黒揚羽
Target  --100 骸end.

「てっきり、ついてきたのは雲雀だと―――」
「その名前は聞きたくありません」

そう言ってギュッと腕の力を強める骸は、まるで子供のようだった。
お気に入りのものを手放すまいと縋る子供。
やがて、紅を解放した彼は、彼女が振り向くのを許した。

「骸、何か持ってるの?」
「…ボンゴレの超直感ですか…ありがたいのか、厄介なのか…」

彼の手にどこか違和感を覚えて尋ねると、彼は苦笑交じりにそう答えた。
そして、紅、と彼女を呼び、その正面に膝をつく。
長身な彼との身長差が逆転し、紅が見下ろす形となった。
正面から見た彼からは、幼さが消えている。
髪は伸ばしているのか、あの頃とは少し違った印象だ。

「あなたを誰の目にも触れぬよう、閉じ込めることは簡単です。でも、僕にはできない。
少なくとも、蝶のように移ろうその自由さもあなたと言う女性を作る一つだから」

彼は何を告げようとしているのだろう。
聞きたいと思う気持ちと、聞いてはいけないと言う危機感が紅の中で揺れ動く。
その拮抗した揺らめきは、彼女の行動を制限していた。

「だから、願う事しかできないんです」

目の前で真摯な目を向け、言葉を紡ぐ彼はかつての骸ではなかった。
その目の中に、年下の弟として可愛がった彼はいない。
紅の前にいるのは、ただ一人の男だった。

「あなたから奪い、そして癒えることのない傷を刻んだ僕が言うべき言葉ではない。
わかっているけれど―――罪悪感に口を閉ざせば、あなたは別の男のところに行ってしまう」
「――――」
「何も信じない僕にあなたが手を差し伸べてくれたあの時から―――あなたを、愛しています」

彼が差し出した腕の中に、鮮やかな大輪が咲いた。
目の前に咲き誇る、赤い薔薇の花束に紅は目を見開く。
頭の片隅で、告白に赤い薔薇を用意するなんて、なんて気障なんだろうと思う。
けれど、それ以上の感情が、その思いを忘れさせた。
戸惑いとも喜びとも表現できる心に、身体がその動きを止める。

「もう、あなたが守ろうとしていた弱く幼い僕はいません。
だから、守らなければならない対象ではなく、一人の男として僕を見てくれませんか」

何かを言わなければと思えば思うほど、言葉が消えていく。
最後に残る感情を自覚した瞬間、紅は思い出してしまった。
半ば反射的に花束を受け取ろうとしていた手を引っ込めて、ギュッと握る。

「私はボンゴレ9世の実子。この身体には、あなたが憎み続けたマフィアの血が流れている」

その言葉は、彼ではなく自分を言い聞かせるためのもののようにも聞こえた。
紅は視線を落とし、瞼を伏せる。

「…ボンゴレを乗っ取るなら、成功する確率が高いのはあなたを使うことだとわかっていました。
僕の力はあなたを思うままにできる。けれど、そこにあなたの感情がないと気付いた時…すべてを理解した」

抜け殻のあなたではなく、あなた自身を愛している。
生まれ、育ち―――それらすべてによって作り上げられた、あなたと言う存在を。

ゆっくりと顔をあげる紅に、骸は穏やかな笑みを向けた。

「…僕はずっとあなたの傍にはいられない。忌々しいことですが―――っ」

言葉の途中で、骸が表情を歪めた。
彼の持つ花束がばさりと床に落ちる。

「…骸…?あなた、まさか…クロームの身体を借りて実体化しているの!?」

紅は骸の異変により、今更にその事実に気付いた。
力を保つために無理をしているのか、彼は額に手を押し当てて肩で息をしている。
ふらりと身体が揺れると、紅は慌てて彼と同じように膝をつき、その身体を支えようとした。
半ば倒れこんだ彼に抱きしめられる。

「骸…無理をしないで…!」
「…こうでもしなければ…あなたに触れられない」

かすれる声が、時間がないことを示していた。
無理な幻覚は術者に負担をかける。
それを理解して、彼はここに来たと言うのか。

「…時間がないと、理解していても…僕は…」

骸が―――消える。
投獄されたままの彼自身が消えるわけではない。
ただ、暫くの間姿を見せることができないだけだとわかっている。
けれど、消えると思った瞬間に、紅を突き動かしたものは、一時の感情ではなかったと思う。

