夢追いのガーネット
Episode 55
新品の制服に身を包み、期待と緊張を胸に体育館に並んだ入学式から、もう三年。
同じ場所、同じ服装で、紅たちは卒業の日を迎えていた。
着られているように、身体になじんでいなかった制服は、身体の一部のようにも思えてしまう。
けれど、胸元に咲いた白い紙の花ひとつのおかげで、どこか凛とした雰囲気すら感じさせられる。
長い式が終わり、後輩に見送られた卒業生は、体育館から教室へと場所を移す。
自分たちよりも人生経験豊富な担任の助言と祝いの言葉を受け、中学校生活にピリオドが打たれた。
「翼、すぐに行く?」
「行くよ。呼ばれてるからね。暁斗は?」
「帰らずに待っててくれるみたい。翼も乗って帰りなよ」
翼の父と母は、長引くかもしれないことを考慮して先に帰ると聞いている。
紅の言葉に、彼はよろしく、と頷いた。
暁斗にその事を伝えるメールを作成を始めた紅は、背後からにじり寄る気配に気付かない。
「紅~!!」
「ぅわっ!悠希、急に飛びついたら危ない!」
目元を少し赤くした悠希が背後から飛びついてくる。
紅の反応に、彼女はムッと口元を尖らせた。
「相変わらず冷めた反応ね~。卒業式くらい、感動に浸りなさいよ」
「性格だから。で、どうしたの?」
「…ま、いいわ。この後、サッカー部の方に呼ばれてるのよね?勝手に帰らないでね、ってさ」
ほら、と見せられた携帯メールの送り先は、悠希の後を任された剣道部の部長からだ。
後輩からのメールにザッと目を通し、頷く紅。
「わかったわ」
「紅、そろそろ行くよ。あいつらが呼んでる」
窓辺でグラウンドを見ていた翼がそう言った。
ちらりと彼の見ている方に視線を向ければ、サッカー部が大袈裟なアクションで自分たちを呼んでいる。
頷いて荷物を持ち上げると、悠希に「また後で」と残してから、歩き出す彼を追った。
何度も歩いた道のりも、今日で最後だと思うととても大切なもののように思える。
教室から下駄箱へと向かい、そこからグラウンドへ。
一歩一歩を踏みしめるように歩き、部室へと辿り着いた。
「…何これ」
先ほどは、部室前で大きく手招きしていた部員たちは忽然とその姿を消している。
代わりに、部室の扉には一枚のA4用紙。
そこに書かれた文字はお世辞にも綺麗な字とは言えなかった。
「何?」
「『雪耶が開けてくれ』ってさ」
はい、と手渡されたそれには、大きめの文字でそれだけが書かれていた。
ドアを譲られた紅は、首を傾げつつドアノブに手をかける。
ガチャリ、と開いた先は、一面の色に埋め尽くされていた。
「え?」
パチパチと目を瞬かせ、色の山が眼前に迫る花の数々によるものだと理解する。
同時に、より近付いてきたそれに手を添えれば、それが花束であることがわかった。
一抱えほどもあるそれは、紅が手を触れると同時に全重量がその手へと移る。
受け取った花束の先に、照れているのか顔を背ける柾輝が見えた。
驚いた様子で彼と花束を交互に見る彼女を見てから、彼は部室の中の方へと歩いていく。
そこにはいつものメンバーが並んでいた。
状況を理解できない紅とは裏腹に、大まかなことを理解した翼。
何を言うでもなく彼女の背を押し、中へと移動させる。
翼も部室内へと入り込んだ所で、彼らは一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!!!」
柾輝、直樹、五助、六助。
一同に頭を下げ、声の限り叫ぶ。
彼らの思いのすべてが、その言葉に込められていた。
「ホンマにありがとうな、雪耶」
「あんたが居てくれたお蔭で、俺達は居場所を取り戻せた。…本当に、感謝してる」
「おう!雪耶と翼が居なかったら、俺達は腐ったままの卒業だった!ありがとう!」
「ありがとう!!ずっとこの年が続けばいいってくらいに、本当に楽しかった!」
