幼い記憶 01
「ごめんっ!!俺たちの所為で…っ!!」
大切な、幼馴染の…悲しそうな顔。
その日―――彼らは身体の一部を・・・・・・・・・失った。
「久しぶり…やっぱり半年空くとちょっとは変わるもんだねぇ」
一人の銀髪の少女が、リゼンブールの地を踏んだ。肩ほどの位置に揺れるポニーテールを、風が撫でていく。
少女の肩には、一匹の猫。純白の毛並みに、瞳は少女と同じアイスブルー。
「君は初めてだよね、ルシア」
少女は肩に乗っている猫に語りかけた。ニャア、と猫が返事をするように鳴いた。
「さてさて、おチビさんたちはどこにいるのかな」
明るい声で、少女が言った。そして、村の方へ歩き出す。
「ウィンリィ!今日は動いてもいいよなぁ!?」
「いいけど…無茶したらしんどいのは自分だからねー?」
家の二階と一階で叫びあう二人。階下から叫ぶ金髪の少年は、エドワード・エルリック。
二階のベランダから身を乗り出すようにして、同じく叫んでいるのは、ウィンリィ・ロックベル。
エドワードはウィンリィの返事を聞くと、そのまま走り去っていった。
付けてから半年と少し経っている右手と左足は、今ではすっかり彼に馴染んでいた。
「…無茶したら知らないんだから」
ウィンリィは呟いたが、本人には届くはずもない。
やれやれとそのまま部屋の中に戻ろうとしたが、あるものを見て思わず再び身を乗り出した。
「・・・・・・!?!?うそぉっ!!!」
バッとベランダを離れると、転がり落ちるように階段を駆け下りる。
祖母であるピナコが「何事だい!?」と問いかけたが、それに答える時間も惜しく、外へと駆け出す。
「コウーーー!!!!」
ウィンリィは歩いてくる人物に向かって、声の限り叫んだ。
その声に、向こうも思わず顔を上げる。
「ウィン…?」
呼びかけられた少女、コウが確認するようにその名を呼んだ。
ものすごいスピードで駆けてきていたウィンリィは、そのままぶつかる様にコウに飛びついた。
加速度も味方して、コウは地面に押し倒される。
「うきゃっ!!ちょっ…ウィンってば!」
身の危険を感じ取っていたルシアは、いち早くコウの肩を離れていたため無傷。
だが、主人であるコウは未だウィンリィに押し倒されたままだった。
「…どこに行ってたのよぉーーーー!!!!!心配したんだからね!?聞いてるのぉ!?」
「ぐぇ…ウィン…聞いてる、聞いてるからっ!!」
ガクガクと肩を揺さぶられて、コウは目を回しながらも必死に答えた。
コウが青くなっているのにやっと気づいたウィンリィは、とりあえずコウを放した。
自由になったコウは、ふらつく頭を押さえて立ち上がった。
「ふぅ…とりあえず、久しぶりだね。ウィン」
「久しぶり、じゃないわよぅ…。どこに行ってたの?」
「あはは、ごめん。何も言わずに出て行ったもんね?ちゃんと話すから…
とりあえず、家に帰らせてくれない?それとも…家出娘はもう入れてくれない?」
「そんなわけないじゃない!!ずっと待ってたんだよ!?ばっちゃんも!!」
「…ありがとう。じゃあ、帰ろう?」
コウは足元に擦り寄ってきたルシアを肩に乗せると、ウィンリィの手を引いた。
「…その子は?」
「あぁ、ルシアって言うんだ。頭のいい子だから、言う事がわかるよ」
「へぇ~よろしくね、ルシア。家にはデンがいるけど…大丈夫?」
「多分、問題ないよ。この子あんまり犬を嫌わないから」
ルシアはウィンリィに咽をくすぐられて、嬉しそうニャアと鳴いた。
「まったく…出て行くときも突然なら、帰ってくるときも突然だねぇ」
「ごめん、ピナコばぁちゃん。でも、目的は果たしたから」
「目的って何なの?」
テーブルを挟んで、向かいにピナコ。隣にはウィンリィが座っていた。
テーブルの上には淹れたての紅茶が湯気を立てている。
コウはポケットの中を探ると、手の平より少し小さめのハンカチで包んだ物をテーブルの上に置いた。
ハンカチを二人の前で取り払う。
「「・・・・・・銀時計!?」」
中から姿を現したのは、銀色に光る懐中時計。
国家錬金術師であると言う証でもある紋章が、表面にはっきりと存在していた。
「どうしても、必要だったの。父さんと…母さんの仇を討つためには」
「そんな…どうして…!?何で、コウまで軍の狗に…っ!!」
「ごめん、ウィン。でも…私がやらなきゃいけない」
「・・・・・・そうだよね。ごめん…コウだって、辛いんだよね…」
「ごめんね…?」
コウは泣き出しそうなウィンリィを抱きしめた。
そして、ゆっくりとウィンリィを放すと、立ち上がった。
「エドたちに会ってくる」
「あの子達なら、今は家で組み手をやっている頃だろうよ。きっと、ここより大変だけどねぇ」
「はは…仕方ないよ。ちゃんと、怒られてくる」
苦笑交じりに答えると、コウは玄関から出て行った。
