Restart
夢追いのガーネット Side episode
「なぁ、サッカー部の件やねんけど…」
「何かいい情報でもあったのか!?」
ふと漏らした直樹の言葉に食いつくのは畑兄弟の弟、六助。
彼が反応を返すなり、直樹は歯切れ悪く頷く。
そんな彼の様子にその場に居た三人は内心首を傾げた。
今まで只管サッカー部を作ろうと頑張ってきたのだ。
その可能性が見えたのだとすれば、直樹の反応はどこかおかしい。
「何か問題でもあんのか?」
「…いや…俺らがなんぼゆうても意味ないやろ?だから、別のモンから頼んでもらえへんかなぁ思て」
その言葉に柾輝、五助、六助の三名が顔を見合わせる。
確かに一理ある言葉ではあるが、一つだけ大きな問題があった。
「誰か、そんな頼りになる奴いたか?」
「いや…」
「そもそも俺らは不良のレッテル貼られてるからな。そうそう頼める奴なんて…」
「それが、一人だけ心当たりがおんねん」
そう言って直樹はガシガシと短い黒髪を掻いた。
そして、三人がその人物の名を待つように見つめる中、彼は言う。
「同じクラスの…雪耶や。五助ならわかるやろ。
アイツなら教師受けもええし、話も聞かずに突き放すようなアホちゃう…筈や」
「雪耶って…確か、生徒会長っスよね。女子が噂してた」
直樹の言葉に、彼よりも一つ学年が下で面識は無いと思われる柾輝が答えた。
生徒会長という位置に居て、尚且つ剣道部を率いる彼女は後輩からの憧れらしい。
教室で小耳に挟んだ名前をまさかこの場で聞く事になろうとは、柾輝は予想していなかった。
「せや!教師陣と対等にやりあうっちゅーて有名やろ」
「まぁ、確かに…そいつが味方についてくれれば可能性はあるだろうけどよ…」
「けど、俺らの話なんか聞いてくれるか?どうせお高くとまった優等生だろ」
六助、五助と直樹の言葉に続く。
五助は彼女と同じクラスだが、生憎言葉を交わしたことはない。
優等生で人脈も広い彼女の周りには常に誰かが居たし、自分達も話そうなどと考えた事も無かった。
「俺が駄目元で頼んでみるわ!」
言い終わるが早いか、直樹は二段飛ばしで階段を駆け下りていく。
引き止める間もなく見えなくなった背中に、残った三人は呆気に取られた。
「…ま、その可能性にかけてみるか」
誰かの言葉に、残りの二人が頷いた。
「雪耶!俺ら、サッカーがしたいねん!!協力してくれ!!」
バンッと激しい音と共に、机の上に乗った二つの手。
驚くでもなくその手の持ち主を見上げ、紅はレンズ越しに視線を合わせる。
クラスメイトが息を呑んで見守っているのは、彼が『不良』と呼ばれる故の事だろう。
そんな事を考えながら、紅は続きを待つ。
しかし、いつになってもそれ以上口を開こうとしない彼に肩を竦めた。
「具体的に何をどうやって協力して欲しいの?」
「してくれるんか!?」
「内容による」
素っ気無く答えると、紅は眼鏡のフレームに手をかけてそれを外す。
レンズ越しではない視線を向けられて、直樹は一瞬言葉を詰まらせる。
だが、ここで引くわけにはいかなかった。
「サッカー部を作りたいんや」
「…知ってる。何度か先生の所に押しかけてるのを見てるから」
「なら、協力してくれ!頼む!!」
バンッと両手を合わせ、頭を下げる彼に紅は視線を持ち上げて小さく息を吐く。
何もこんな周囲の目の多いところでしなくても…と思いながら彼を見た。
しかし、サッカー部を作りたいと言う願いの為に注目される中頭を下げた直樹に、僅かな興味心が首を擡げる。
「あと1分で授業が始まるから、この話は後で構わない?」