「消えないで、傍にいて…私も、あなたを―――」

骸の姿が、揺れる。














「―――………骸?」

消えてしまうのだと理解した。
彼が消え、その場に現れるのはクロームなのだと。
しかし、その瞬間が来たはずなのに、自分を抱きしめる身体には変化が見られない。

「本当に?」
「…骸、あなた、まさか…」

すぐ近くで聞こえる彼の声は、もう掠れていない。
ちょっと待て、と紅の声が震える。
まさか、彼の先ほどの様子は―――その答えに行き着いた頃、抱きしめる骸の肩が揺れていることに気付く。
もちろん、幻覚が解けそうと言うわけではなく、笑っているのだ。

「骸!」
「紅が頑固だと言うことは理解しているつもりですからね」
「そう言う問題じゃないわ!」

そう言って怒るのだが、彼が一向に紅を解放しようとしない所為で、大した効果はない。
けれど、縋るように抱きしめる腕や、彼の纏う空気が満足感に満たされているのを感じ、心が落ち着いていく。
確かに…こんな方法を取られなければ、紅は頷けなかっただろう。
彼の性格を考えれば、こんな演技じみたことをするなんて、信じられない。
そんな形振り構わぬ行動が、彼の心中を雄弁に語っている気がした。

「…まったく…仕方ないわね」

大人になったと思った彼が、不思議と子供のように見える。
かなり無理やり引き出されたが、それが紅の本音であることに変わりはなかった。

「でも、クロームの身体を借りていることに変わりはないわよね?大丈夫なの?」
「ええ。どの程度もつかはわかりませんが…少なくとも、三日は」
「…何か力の媒体でも見つけたの?」

あの日、霧の戦いの間の実体化だけで、彼は長く表に現れることができなくなっていた。
それを三日保たせるという彼に、怪訝そうな表情を見せる紅。
そんな彼女を見て、骸はクスリと笑い、その頬を撫でる。

「二年間―――ずっと、この日のために力を蓄えてきました」
「………二年…間」
「漸く紅に触れられるのに、時間切れなんて困りますから」

何でもない事のように言うけれど、それはとても大変なことだっただろう。
言葉を失う彼女の視界の中で、骸が床に落としてしまった花束を拾い上げる。
指先で包みを整え、もう一度彼女へとそれを差し出す。

「今度は…受け取ってくれますか?」

花束と骸を交互に見て、やがて微笑んだ彼女は、一抱えもあるそれを受け取った。

「ねぇ、骸」
「何です?」
「何も言わなくていいから…一緒に、墓参りをしてくれる?」

誰の、とは言わなかったけれど、彼にはわかっているだろう。
少しの間沈黙した彼は、やがて一度だけ頷いた。

「それであなたの気が済むなら」
「…ありがとう。それが終わったら、掛け合ってみるわ」
「掛け合う?」

彼女の言葉の意味が分からず、疑問符を浮かべる彼。
紅は花束を抱え直し、悪戯に微笑んだ。

「実体化していてもクロームの身体であることに変わりはないわ。そのままだと、キスもできないわよ、私」
「………………お願いします」

沈黙が長かったのは、きっと掛け合う紅の危険性を考えたのだろう。
揺れた天秤は、彼自身が望む方へと傾いた。
そんな彼の心中が見えるようで、紅は楽しげに笑った。

「今はこれが限界ね」

そう言って、彼女は骸の首に手を回し…その頬にそっと口付ける。




「あ、これを渡しておきます」
「………これ、雲雀に渡した薬…よね?………奪って来たの?」
「はい、二年前に」
「…良い笑顔で答えるところじゃないわ。まさかとは思うけれど…その時、彼から何か聞いた?」
「ええ。色々と。尤も、今この時まで彼が行動を起こしていなかったことは嬉しい誤算でしたね。
僕としては奪い合いも覚悟はしていましたけれど。次に顔を合わせたら殺し合いになりそうです」
「………ツナ、ごめん」

Mukuro ending.

10.08.09