Soccer Life   STAGE--50

「久しぶり、父さん」

空港へ降り立って、父親に会った紅の第一声。
彼女らしいと言えばこの上なくそうなのだが…父親である雅晃は苦笑を浮かべるしかなかった。

「だな、これ見たぞ」

そう言って一週間前の新聞を持ち上げる雅晃。
紅はそれを見て笑みを深める。

「思ったより時間が掛かったよね。私はもう半年くらいは早くするつもりだったんだけど」
「相変わらずだな…お前は」
「父さんもね。相変わらずのキレの良さでコテンパンにしてくれたし?」
「正式な試合で手を抜くほど落ちぶれてないからな」

そう言って雅晃は笑った。
二人は並んで空港を抜け、駐車してあった車に乗り込む。

「家に帰るか?」
「いや……富士山まで」
「…了解」

そう答えると、雅晃は車を走らせる。









「思ったよりも遅れたな」
「そうかな?ドイツからの便よりも後に着きたかったから」
「この時間だともう練習は始まってるんじゃないか?」
「それは光栄。質問するのも億劫なくらいに疲れてくれたら万々歳なんだけどね」
「自分でも自覚してるのか?黙って消えたのは悪かったって」

過ぎてゆく風景に目をやりながら紅は頷いた。
視線をフロントガラスの向こうに固定していた雅晃だったが、その空気で紅が頷いた事はわかっている。

「結局伝えたのはアイツだけだったから…。あー…皆、怒ってるかな?それとも忘れてるか」

この3年の間に、紅は成樹の名前を呼ばなかった。
“アイツ”と言葉を濁して話す。

『そうでもしないと、会いたくなるじゃん』

雅晃との電話で、彼女はその訳をこう話していた。
その時の声はどこか寂しそうで…それでも紅の意思をしっかりと伝えていた。

「忘れるほどの年月でもないだろ」
「それもそうだね」
「さて、着いたぞ」

駐車場に車を停車させると、雅晃は紅を車から放り出す。
初めは驚きを見せていた表情も、次第に笑みへと変わった。

「運転ご苦労様。んじゃ、ちょっくら行って来まーす」
「おう。代表合宿参加者としてしっかり動いて来い」
「あ、荷物はこれだけでいいから。トランクの分は持って帰ってくれる?」
「OK。さっさと行け」

答えに満足すると、紅は自分の荷物を肩に提げて歩き出した。
雅晃はその背中が見えなくなるまで車を動かさない。

「しっかり成長してきたらしいな」

そんな雅晃の嬉しそうな声を聞く者はいなかった。











「あの子はまだ着いてないんですか?」

一旦建物内に戻っていた玲がそう声をかけると、松下は苦笑を浮かべて頷いた。
それがまだだという答えの代わりになるには十分だ。

「飛行機は着いたって言ってたのに…」
「車だから混んでるんじゃないですかね?」
「そうかもしれないわね」

玲がそう答えてフィールドに視線を向けた。
そこには覚えのある面々がトレーニングをしている姿がある。
時折響く談笑の声に、二人は目を細めた。











「相変わらずちょこまかしとんなぁ。カザ」
「そう言うシゲさんはかなり背が伸びましたね」
「まだまだ成長期やで」

語尾にハートでもつけそうな口調で答える成樹。
そんな時、周りがざわついた。
そんなざわめきを物ともせず、ただ選手の中心付近にいる成樹の背中に向かって歩く人物。
成樹を通して、風祭の驚く顔が見えた。

「カザ?」
「ほーんと。かなり背が伸びたらしいね。すっかり抜かれたみたいで」

背中でもわかるほど、成樹がピタリと静止する。
周囲のざわめきはすでに治まって、ただ二人を見つめている。
時間をかけて振り返れば、そこには微笑みを浮かべた彼女の姿があった。

「―――…紅…?」

3年の間に、自分達の身長にはいくらか差が出来たようで。
少し下にある紅の顔をじっと見つめる。

「ただいま、成樹」

3年ぶりに口に出した名前は、それだけの時間の重さを秘めていた。
腰ほどまで伸びた髪は未だにあの頃と同じ色を保っている。
しばらく沈黙していた成樹に背を向けると、紅はにっこりと笑った。

「皆、久しぶり!」

満面の笑みでそう言うと、金縛りから解けたように時が動き出す。
自分の名前を呼ぶ声と、皆の嬉しそうな表情。
懐かしい仲間と会えたと言う喜びからか、顔には笑みが溢れる。

忘れられていなかった喜びと。
再び受け入れてくれた嬉しさ。

紅がすっかり埋もれるような身長になってしまった面々。
彼らに潰される心配すらあるほどだった。
いや、基本的に線の細い紅だからだが。

一斉に飛び掛ってくるような人壁の隙間をスルスルと抜ける。
鍛えているはずのDFでさえ、いとも簡単に抜かれてしまった。
眼が点になっている選手を見て、紅は嬉しそうに口の端を上げる。

「言い忘れたけど…この3年間フランスにいたんだ」

悪戯めいた笑みを浮かべ、彼女は唇の上に人差し指をのせる。
説明、と呼ぶにはあまりに貧相だが紅が告げたのはそれだけだった。
どう言う意味なのか?ふとそんな疑問を抱く頭は、すぐに同じ結論へと達する。

「まさか…暁斗…いや、紅が“フィールドの舞姫”!?」

誰かが、そう声を上げる。
誰もがその答えに行き着くほどに、その名は有名だった。




言葉を失った彼らから引き離すように、成樹が紅の腕を引いた。
目の前に立った紅に、心からの笑顔を見せる。
そして、あの時と同じように右腕を彼女に向かって差し出した。
紅も成樹の行動の意図に気づき、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「お帰り、紅」

その言葉と共に、拳同士が触れ合った。



The End.
(05.02.06)

Rewrite 07.08.25