感謝と喜びと、少しの寂しさを含ませた笑顔で紡ぎだされる言葉の数々。
紅は熱くなる目頭を意識しつつ、花束を抱き締める腕に力を込めた。
「私も―――」
言葉が続かない。
楽しかった、嬉しかった、この時が続けばいいと、そう思っていた。
伝えたい気持ちは沢山あるのに、それがまとまった言葉になってくれない。
彼女の声を代弁するように、緩んだ涙腺から涙が零れ落ちた。
花束に顔を埋め、助けを求めるように一歩近付いてくる紅。
翼は、安心させるようにその肩に手を乗せた。
「俺も、楽しかったよ。お前らと一緒にサッカーが出来て、本当に楽しかった。
あの時転校してきた事、お前らと会えた事…今この時に、凄く感謝してる。ありがとう」
言葉数は少なくなかったし、発する言葉はかなりきつい事ばかりだった。
辛辣な事だって何度も言ったけれど、それでも彼らは付いてきてくれた。
ありがとう。
それ以上に、この思いを伝える言葉はない。
翼の言葉に、更に涙が溢れ出てくる。
けれど、伝えなければ…いや、伝えたい、言葉にしたい思いがある。
顔を上げた紅は、頬に涙を伝わせながら微笑んだ。
「…ありがとう」
それが、全てだった。
「お前らの番や!!」
バンッと部室を飛び出していった直樹は、外に向かってそう叫ぶ。
彼の顔は目や鼻が真っ赤になっていたけれど、それを言及する者は居ない。
直樹の声に促されるように、五助と六助が紅と翼を部室から押し出した。
ドアの前のグラウンドには、共に頑張ってきた部員たちが道を作るようにして両脇に並んでいる。
「ありがとうございました!!!」
グラウンド中に響き渡る声。
後輩の一人が翼に花束を手渡す。
それを皮切りに、他の三年生へも花束が手渡されていった。
「先輩たちに付いてきてよかった!!」
「絶対遊びに来てくださいよ、先輩!!」
「飛葉中のサッカー部はいつでも待ってます!!」
次々に飛び出す言葉に、涙が乾いてくれない。
最後に見せる表情は笑顔でありたかったけれど…最後だから、逆にこれでいいのかもしれない。
そう思いながら、後輩からの祝いの言葉を受け取る紅。
「紅~!!」
向こうから走りつつそう声を上げてくるのは、教室で別れた悠希だ。
「悠希!」
「思う存分泣かされたみたいね。でも、まだまだこれからよ!」
そう言う彼女も、随分と泣いたようで先ほどよりも目が赤い。
彼女の後ろには、見覚えのある面子が顔を揃えている。
「雪耶先輩!!おめでとうございます!!」
「先輩が居ない生徒会、寂しすぎます~!!」
「雪耶先輩の胴着姿が見れなくなるなんて、寂しいです!!」
「卒業しないでくださいよ、先輩ぃ~!」
「もう卒業しちゃったっての!飛葉中の歴史に残る生徒会長ですよ、先輩!おめでとうございます!」
「答辞で私、ボロ泣きしちゃいました!おめでとうございます!」
「好きです!雪耶先輩!!」
剣道部、生徒会。
紅に憧れ、紅を慕った後輩は、少なくはなかった。
渡される花束を抱えているのは大変だったけれど、そんな苦労すらも愛しく大切だと思う。
「おー。見事な人気やな」
「雪耶の抜けた穴はでかいからなぁ…」
「あぁ、でかいよなぁ。教師ですら一目置いてんだもんなぁ」
「…翼、いいのか?」
「何が?祝われてる所を邪魔するのは野暮ってもんでしょ?」
「…ドサクサに紛れて、告白されてるけど」
「―――俺から奪える自信があるなら、やってみればいいんじゃない?」
「…鼻で笑いよった」
「…翼だな」
「…あぁ、翼だよな」
「…この自信に満ちた会話ともおさらばか…。くー!寂しいぞ!!チクショー!!」
「またフットサルで遊ぼうぜ」
「そうだな。この面子の友情は永遠や!」
「遊ぶのはいいけど、部活サボったら許さないよ。柾輝、六助」
「「…ういっス」」
「…はは。最後でも容赦ねぇのな、翼」
The End.
(06.03.27 ~ 08.11.05)