口付けの意味
--黒揚羽 番外編

「あら、久し振りね」

元気だった?とひらひら手を振る呑気な人。
と、表現したくなるのも無理はない。
彼女の向こうでは、霧と雲の守護者が部屋の調度品を巻き込んだ戦闘中だ。

「あ」

ツナが呟くと同時に、飾られていた花瓶が粉砕した。
誰かが日本円で数百万円の花瓶だと自慢げに話していた気がする。

「派手な喧嘩よねぇ」

なんて言いながらカフェオレ入りのグラスを傾ける。
止めなくていいんですか?と聞くと、彼女は意味あり気に微笑んだ。

「偶にはストレスを発散させないと。溜め過ぎて爆発した方が影響が大きいわよ?」
「発散させるってレベルじゃないんですけど…」

屋敷ごとどうにかなるんじゃないかと言う規模になりつつある。
振り向いてそれを見た彼女は、やれやれと肩を竦めた。

「修理費は私の口座から引いて構わないからね。
遠慮したとわかる明細には勝手に倍額支払うから、きっちりよろしく」
「紅さんが当事者じゃないのに?」
「私が原因でしょう?」

そう問われれば、否定は難しい。
少しだけ悩んでありがとうございます、と頭を下げると、彼女は満足そうに笑う。

「さて、と…私はそろそろお暇しようかしら。この後キャバッローネに行こうと思ってるの」
「え?あの…この状況を置いて?」

確認のように言うと、彼女は無言で振り向く。
二人して沈黙を保って数秒。
姿勢を戻した紅は、やはり笑顔だった。

「私が消えればその内治まると思うから」

そう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまう。
ぽかんとした表情のツナが部屋の中に残された。
そして、彼女が消えて数分後。

「…紅は?」
「え!?あ…キャバッローネに行くって言ってました」
「そう」

急に声をかけてきた雲雀の言葉に何とか返事を返すと、彼はそのまま部屋を出て行った。
彼が消えれば、部屋に残るのはツナと骸だけ。
俺も出ていけばよかった!と後悔しながらも、既に時遅し。
微妙な空気に嫌な汗が背中を伝った。

「…沢田綱吉」
「はい!」
「彼女は…紅は、どうしていましたか?」
「え?」

問いかける声はどこか覇気がない。
骸らしくない声に、戸惑いつつもその真意を探ろうとするツナ。

「紅は…笑っていましたか?」
「う、うん…それがどうかした?」
「…いいえ、何もありません。あなたが気にすることじゃない」

そう言って、骸も先の二人と同じように部屋を出ていく。
漸く、ツナが一人になった。

「…何だったんだろう」

骸の様子が気になるけれど、関わる必要はない気がする。
少しだけ悩んでから、考えるのをやめた。
と言うより、彼にはそれよりも考えなければならない事がある。

「…修理、出来るかなぁ…」

散々な状況の部屋に、深々と溜め息を吐き出した。













迎えが来てるぞ。
ディーノへの報告を済ませた頃、いつの間にやってきたのかロマーリオがそこにいた。
そして彼は開口一番、そう言ったのだ。

「そう。じゃあ、帰るわ」
「ああ。わざわざ悪かったな」
「ファミリーの務めだもの。気にしないで。何かわからない事があったら連絡して」

そう言って報告に用意した資料を手早くまとめて彼の方へと差し出し、帰り支度を整える。
そんな彼女からそれらを受け取ったディーノは、いつもの穏やかな調子で提案する。

「夕飯を食べてけよ。シェフが腕を揮ってくれるぜ」

ディーノの提案に、紅は苦笑する。
初めから一緒に来ていたなら、そうしただろう。
しかし…今の雲雀の状況が分かるからこそ、紅は頷けなかった。
彼女の心中を察したのか、ロマーリオが口を挟む。

「やめとけよ、ボス。雲雀はご機嫌斜めだぜ」
「そーなのか?」

理由を問うように紅に向けられる視線。
諦めたように溜め息を吐き出した。

「骸と喧嘩していたから、放ってきたの」
「あー…なら、仕方ねーな」

雲雀の心中を察する事が出来たようだ。
苦笑を浮かべたディーノに謝罪を残し、最後の荷物をカバンに詰める。

「次はご一緒するわ」
「ああ、楽しみにしてる」

そう言って、挨拶代わりに頬へのキスを送る。
心を冷静にしてその挨拶を受け止められるようになった自分に、彼女への感情が決着したのを実感した。
彼女自身も何となくそれに気付いたのかもしれない、視線を合わせ、そしてただ、穏やかに微笑んだ。
そんな二人を微笑ましく見つめていたロマーリオは、背中の扉がバタンと閉じた音を聞く。
来客かと思ったけれど、そこには閉じられた扉があるだけ。
まさか、と思って薄く開いた扉から顔を覗かせると、去っていく背中が見えた。
あー…―――あまりのタイミングの悪さに、思わず溜め息が零れる。

「紅、急げ」
「え?」
「雲雀がブチ切れる」
「恭弥が来たの?」

どこか嬉しそうに笑った彼女に、その感情の答えが見えた。
けれど、それはロマーリオではなく、雲雀が知るべきものだ。
そして、その張本人は現在―――内で燻る怒りのような焦燥に、視野を狭くしている。

「たぶん、誤解してるぞ」
「…もしかして、見ていた?」

問いかけの答えは頷き一つで十分だ。
あちゃー、と額に手を当てた彼女は、カバンを肩に下げて扉へと向かう。
そして、ドアノブに手をかけて彼らを振り向いた。

「じゃあ、また来るわ」
「おー。とりあえず、急いでくれ。ファミリーに犠牲者が出る」
「はいはい」

ディーノの声に背中を押され、紅は部屋を後にした。

11.05.07