Restart
夢追いのガーネット Side episode
「頭、上げてよ」
その声に四人の頭がゆっくりと上がっていく。
答えがどちらかと言うのが気になるのだが、でも直視することは出来ない。
そんな彼らの耳に届いたのは、クスクスと言う笑い声だった。
不思議と馬鹿にされているとは思えないその声に、彼らは紅へと視線を向ける。
「なーんだ。無駄にプライドが高いだけじゃないんだね。うん。そう言う人って好きだよ」
「…ほな…」
「うん。いいよ。どこまで出来るかわからないし、結果が出せるかもわからないけど…わたしでいいなら」
そう言って先程の尊大さなど欠片もなく、紅はよろしく、と笑った。
一瞬を置いて、屋上に彼らの嬉しそうな声が上がる。
感極まって飛びつこうとした直樹を片手で屋上のアスファルトに沈めると、紅は真剣な表情で彼らに口を開いた。
「その代わり、いくつか約束してもらうよ」
「約束?」
「一つ、喧嘩しない事。最低限、校内の揉め事は禁止。出来れば校外もね。どこに目があるかわかんないから」
人差し指を立て、紅は彼らに向き直る。
その真剣な表情につられるように口を噤み、彼らも続きを待った。
「二つ、出来るだけ授業に参加する事。サボるなとは言わないけど、周りが不思議に思う程度には参加して」
「何でだよ?」
「真面目にやる気はあるって事を先生に理解させるためよ。で、これが最後」
簡略に答えると紅は三本目の指を立てる。
「中途半端は許さない。やるからには私も頑張るし、あんた達にも頑張ってもらう。
今日話したばっかりの私に頭下げれるくらいに好きなんだから、最後までそれを貫き通して」
最後は笑顔すらも浮かべてのその言葉に、頷かない者など居ない。
「さて…そうと決まれば…まずは自己紹介かな」
気を取り直して、とばかりにパンッと手を叩き、紅は四人を見た。
覚えのある顔二つと、見覚えはあるが…程度の顔が二つ。
とりあえず、これから一緒に活動するならある程度彼らを知っていく必要があった。
「知ってるみたいだけど、私は雪耶 紅。剣道部所属の今期生徒会長」
「そう言えば、さっき雪耶…先輩、こいつの名前呼んでましたよね」
「クラスメイトの名前くらいは覚えてる。それから…呼び捨てでいいよ。先輩って呼びなれてないんでしょ?」
普段先輩を先輩とも扱わないような輩ばかりなのだ。
それを理解している紅は口元を持ち上げてそう言った。
その言葉に柾輝は頬を掻き、そして「お言葉に甘えて」と呼び捨てで呼ぶことにする。
「OK。右から井上直樹に黒川柾輝、畑…五助に六助ね。二年が二人に一年二人、か。他に部員候補は?」
「一応煮え切らん返事なら元部員にもろたんやけど…」
「アイツはもう陸上の方に引き込まれてるから無理だろ」
「相原の事?あの人なら戻ってくれると思うよ。さっき、サッカー部の事気にしてたから」
紅はそう言うと鞄の中からノートを取り出す。
新品ではない、少しばかり草臥れたそれに興味津々といった様子の視線が集った。
「二年では、元部員の中で2人ほどは確保出来ると思う。あと、新規で1人。
どっちも今すでに部活に所属してるから、すぐにってのは無理かもしれないけど。
一年は面識のある子が少ないからまだだけど…目ぼしい子は居るの?」
「…ちょっと待て。雪耶、お前…いつの間に調べたんだよ?」
「井上が来たのが丁度午後の授業が始まる前でしょ?五時間目と六時間目の間に時間があったから」
だから調べたのだ、と紅は何でもない事のように答えてしまう。
だが、その答えは四人を驚かせるには十分だった。
「…引き受けるかわからへんだのに、調べてくれたん?」
「人前で頭を下げられる人だったら、多分大丈夫だろうと思って。
この場に来たのはあんたの仲間を見るためでもあったんだけど…皆、いい性格してるみたいだからね」
いくら直樹一人は良くても、他の仲間が駄目ならば紅とて引き受けるつもりはなかった。
その時にはこの調べ上げたノートを渡して自分達で頑張ってもらうつもりだったのだが…
無駄にならなくて良かった、と彼女は笑う。
「…あんた、俺達を見ていい性格って…変わってんな」
「よく言われる。人を見る眼には結構自信あるんだよね。これ、私の特技」
ニッと口角を持ち上げるその姿に『お高くとまった優等生』と言うイメージは欠片も見当たらない。
寧ろ自分達と同類とも取れる質の笑みに、四人も思わず口元に笑みを刻む。
不意に、紅は五助の脇に置かれたサッカーボールに視線を向けた。
少しだけ考えるようにノートを片手に沈黙して、その後貸してくれないかと尋ねる。
二つ返事で了承を取ると、紅はそれを手に立ち上がった。
視線を集めている事を知りながらも、トンッと膝でそれを持ち上げてリフティングを始める。
「へぇ…中々やるな」
「女子にしては上手いなぁ。お、これで20や」
