もしもシリーズ
『実物大雛祭りをしたら?』
「会って早々に口説かれるなんて珍しい事じゃないけど…あれには驚いたわ」
衣装の上着だけを脱いでコウが控え室で寛ぐ。
ちなみに広い控え室にはメンバー全員が揃っている。
皆、思い思いに時間を潰していた。
「面白かったらしいな」
「一時間も延々語られたのよ?
“あなたのここがこの企画に最適だ”とか“その内に秘めた芯の強さが滲み出ている”とか。
さすがの私も開いた口が塞がらなかったわ。まぁ、悪い気はしなかったけど」
苦笑交じりにそう話しながら用意されたジュースを喉に通す。
すでに化粧を施してあるためにコップに直接唇をつけるようなマネはせずにストローを使って。
着ている衣装を汚さないように、行動の一つ一つに細心の注意を払っているのもよくわかる。
――引き受けた仕事は完璧以上に――
これがコウの仕事に対する考えだった。
それを思い出してクロロは喉の奥で笑う。
「何笑ってるの?」
「いや、コウらしいと思ってな」
「…変なクロロ」
「コウ。ちょっと来てくれる?」
部屋の入り口でスタッフと話していたマチがコウを呼んだ。
すぐに返事を返すと、近くにあったテーブルにコップを置いてマチのところへと歩み寄る。
マチの他にもシズク、パクノダがスタッフと一緒にいた。
「どうしたの?」
「聞きたい事があるんだって」
「何でしょう?」
マチからスタッフの方へと視線を変える。
「お時間を頂いて申し訳ありません」
「いえいえ」
「あの…皆さんの役割についてなのですけれど…。細かい事はいらないそうなんです」
「役割ね…。どの程度決めればいいんですか?」
「お内裏様とお雛様だけでいいらしいんです。後は雛祭りの衣装を着ていただくだけでいいので」
「あぁ、なるほど。主役ですからね」
「はい。主役と言っても仕事の内容は他の方と変わりません。あ、お雛様はコウさんの方でお願いしたいのですが…」
「私は別に構いませんよ。それで…お内裏様はこっちで決めた方がいいんですか?それともあなた方が?」
「皆さんの都合もあるでしょうから…そちらで決めていただいてもよろしいですか?」
「…わかりました」
先ほどまでの会話を反芻するように頷くと、コウはすぐに踵を返そうとした。
だが、その背中に再度スタッフの声が掛かる。
「主役のお二人は今日のイベント中一緒に行動していただきますので」
「―――って事らしいんだけど…どうする?」
一応参加メンバー全員を部屋に集めてスタッフとの会話を掻い摘んで話した。
「僕がやろうか?」
「……ヒソカでは品性が疑われるような…」
一番に名乗り出てくれたヒソカにコウが顎に手をやりながら答えた。
もっとも、ペイントを取ってあるために一見すれば好青年。
が。
本質を知っているコウとしてはどうしても頷けない。
「残念。コウと行動できると思ったんだけどなぁ」
「その気持ちだけ頂いておくわ。ありがとう」
残念そうには聞こえない口調であるためにコウも適当に流した。
一々構っていると話が進まない事はすでに経験済み。
「この際だからコウが決めたら?コウの仕事なんだし、何より今日だけのパートナーでしょ?」
シズクが椅子に座って本を開きながらそう言った。
女性陣には関係がないためにすでに傍観者モードに入っている。
「……じゃあ、クロロかイルミ…」
「俺は別にそれでいいんだけど…理由を聞いてもいい?」
「黒髪だから」
尋ねてきたシャルナークに即答するコウ。
皆の視線が一度クロロに向かい、そして部屋の壁にもたれているイルミへと移った。
「でも、ノブナガもフェイタンも黒髪…」
「…社交性があるって事も重要でしょう?」
コウが苦笑交じりにそう言った。
確かにお世辞にも社交性があるとは言えないかもしれない。
少しの間俯いたあと、コウは口を開いた。
「イルミ、お願い」
彼の方を向いてそう言えば、イルミは肩を竦めて頷いた。
「クロロは皆との連携が取りやすいからね」
「構わないが…連携ってそんな問題が起こるのか?」
「…イベントに問題はつき物でしょ?不良とか酔っ払いとかが面倒だから」
「わかった」
丁度話が纏まった頃、部屋の扉をノックする音が響いた。
「皆さんお願いします」
そうしてイベントが始まる。
「お疲れ様」
コウが隣を歩くイルミに言った。
「こんな仕事はこれで終わりにしてよね」
「本当にありがとう。イルミの苦手な仕事だったよね。子供に囲まれるし…」
普段の仕事よりも疲れて見えるのは気のせいではないだろう。
それだけ気を張らせてしまったのかもしれないと、コウは素直にお礼を述べた。
「それより…残らなくてよかったの?皆で打ち上げするみたいだったけど」
「んー…別に。お礼金はちゃんと渡してきたし…。それに打ち上げと称して騒ぎたいだけだからね」
すでに暗くなっている道を二人で並んで歩く。
コウが空に輝く星を見上げながら口を開いた。
「久しぶりだよね、こうして二人で帰るの」
「同じ仕事が少ないからね。コウは情報屋の方で忙しいみたいだし」
「ごめんね?仕事があるならいつでも持ってきてくれていいよ?イルミからの仕事なら請けるから」
微笑を浮かべながら、数歩後ろを歩くイルミを振り返る。
「…わかった。これからはしっかり回すから」
「うわっ。手厳しいね。でも、一人での仕事は蹴ってよね。私も暇じゃないし。イルミとなら遣り易いから…引き受ける」
夜空に輝く星だけが知っている、二人だけの時間はゆっくりと歩みを進めていった。
数日後――イルミのケータイに一通のメールが届いた。
差出人はコウ。
『ごめんっ!何か前のイベントのスタッフにかなり気に入られたらしくて…。
またイベントの依頼が来ちゃったんだよね。明後日に迎えに行くからよろしく!』
「…………………」
まだまだコウに振り回される日々は続くらしい。
05.02.26