Weak point 後編
60万Hit感謝企画
「(海水に触れたのは初めてか…。)」
何故か抗う気分にならない。
海の赴くままに沈み行くコウは、そんな事を考えていた。
それは、まるで人事のよう。
―― 能力者は海に嫌われる。
「(じゃあ、私も嫌われるのかしらね。)」
嘲笑にも似た笑みを浮かべる。
閉じていく瞼に、彼の姿を見た気がした ―――
運のいい事に、この辺りの海域は海王類の通り道ではなかったらしい。
おかげで想像よりも早く、それらの腹の中に納まる事なく沈んでいく彼女の姿を見つけることが出来た。
風に揺られる時とは違いその身体は包まれる水によって穏やかに揺れる。
能力者は全く厄介な物を背負っているな、と思いながらシャンクスは彼女を抱き寄せた。
瞼は閉じているものの、彼女の身体にはまだ精気が感じられる。
これくらいで死ぬような女ではないとわかっていながらも、不安が胸を過ぎるのは否めない。
地上よりも遥かに軽いその身体をしっかりと腕に納め、彼は太陽の光の方へと泳ぎだした。
ザバ…と、落ちた時よりはいくらか小さな飛沫が上がる。
唯一の腕にコウを抱いているおかげで、鬱陶しく張り付く前髪を掻き揚げる事も出来ない。
思いっきり頭を振れば、とりあえず邪魔にならない程度に前髪は分散された。
開けた視界で腕の中の彼女を見やる。
浸水時間が短かったおかげか、はたまた彼女の本能か。
どちらにせよ、弾みながらも規則正しい呼吸を見れば人工呼吸は必要なさそうだ。
「お頭ー!!!姐さんー!!!」
「無事ですかー!?」
遥か上空と言っても過言ではないほど上から、そんな声が届いた。
声に反応するように見上げれば、自船が目に入る。
甲板に集ったクルーも然り。
乗ってみれば忘れてしまいがちだが、中々大きい船だな、と場違いな感想を抱くシャンクス。
「おぉ!何とかな!!」
手を振り返す事も出来ないので取り合えず返事だけをしっかりと相手に届ける。
そんな彼の声を聞き届けたクルーの一人が、巻き込まない程度に離れた海面に飛び込んだ。
小さな水飛沫を立てて二人の近くに泳いでくる。
「姐さん、俺が引き上げます」
「そうしてくれ。ありがとな」
彼女を抱えたまま綱を登ると言う芸当は出来ない。
肩に抱えて、と言う方法も出来ない事はないが、恐らく彼女への負担が大きいだろう。
シャンクスは未だ目を閉ざす彼女をクルーに渡した。
「間違っても落すなよ?」
「落しませんって。後が恐いんで」
シャンクスの言葉にそう笑うと、彼女を受け取った彼は、そのまま甲板から垂らされた綱を登っていく。
彼が中腹まで上がったのを見届けた後、シャンクスも隣に垂らされたそれを登りだした。
毛布に包まれ、コウは船医の診察を受ける。
「…どうだ?」
彼女の脈を取っていた船医がその腕を放すと、シャンクスがそう声を掛ける。
船医は肩を竦めて口を開いた。
「外傷もなし。脈も正常。見ての通り、寝てるだけだな」
「………寝て…?」
言葉の意味を理解出来なかったかのように、シャンクスが繰り返す。
船医は苦笑を浮かべて再度口を開いた。
「ああ。全く心配ないよ、お頭。コウは熟睡中。大した娘だよ、まったく…」
一同は呆気に取られた。
が、数秒後には笑いが広がる。
あちらこちらで「心配させやがって」や「無事で何より」とか「姐さんらしーわ」などと言う声が上がる。
その後、コウは女性クルーに託されて身を清められ、自室へと運ばれた。
「…貴重な経験をしたわ」
目が覚めた彼女の第一声。
至極コウらしい言葉に、シャンクスは思わず声を上げて笑った。
「そりゃ良かったな。おはようさん、眠り姫。蒼剣はそこだ。ベンが敵船から持ってきておいてくれたらしいぞ」
「あー…うん。またお礼言っとく。……おはよ、シャンクス」
片手をあげて答える。
数時間前までは水気を含んでいた髪も、今ではすっかり乾ききっている。
それだけ長い間彼女が睡眠を貪っていたと言う事だ。
「どれ位寝てた?」
「今が…丁度夕飯時だな」
「…うわー…6時間くらい寝てたんだ」
「………海に落ちた事、覚えてんのか?」
突如真剣さを纏うシャンクスの声に、コウは闇に染まる窓の風景に向けていた視線を彼に戻す。
質問を頭の中で反芻し、頷いた。
「言ったでしょ?“貴重な経験をした”って」
「何で落ちた?」
「睡眠不足と船の振動」
「…風は?」
「眠かった所に疲労困憊で咄嗟に反応出来なかった」
簡略に答えるコウに彼は長い溜め息を落とす。
椅子の背を挟み込むように座りなおし、シャンクスは言う。
「お前、睡眠不足の時は甲板に出るの禁止」
「何で」
一気に不機嫌になったコウは子供のような表情で彼を見る。
そんな彼女の頭をガシガシと掻き回し、彼は答えた。
「俺の心臓がいくつあっても足りねぇ」
「そんな柔な心臓じゃないくせに…」
そう言う彼女の頭を更に掻き乱せば、それを咎める声が上がる。
喉の奥で笑いながら彼女の髪を直してやれば、その隙間からコウが彼を見上げていた。
彼女に笑いかける。
「心配させるな…馬鹿野郎」
「…ごめん」
この時間帯にシャンクスを食堂以外で見る事は珍しい。
それだけで、コウには十分だった。
「暇だったでしょ?」
「別にどーってことないぜ。久々にお頭らしい事もやったしな」
ニッと口角を持ち上げ、彼はテーブルに載っていたそれをコウに差し出す。
分厚いそれは航海日誌。
すでに今日の分が、彼らしい文字で書き綴られていた。
「……どうしたの?」
航海日誌を一週間分溜め込むなど珍しい事ではない。
更に言うと、それが全てコウの仕事となる事も珍しい事ではないのだ。
そんな彼が自ら仕上げていた。
驚きを隠せない彼女に、シャンクスは照れにも似た表情を見せ、顔を逸らす。
「まぁ、気紛れ……………あー…違うな」
「?」
「とにかく!お前の負担を減らした方がいいと思ってな!それだけだ!!」
それだけを言い切ると、彼はいよいよ顔を完全に背けてしまった。
コウはクスクスと笑う。
「じゃあ、半分だけお願いしようかな」
「…おう」
「ねぇ、シャンクス」
「…何だよ」
「ありがとうね?助けてくれて」
あなたが来てくれて、嬉しかったよ。
そう言って満面の笑顔を彼へと向けた。
能力者のWeak pointは海。
シャンクスのWeak pointは……コウ。
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05.08.28