顔を合わせる機会が増えるのも必至で、二人の幼馴染生活はそこから始まっている。
幼馴染で誕生日が近かった偶然ではなく、誕生日が近いからこそコウノトリが共に運んできた『幼馴染』と言う名の必然。
「来週なんだけど、日曜よね?」
「あぁ。土曜は部活。何で?」
「土曜もデートのお誘いを受けてるの」
にっこりとそう言ってのけた紅に、翼がグラスに唇を近づけたまま静止する。
しかし、ふと教室での出来事を思い出した彼は「あぁ」と頷いた。
「あいつか。そう言えば約束してたっけ」
「うん。あの子と出掛けるの久しぶりなの」
最近部活で忙しかったから。そう言って笑う紅は本当に嬉しそうだった。
彼女に釣られるように翼も口元に笑みを浮かべ、彼女が話す内容に耳を傾ける。
ジュースやちょっとしたお菓子を摘む事一時間と少し。
不意にポケットに入れていた携帯が一度だけブルブルと震える。
それに気付いた紅は映画の話が途切れたところで口を開いた。
「つば…「紅、ちょっといいか?」」
声色からして企んだのではないだろう。
偶然なのだと自身を納得させ、彼女は今しがた自分が吐こうとした言葉の代わりに彼への返事を返す。
「翼、机の…右一番下の引き出し開けといてくれる?」
「ん。開けていいの?」
確認を取る彼に頷いて了承を返すと、紅は立ち上がって扉の方へと歩いていく。
ドアの隙間から廊下へと身を滑らせると、自身を呼んだ兄と二・三言葉を交わす。
紅に言われた通り、彼女の引き出しに手を伸ばす。
何を見るんだとか、何を取ってくれだとかは聞いていないが、恐らく見ればわかるのだろう。
彼女の言葉の主語が抜ける事などよくある事なので、彼自身はあまり気にしていなかった。
無論プライバシーはあるが、彼女がいいと言ったのだから問題は無い。
カタリと小さな音と共に引き出しは動き、その中身が見えてきた。
使いやすく整頓されたそれらの中で、一際目を惹く一つ。
翼は迷う事無くそれに手を伸ばした。
「Happy birthday dear tsubasa」
流麗な英語が彼の背中に掛かる。
優しい色合いで包装されたそれを片手に、翼は彼女を振り向いた。
後ろ手にドアを閉めながら微笑む紅は、部屋の壁掛け時計を指差す。
時刻は12時を30秒ほど回ったところだった。
日付の枠内には4月19日と表示されている。
「一番乗り」
「…当然だろ?」
日付が変わる瞬間に一緒に居たのは彼女以外には居ないのだから、当然と言えば当然。
それでもその事実と、柔らかく微笑む紅の笑顔は嬉しかった。
プレゼントをテーブルに置くと隣に座った彼女を抱き寄せる。
背後から腹部に手を回し、彼女の細い肩に顎を乗せて耳元で口を開いた。
「…ありがと、な」
囁くような小さなお礼。
紅は返事の代わりに甘えるように彼に背中を預けた。