私的親友概念

「明後日辺りが大変だろうね」
「初披露って…何したん?」
「向こうで撮ってあった会見のビデオを売った」

サラリと言ってのけた紅に成樹が目を見開く。
そんな彼を見て、紅は口の端を上げて微笑んで見せた。

「セザールがね。ちゃんと手配してくれて…明日の日付で向こうでも報道されるよ」
「い、いくらくらいで売れたん…?」
「んー…はっきりとは知らないけど…数十万…いや、もっとかな。皆父さん達に任せてあるから知らない」
「…………………」

これにはさすがの成樹も開いた口が塞がらなかった。
ちゃっかりしていると言うか、世渡り上手と言うか…。
もちろんそれだけ紅が頑張ったのだと言う事は認めているが。

「向こうでって…いつ撮ったん?」
「クスクス…質問ばっかりだね。
帰って来る前日だよ。セザールが適当に報道陣を集めてね。明日の日付以外では絶対に報道しない事原則で」

彼の知り合いばっかりだったからやりやすかった。と笑って見せた。
会見に臨むとなればそれなりに緊張もするだろう。
ましてや向こうと言うのは海外。
現地の言葉で答えなければならなかったのだ。

それを聞くと、紅はごく普通に答えた。

「その辺は大丈夫だって。現地語なんてバリバリ使えるし。初めてフランス語覚えたの2歳だよ?」
「凄いわ、相変わらず」
「相変わらずじゃなくて…むしろ進化してるっス」

二人は笑いあった。
こうして二人で笑うのも3年ぶりの事で…。
離れていた時間すら感じさせないお互いの存在が、こんなにも心地よい。
くすぐったい様な関係に、安らぐ心はその終わりを知らなかった。

「なぁ…お前、彼女は?」

紅が空を見上げて成樹に問いかけた。

「おらんで?サッカーが恋人みたいなもんやし」
「そっか。寂しい人生だな、それも」
「…口の減らんやっちゃな…」

苦笑を浮かべた成樹に「冗談だよ」と言って微笑む。

「紅は?」
「んー…こっちに戻る事しか考えてなかった。正直成樹には忘れられてるかと思ったよ」
「そんなわけあらへんやん。紅を忘れるほどボケとらんで」
「だよな。私も忘れてなかったよ。お前と同じフィールドに立つ…それしか考えてなった」
「さよか」
「嬉しかったよ。“お帰り”って言ってくれて。また…名前を呼んでくれて」

名前を呼んでくれる人は少なくない。
だけど、その声で呼んでくれるのはたった一人だけ。
その声で自分の名前が…紅という名前が呼ばれた事が、嬉しかった。
“お帰り”と言うその言葉が、帰って来たのだと教えてくれた。

