あの日の夢を見る。
強くなかった自分が、唯一守ってくれていた母を失う、あの瞬間。
床を染める赤が、じわりと面積を広げていく。
光を失った虚空の目が自分を見つめる光景が、記憶に焼き付いて離れないのだ。
パチッと目を開く。
浅い呼吸を繰り返す紅は、そっと自身の着物の胸元を掻き寄せた。
この所、見ていなかった夢。
どうして―――と困惑する頭の片隅で、今日の暦を思い出す。
「あぁ…もう、そんな時期か」
道理で身体が鉛のように重いわけだ。
汗をかいている額へと腕を乗せ、息を吐き出す。
熱を持った吐息が、ほんの少しだけ口元の温度を上げた。
体温がいつもより高いのだろう。
額と、そこに乗せた腕の温度差にそれを悟る。
発熱時には濡れた手拭いで額を冷やすべきなのだろう。
しかし、指先まで鉛になってしまったように重い身体を動かすのは億劫だ。
紅は、そのまま布団へと沈んだ。
血の半分が天人である紅は、一年のうちの一週間だけ、このように体調を崩す。
指先一つ動かすのも嫌になるほどに身体が重くなり、高熱と言うに十分な程に発熱する。
天人の中には、人間よりも優れた運動能力を持ち合わせている者が居る。
その高すぎる能力に、人間の血が付いていかなくなるのだ。
身体には人間の血が色濃く現れている紅。
彼女の意思とは裏腹に、身体への負荷は刻一刻と積み重ねられ―――…一年に一度、限界を迎える。
生れ落ちてから、毎年のことだ。
「…その内、本格的にガタが来そうだな…」
自嘲めいた笑みを浮かべ、そう呟く。
しかし、こればかりは自分で負荷をかけているわけではないのだから、どうしようもない。
紅の身体は、生きているだけで疲労を蓄積しているのだ。
「あー…だるい」
去年よりも辛いと感じるのは、恐らく気の所為ではない。
最近は戦闘に参加することも多く、ただでさえ時限爆弾を抱えた身体を酷使しているのだ。
酷くなったとしても、無理はないだろう。
一寝入りすれば少しでも体調が良くなっている事を祈り、目を閉じる。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
「暁斗!!起きてるか?起きてるよな!?起きてると言え!!」
そう言えば、先ほどから煩い足音が近付いてきていた。
スパーンッと勢いよく襖が開かれる音を聞きながら、そんなことを思う。
正直、今の自分はこのテンションの持ち主についていく自信がない。
声の主であろう銀髪の男を思考から追い出すように、瞼に少しだけ力を込めた。
こう言う時は無視するに限る。
しかしながら、そんな紅の思い通りには動いてくれないのがこの男だ。
「おま…!寝るな!!明らかに反応しただろうが!!今日は例の区域に出るって忘れたのか!?」
「―――――」
「いい年して狸寝入りですか、このヤロー!」
「―――――…銀時」
「お前が起きてこねぇ所為で、高杉の機嫌が最悪なんですけど!氷点下まっしぐらでバナナも凍るっての!」
「………銀時」
「テメーで起こしに行けよなんて言える空気じゃねェよ、アレ!!………ん?お前…」
ハイテンションに騒ぎ続けていた銀時が、漸く止まった。
やっと、紅の声がいつもよりもか細いものだと気付いたらしい。
乱暴に扱った所為で外れた襖をそのままに、大股で布団へと近付いてくる彼。
寝転がったままの紅の傍らに膝をつき、その額に手を乗せた。
「!?おま…何だよ、この熱は!!」
「…っるさい、騒ぐな…。頭に響く」
「あ、悪ぃ。……風邪か?」
「違う」
そこだけはきちんと否定しておこうと、小さいながらもしっかりと告げる。
それならば原因は何なのだと続ける彼に、紅は手だけで「向こうへ行け」と指示した。
だが、こんな高熱の同士を放っておけるような人間ではない。
「…とりあえず、看病だな。何かして欲しいことはあるか?」
「悪いけど、高杉に無理って伝えて。んで、誰も近寄らないようにしてくれ。それだけでいい」
ついでに襖を直してお前も出てって。
最後にそう付け足すと、紅はそのまま沈黙する。
襖が外れたことに気付いていたのか、と言う妙な感心は、この際横に置いておこう。
「いや、お前…この熱で放っておけるわけねぇだろうが」
「何したって熱は下がらないし、何もしなくても一週間後にはピンピンしてる。わかったら出てけ」
これ以上は何も言いたくない。
口を動かすことすら辛い紅は、その姿勢を空気として前面に押し出した。
それを感じ取ったのか、銀時は一旦口を噤む。
見下ろしている限りでは、とても辛そうだ。
時折吐き出される息は熱を孕んでいて、首筋は発熱による汗でうっすらと光っている。
もとより、肌が白く、かつ線の細い彼女を見下ろし、銀時はガシガシと頭を掻いた。
確かに、この様子だと誰も近づけないようにした方が良さそうだ。
女旱の男共にこの光景はマズイ。
色々な意味で、双方が危険だ。
「―――とりあえず、後で水を運んできてやるから」
大人しくしてろよ、と頭を撫でられた。
目を開かなかったけれど、銀時の手が髪を撫でていったから、間違いはないだろう。
その手の動きが懐かしく、少しだけ母を思い出してしまったことは紅だけの秘密。
ガタガタと襖を直してから、彼の気配が遠のいた。
漸く静かに眠ることが出来る。
安堵から零れ落ちた溜め息は、やはり熱く湿っていた。
即座に休息態勢をとる思考は、数分のうちに眠りの世界へと沈んでいく。
「高杉ー」
「…………」
「返事ぐらいしろよ、このヤロー。折角暁斗からの言付けを預かってきてやったってのに何の感謝もなしですか」
「アイツはどうした」
「高熱でぶっ倒れてる」
「あ゛?」
「風邪じゃねぇっつってたけど、ありゃ相当参ってんな。天人の特性か?」
「知らねェよ」
「つーわけで、はい」
「――――――」
「暁斗とお前の代わりは俺が出てくるわ。その代わり、それ、よろしく」
「おい、銀時――――チッ」