「お、おう!!」
「なら、放課後…」
場所を言おうとして、未だにクラス中の視線を集めている事を思い出した紅。
舌打ちしたい気持ちを抑えて椅子を引くと立ち上がる。
詰まった距離を直樹が戻してしまわない内に、紅は彼にだけ聞こえるように言った。
「放課後、屋上で」
声を潜めたのは、野次馬気分でクラスメイトに邪魔をさせたくないと言う紅の計らいだ。
それを言い終えると紅は再び椅子に腰を下ろし、机の上に置いた本を鞄になおす。
代わりに教科書を机から取り出すと、未だ呆然とこちらを見ている直樹に向かって口元を持ち上げた。
「当然、次の授業くらいは参加するよね?」
「な…」
「言っておくけど、私には行かないって言う選択肢もあるから」
要は『次の授業に出なければ放課後の時間は無いと思え』と言う事だ。
それを悟った直樹は一瞬頭に血を上らせそうになるが、何とかそれを抑えこむ事に成功する。
そして自分の席に戻るとやや乱暴に腰を下ろした。
「ねぇ、大丈夫なの?」
斜め前の席の女子生徒が紅に声を潜めて問いかける。
普段から素行の悪い事で有名な直樹だ。
彼と改めて話をすることに対して心配しているらしい。
「大丈夫。いざとなれば竹刀を持っていくから」
紅の言葉は、彼女の今までの剣道部での成績を知る者にはこれ以上無いくらいに納得できるものだった。
放課後、紅は友人に別れを告げると教室を後にした。
「大丈夫」と笑顔で言われればそれ以上何も出来ず、友人もクラスメイトも心配そうに彼女を見送る。
わざと人の多い廊下を進み、紅は屋上へと通じる階段を見上げた。
すでに引き戸が細く開いており、来訪者があったことを告げている。
紅は鞄を肩にかけなおすと、臆する事無く一段目へと足をかけた。
「待たせてごめん」
その声にグラウンドを見下ろしていた直樹の背中が揺れる。
驚いたように見開かれた眼に、紅はクスクスと笑った。
「何?まさか来ないとでも思った?」
「いや、そんな事あらへんけど…」
「そ。悪いけどもう一度初めからお願い出来るかな」
直樹は何とも言えない感情を抱えていた。
不良と呼ばれるだけの事をしてきた記憶はあるし、それを目の前の彼女が知らないとは思わない。
にも拘らず、自分に臆する事無く話しかけてくる彼女。
彼女ならば、自分達の声を聞いてくれるかもしれない。
彼はそう思った。
「サッカー部を作るのに協力してくれ。この通りや」
頭を下げるなど、自分には出来ないと思っていた。
しかし、その価値があると言う核心の元、彼は腰を折る。
「…ねぇ、あんた達は井上一人に頭を下げさせて…それでいいの?」
不意に、紅は自分の背中に向かってそう問いかける。
これに驚いたのは直樹だけではなかった。
給水塔の影から姿を見せた人物は三人。
ゆっくりと近づいてくる足音に、紅は彼らの方を振り向いた。
「やっぱり、頼むなら全員でやるのが筋だと思うよ。同じ気持ちなんでしょ?」
「…あぁ、そうだな。悪かった」
紅の尊大とも取れる態度に僅かに苛立ちを浮かべた五助をなだめ、柾輝が答える。
そして彼も直樹の隣に立った。
「頼む。あんたの力を貸して欲しい」
「私に出来るかわからないよ?」
「でも、あんたしか頼れないから」
淀みなく答える柾輝から視線を外すと、紅は畑兄弟へと視線を向ける。
彼らは紅の視線に一瞬戸惑うも、柾輝に倣って頭を下げた。
「「頼む!」」
頭を下げていた彼らには、紅の表情は見えない。
先程まで試すような表情だった彼女のそれが、嬉しそうな笑みへと変わったことを、知るはずもなかった。