「なんぼでも呼んだるで?」
「…だな。ありがと」

ベンチの背にもたれるようにして再び空へと視線を戻す紅。
そんな彼女を横目、成樹は口を開いた。

「聞いてもええ?」
「ん?どーぞ。さっき私も質問したしね。何でも答えるよ」

空から成樹へと視線を落す。

「紅にとっての俺って何や?」
「親友」

珍しく真剣な表情の成樹。
そんな彼の質問に、紅は即答した。
紅の答えに成樹は苦笑を浮かべる。

わかっていた。
わかっていたつもりだった。
彼女にとって自分は誰よりも近い位置にいる。
しかし、あくまで『親友』なのだと。

それでも、淡い期待を抱いてしまうのは…そこに確かな想いが欲しかったから。

誰にもわからない程度に表情を落とした成樹。
だが、紅がそれに気づかないはずもなかった。
頬を掻いて溜め息を落す。

「あのさー…。何か勘違いしてない?」
「?」

視点が定まらなかった成樹の目が、紅を捉えた。
彼女は見惚れるような笑みを浮かべて続ける。

「親友って言うの、そんなに嫌?」
「嫌なわけあらへんよ」
「その先を望んでるんだ?」

そう問えば、成樹は口を噤む。

「どう言えばいいのか難しいんだけどさ…。私にとって最高値が親友なんだよね」

自分の頭の中で整理しながら話すと言うのは中々難しい。
何度か言葉を詰まらせながらも、紅は続けようとした。

「んー…最高値じゃなくて最大値か?終点?どれでも変わらんな。つまりさ、恋人とかよりも上なわけよ」
「………は?」
「恋人って、何か形にはめ込まれてるイメージがあるんだ。だからあんまり好きじゃない。
だから、お前とは親友でありたいんだ。束縛せずに…それでも傍にいたい。
私にとっての『親友』は唯一無二。良き理解者。パートナー。……そんな感じ」

つまり、紅の説明の図としてはこうなる。

親友>恋人

成樹の頭の中でもそれがしっかりと図式化された。

「多分、お前が望んでる答え…だと思うんだけど…。………どう?」

紅が不安げに首を傾ける。
成樹にとっては十分な答えだった。

「~~~~っ紅!!」
「うわっ!!」

行き成り大の男に飛びつかれた紅はバランスを崩す。
成樹が支えていた(抱きしめていた)為にベンチから落ちる事はなかったが。

「好きやで!!」
「はいはい。あんまりそう言う言葉、好きじゃないんだ。多すぎる言葉は偽りに聞こえるから」
「………ほな、一緒におって?」
「うん。そっちの方が好き」
「さよか。………それ、もっとはよ言うて欲しかったわ…。ずっと悩んどったんやけど」
「いやー…成樹ならわかってると思ってたんだけどね。まさかお前まで勘違いしてるとは思わなかった」

しっかりと抱きしめてくる成樹の背中をポンポンとたたく。

「変だと思ったんだよ。親友って言うたびに嫌そう…ではないけど表情に陰が出来るから」
「わかってたん?」
「一応。ずっと隣で見てきたんだよ?ブランクがあったとは言え…お前変わってないし」
「せやったら尚更やわー…。紅がさっさと言うてくれたらこんな思いせんで済んだのに」
「悪い。けど、成樹盲目になりすぎ。私の考えくらいわかって欲しかったよ」
「もうええよ。紅に関しては盲目でも何でも」

紅の肩に額を乗せるようにして、成樹は更にしっかりと紅を抱きしめた。
甘えている…と言うよりは宝物を手放さないような、そんな子供のような仕草に笑みを零す。

「ごめんねー。今まで気づかなくて」
「………俺も気づかんで悪かったわ」
「んじゃ、おあいこってことで。なー…いい加減苦しいから放して」
「嫌や」
「放して」
「嫌や」
「……放せ」

ゴンッと言う鈍い音と共に紅が成樹の腕をすり抜ける。
肘鉄を食らった頭を押さえながら成樹が恨めしそうに紅を見つめた。
そんな彼を一瞥すると、紅はまた空を仰ぐ。

「なぁ」
「ん?」
「一回でええからさ」
「何だよ…」
「“好き”って言うてくれへん?」
「………………………」

眉を顰める紅とは裏腹に、ニコニコと笑みを浮かべる成樹。
傍から見ればさぞかし面白い光景であったことだろう。
程なくして、紅が溜め息と共に口を開いた。

「“愛してるよ”」

綺麗な微笑みと共に告げられた言葉。
それだけを言うと、紅はベンチを立って歩き出した。
暫しの間固まっていた成樹だったが、慌てて紅の後を追う。

「も、もう一回だけ言うて!!」
「嫌」

多くの言葉は要らない。
自分達だけに伝わる言葉であったとしても、それだけで十分だから。
私にとっての『親友』って言うのは、そう。
お前みたいな存在の事だよ。


多くの『好き』よりもたった一度の言葉を。






「紅!後生やさかい!!もう一回!!!」
「くどい!」

05.03.18