君のそれで潤い、満ちる
40万Hit感謝企画

怯えた表情は見せなくなったものの未だに口を聞こうとはしない暁斗。
そんな暁斗の頭をゆっくりと撫で続ける紅。
二人を見て、悠希が酷く真剣な目で呟く。

「やっぱり似てる」
「佐倉先輩?」
「ほら、紅と暁斗くん。横顔とか顔のパーツが微妙に似てると思わない?」

悠希の言葉に、レギュラー一同の視線が二人に集まる。
居心地悪そうにする紅と、何が起こっているのかよくわかっていない暁斗。

「…確かに似てるっスね、紅先輩と暁斗」
「血縁者である可能性は87%くらいか…」
「パーツそれぞれに似てるよね」
「口元とか特に似てません?」
「仕草も似てるっス」
「これで赤の他人とか言っても説得力なさげだよねー」
「まぁ…確かに説得力はないな」
「手塚はどう思う?親戚とかじゃないの?」
「…暁斗と言う名前に覚えはないな」

それぞれが口々に発する。
本人達はどう反応していいのかわからない、といった様子だ。

「んー…結論から行くと…紅、アンタの子供でしょ」
「そんなわけないでしょうが…」

ビシッと指さす悠希に、紅は深く溜め息をついた。

「だって、本人が“ママ”って言ってるんだし」
「学生の身で子供作るほど馬鹿じゃないわよ。自分で稼いで食べてるわけでもないのに…」

溜め息混じりにそう言う紅だったが、他の者達の方が返答に困っていた。
一応警察の方へは学校から連絡してもらっているものの、未だ親らしき人物からの連絡はない。

「…先輩」
「何?」
「寝てる…みたいっスよ」

海堂に言われて膝の上に乗っていた暁斗に視線を落す。
意識して彼を抱いていたわけではないのでかなり不安定なはずだ。
にも拘らず、暁斗の首は舟を漕いでいる。

「疲れたのかな…慣れないところだからね」

優しく暁斗の髪を梳くと、紅は彼の小さな身体をベンチに横たえた。
身体が痛くないようにとジャージを敷く辺り、さすがと言うべきだろう。

「……もしさー…紅の子供だとしたら父親は誰だろうね?」

何気なく爆弾発言してくれるのが、彼女である。
ピシッと面白いくらいに固まった皆を見て、紅がやれやれと溜め息をつく。

「黒髪だからー…相手は黒髪っスよね」
「でもさ、紅ちゃんの髪が遺伝したって事もあるんじゃない?」
「顔のパーツから見て…」

少年の周りに集ってあれやこれやと語りだす彼ら。
紅がポツリと漏らす。

「私の子なワケないでしょうが…」
「まぁ、紅の子だとしてもここに居る全員父親じゃないんだけどね~」
「悠希…遊ばないの」
「未来はわからないけど…現在進行形で恋人がいるもんね、紅には」

にっこりと笑う悠希に、紅は本日何度目かわからない溜め息を落とした。
溜め息をつくと幸せが逃げると良く言うが…。
それが本当ならば、紅はこの先ずっと幸薄だと言えよう。













「で、本当の所どうなんだ?」

一時間ほど経っただろうか。
漸く彼らが諦めたようだ。
その矛先はごく自然に彼女の元へと返って来た。

「妊娠した覚えも産んだ覚えもないわ」

肩を竦めながらそう答える。
その時、暁斗が僅かに身じろいだ。
行き成り飛び起きるように身体を起こすと、ベンチから降りる彼。

「暁斗くん?」

紅が声をかけるも、暁斗はそれに答えずに走り出した。
小さい身体を生かしてレギュラー陣の隙間を縫うようにして部室を飛び出す。

「ちょ…暁斗くん!?」

紅が慌ててその後について駆け出した。
残された一同が目を見開いて呆然とする。

「…なぁ、めちゃくちゃ早くなかったか…?」
「子供ってあんなに早く走れたっけ…?」

追いかけることも忘れて、数十秒…誰からと言うわけでもなく、二人を追って部室を出て行った。












「暁斗くん!危ないから…暁斗!」

名前を呼ぶこと数回。
暁斗は漸くその足を止めた。
彼はクルリと振り返って紅を見上げる。

「あのね。また会えるからね」
「…暁斗くん…?」
「また会えるから…だから泣かないでね?大好きだよ、ママ」

彼に合わせるようにかがんでいた紅の服を引っ張ると、その頬に柔らかい唇を押し付ける。
そして、彼は笑顔で再び走り出した。

「暁斗くん…!」

暁斗が前方の角を曲がる。
数歩遅れて、紅もその角を曲がった。
だが、そこに広がる風景はいつもと変わらぬ通学路だけだった。

「…え…?」

足を動かす事も忘れて、ただ呆然とその場に立ち尽くす紅。
やがて、彼女の耳に近づいてくる足音が聞こえた。

「紅!」

親友の声に、紅はゆっくりと振り返る。
その頬には涙が筋を作っていた。

「悠希…」
「え?ちょ…紅?」
「紅?何で泣いてんの?」

悠希を押し退けてリョーマが紅の前に出る。
涙を掬うように指を滑らせると、紅は儚い笑みを浮かべた。

「わからないの。でも…何だか寂しくて」
「暁斗くんは?」
「消えちゃった」

頬を伝う涙を拭う事もせずに、紅は誰に向けるでもなく微笑んだ。
そして、呟く。

「また…ね?」

たった数時間だけの、不思議な不思議な夢現。

再び彼と出会うのは、数年先の事―――

05.05.21