スカートと言う事であまり大きく動く事はできないが、最低限の動きでボールを操る紅。
初めて扱ったとは思えないその腕前に四人が感心したように口を開く。
「経験者か?」
「ゲーム自体は殆ど未経験。ただ、幼馴染が凄く上手くてね。自然と覚えたの」
最後とばかりに高くボールを上げると、ストンと腕の中に落とす。
久しぶりにしたのだが、あまり実力的に変わっていないことを悟ると満足げに笑った。
そしてそれを持ち主に返すと、彼女は再びアスファルトに腰を下ろす。
「それと、さっき言い忘れたけど…それ、私の前では禁止。臭いが嫌いなのよね」
「あぁ、すまん」
もう彼女の言葉に苛立ちを感じたりはしなかった。
素直にポケットから取り出したばかりのタバコの箱を脇に置く直樹を見て、紅はその変化に頷く。
制服の胸ポケットからシャーペンを取り出すとノートに書き込み始めた。
癖のない綺麗な文字が並んでいくのを興味深げに見つめる男性陣。
一ページをほぼ文字で埋め尽くすと、紅は漸くその手を止めた。
そして向きを変えて彼らが読みやすいようにとノートを広げる。
1番から始まり、箇条書きで書き連ねられたそれを最後まで読み終えると彼らは頼りない笑みを浮かべる。
「これ、最低限の必要項目だから。まぁ、この6割は私が生徒会とか先生とかと話を進めるけど…」
残りは頑張ってもらうからね。
そう言って笑った彼女はどこか頼もしく見えた。
彼女を慕う後輩や同級生の気持ちが少しだけわかるような気がする。
初めて五人で見上げた空は澄んでいて、仲間を誘う鳥の鳴き声が耳に残った。
「ふーん…紅がそんな事をね…」
話を聞いていた翼はペットボトルから口を離して一言紡ぐ。
「せやせや。驚いたんはあの翌日やんなぁ」
「あぁ。元サッカー部の半数が、部が出来次第戻るって約束してくれてさ」
「頭の固い下山以外には認めてもらってたよな」
「学力の衰えが心配だって言われれば俺らの勉強まで見てくれたしよ」
次々に口を開く部員に、翼は黙ってそれを見ている。
休憩時間をどう使おうが自由だし、紅が責められているわけではなく…逆に褒められているので止める理由もない。
自分の知らない時の彼女の様子が聞けると言うのは中々面白く、そして複雑でもあった。
「一週間後には顧問も決定してたよな」
「どこからともなくあの監督を引っ張って来た時には流石に何モンだ?って聞いたっけ」
「紅がそんだけやってたんなら、俺が部を作る必要なんてなかったのかな」
不意に漏らした言葉に、部員の視線が翼に集う。
一瞬の出来事に眼を見開く翼だが、次に頭の上から降って来たタオルによって彼の表情は見えなくなった。
「何言ってんだか。翼が来なかったらこのサッカー部は出来なかったんだよ。最後の条件で」
「ちょっと!何してんだよ!」
バッと柔らかいタオルをもぎ取ると、自分の背後に立つ紅を見上げて言う。
彼女はクスクスと笑いながら、先程部室から持ってきたばかりのタオルを配り始めた。
「下山の最後の条件が『成績の良い部長』だったからね。
これだけクセの強い部員を纏められるような成績優秀者はこの学校には居なかったから」
「紅がすればよかっただろ?」
「男子サッカー部の部長に私がなれるはずないでしょ?それに、私以外でって言うのも条件の一つ」
マネージャー業の邪魔にならないように結い上げた黒髪を揺らしながら紅は翼の元へと戻ってくる。
その辺に転がっていたボールも一緒に集めてきたのか、彼女の足元には二つのそれが転がっていた。
ベンチに腰を落としたまま、翼は歩み寄ってきた彼女を見上げる。
恐らく部誌の途中で休憩と気づき、タオルを運んできたのだろう。
今までかけていた眼鏡を外し、紅は彼に向かって微笑んだ。
「感謝してるよ。あの時翼が転校してきてくれて。しかも翌日には打ち解けてるし…流石だと思ったね」
「そう言えば、あの日は紅居なかったっけ」
「丁度強化合宿中だったからね。いきなりクラスメイトの眼の色が変わってたのには驚かされたわ」
あの時の教室の様子を思い出したのか、紅は遠い眼を見せて笑う。
翼の傍に寄り、あわよくば彼と仲を深め…!と意気込む女子生徒。
しかし、直樹たちと言葉を交わす翼に歩み寄れるような勇気ある女子は居なかった。
傍から見ている分には何とも面白い光景が、朝の教室に広がっていたのである。
「さて、と。思い出話はこれくらいにしとかないと、練習時間なくなるんじゃない?」
紅の声を切欠に、部員が重い腰を持ち上げる。
ぞろぞろとグラウンドへと歩き出す彼らを見送り、彼女は手に持っていた眼鏡をかけ直した。
「頑張って」
柔らかい笑顔と共に紡がれた応援に、視線と共に返って来る笑顔。
あの二ヶ月は確かに忙しかったけれども、そのおかげで今があるのだと思えばそれすらも尊いものだと。
そんな事を考え、紅は伸びするように空を仰いだ。
あの日と同じ青空が、彼女の視界を支配する。