「だー!!また負けた!!」
「兄さんもすごいよ」
「でも、負けは負けだ!!」
芝生に大の字になって寝転がるエドワード。
横では弟である、アルフォンスが座り込んでいた。
鎧の身体はどうやら兄ほどの疲労感を感じることはないらしい。
「――もうすぐ中央に行くんだね」
「ああ…」
「…いよいよ、この村を離れるんだ…」
「そうだな…」
「離れる前にコウに会いたかったなぁ…」
「・・・・・・」
二人は澄み切った空を見上げていた。
頭の中にあるのは、ずいぶん会っていない幼馴染の姿。
自分たちや、ウィンリィにすら何も言わずにこの村を離れてしまった、コウの姿だった。
「ん?…兄さん、猫だ」
「ペット禁止」
「違うよ…。誰かに飼われてるみたいだ。リボンをしてるよ」
アルフォンスは近づいてきた猫を抱き上げた。
真っ白な毛並みは、見る角度によっては銀色にも見えて…。
アルフォンスはある人物がその猫に被った。
「兄さん…この猫、コウみたいだね」
コウ、と言う言葉に、寝転がっていたエドワードも身体を起こすとその猫を見た。
猫はアルフォンスの腕を離れてエドワードに擦り寄る。
苦笑いしながらも、エドワードはその猫を抱き上げて撫でた。
「本当だな。…お前はコウの生まれ変わりか?」
「・・・そんなわけないじゃん。まだ死んでないよ」
第三者の声が聞こえた。
二人は聞き覚えのある声に、一瞬固まった。
猫はエドワードの腕を抜け出すと、その声の人物に擦り寄った。
「いい子ね、ルシア。…久しぶり、エド、アル」
「「・・・・・・コウ?」」
「やだなぁ…。君たちは幼馴染の顔も忘れたの?」
ルシアを肩に乗せると、コウは二人に近寄った。
「お前…今までどこに行ってたんだよ!?俺たちずっと捜して…!!」
「そうだよ!!勝手に誰にも言わずに出て行って…
手術直後だって言うのに兄さんが暴れまわって大変だったんだからね!?」
「アル!!んなことは言わなくてもいいんだよ!!!」
前と変わらない二人に、コウは思わず笑い出していた。
兄弟喧嘩を始めていた二人も、コウと同じように笑い出した。
澄んだ空に、三人の笑い声が響いていた。
「―――で、結局どこに行ってたんだ?」
「どこに…って言われると…。中央…かな?実は、これを取りに行ってたんだよ」
「「銀時計!?!?」」
コウは二人に銀時計を見せた。二人の反応に、コウは苦笑を漏らしていた。
「ごめんねー。エドより一足先に取っちゃった」
「取っちゃったってお前…錬金術なんて使えたのか!?」
「勉強だって、全然してなかったじゃない!!」
「まぁね。初めて錬金術の勉強をしたのは家出してからだから…」
「半年でマスターして国家錬金術師になったってのか!?」
「そういうことだねぇ」
「「何てでたらめな…」」
「失礼ね!これでもちゃんとある人に教えてもらって、必死で勉強したんだからね!!」
呆れる二人に、コウはしっかりと言った。
「ま、コウが取れるなら俺も大丈夫だな」
「エ・ド!!それってすごく失礼じゃない!?」
「まぁまぁ…。これで兄さんが取れなかったら、かなり前から勉強してたのに恥ずかしいでしょ?」
「確かに…。落ちたら笑ってあげるね、豆エド♪」
「誰がミジンコドチビかぁ!!」
「あー…久々に帰ってきたって感じ…」
「コウ…兄さんをからかわないでよ…」
コウがしみじみとしているが、横ではエドワードが怒って機械鎧を変形させていた。
仕方なく、コウも両腕のブレスレットで剣を錬成した。
「久しぶりに遊ぼうよ、エド」
「上等だ!!」
コウが剣を構えたのを見て、エドワードがナイフに変化させた機械鎧を横に薙いできた。
それを軽く流すと、ナイフの上で剣を滑らせて、エドワードとの距離を縮める。
それに驚いて一歩下がった隙に、コウは足を引っ掛けた。
後ろに下がったことでバランスを崩していたエドワードは、いとも簡単に芝生に身を投げ出すことになった。
ピッタリと、首筋に剣を当てる。
「私の勝ちね」
「…あー…また負けか…。何か動きがよくなってないか?」
「鍛えてもらったから。弱くては自分の身すら守れないでしょ?」
「組み手でも負けそうだな…」
「どうだろうね?組み手の方は相変わらず苦手なんだけど…。まぁ、稽古つけてもらったからね」
起き上がろうとしているエドワードに手を貸すと、コウはその手を引っ張った。
「機械鎧か…大変だったんだろうね」
「まぁな」
「中央に行く時には、私も連れて行ってね」
「あぁ。……何でだ?」
「会いたい人がいるから。ここには休息がてら寄っただけ。すぐにまた旅に出るつもりなの」
「…仇を討つつもりなんだね」
「そんな声で言わないで?私は君たちほど大変じゃなかったよ」
表情を落としてしまった二人にコウが明るく言った。