もしもシリーズ
『実物大雛祭りをしたら?』
[ひな祭り]
三月三日の上巳(じようし)の節句に、女児のいる家で雛人形やその調度品を飾り、
菱餅(ひしもち)・白酒・桃の花を供えてまつる行事。
起源は宮中や上流社会で行われた上巳の祓(はらえ)に関連しているという。
江戸初期以降、女児の成長と幸福を願って民間にも広まった。(参照:大辞林(国語辞典))
「なるほどね」
コウが画面を見ながらそう呟いた。
「今回の仕事は色々と面倒そうで…」
仕事内容をプリントアウトした用紙と画面を交互に見やり、コウは溜め息を漏らす。
足元のルシアとスノウが首を擡げたが、問題がないとわかると再び前足の上に顎を乗せて目を閉じる。
「しかし…参ったね、これは」
書かれている仕事の内容はこうだ。
『イベントに参加(内容…雛祭り)』
しかも続きにはこうある。
『最低人数5名。不足はこちらで補います』
「5名って…明らかに私一人じゃ足りないし。念で…って言っても疲れるしねー…」
椅子の背に深くもたれながらどうした物かと思案を重ねる。
「―――…仕方ない」
再び机に向かうと、パソコンから思い当たる人物にメールを送った。
3月3日。
イベント会場控え室では異様な盛り上がりを見せていた。
「これでどうでしょう?」
コウが衣装に袖を通して依頼主に確認をしてもらう。
「期待以上ですよ!!これならイベント会場の客の総取り間違い無しです!!」
拍手せんばかりに語る依頼主に、コウは苦笑を浮かべる。
コウの衣装は、雛人形の着物を意識したもの。
十二単を着て会場内を歩き回れるはずもなく…着物を活動的にアレンジしたのだ。
衣装は事前の打ち合わせで採寸等をしてプロが作ったものである。
さすがは大手のイベントなだけあって金のかけ方が違う。
日本の雛人形と言えば、言うまでもなく黒髪。
ゆえに、コウはかつらを使用するつもりだったのだが…。
「むしろそれでOKです!そのままで行きましょう!!」
と言う事で自前の銀髪を裾の方で纏めるだけにしておいた。
「コウ、これはどうするんだ?」
「ん?」
後ろから声をかけられて振り向けば―――
「…これはまた素晴らしく眼の保養で…」
そう呟くコウ。
周りの女性スタッフの黄色い悲鳴が耳に痛い。
メンバーはクロロを初めとする旅団男性陣+イルミ(コウの強制参加)。
それぞれに着物の雰囲気を崩さない程度にアレンジされた衣装を纏っている。
…これがまたよく似合う。
クロロが持ってきたのは先ほどコウが悩んでいたかつらの件のようだ。
「あぁ、かつら要らないって。元々黒髪のあなたたちには必要なかったけど」
そう言いながら、コウはにっこりと微笑んだ。
コウの微笑みに周りの男性スタッフが顔を赤らめる。
その容姿は然ることながら、衣装を完璧に着こなしている面々。
依頼主は満足そうに何度も頷いて見せた。
「…ヒソカ」
「何だい?」
「顔のペイントはさすがにまずい。その衣装には浮きすぎ」
「あぁ。忘れてたよ」
洗面台へと向かうヒソカを見送ると、コウはメンバーを見やる。
一人、不機嫌な人物を発見し、溜め息混じりに歩みよった。
「イルミ…いい加減に機嫌直してよー…」
「巻き込んでおいてよく言うよ」
「だって…イルミ黒髪だから絶対に似合うと思ったし」
そう言ってイルミの髪を持ち上げる。
その肌触りを確かめるように数回指を通すと、名残惜しむようにそれを解放した。
「うん。やっぱり似合ってる」
イルミから少し距離を置いて、満足そうに頷くコウ。
彼女の気紛れは今に始まった事ではない。
それに付き合わされるのも初めてではなかったと溜め息をつくと、イルミはコウに向かって歩む。
身長差から見上げるようにして首を傾げるコウ。
「…仕方ないから、最後まで付き合ってあげる。その代わり、報酬はちゃんと貰うからね」
「了解です!ありがとう」
「コウさーん。こっちにお願いします」
スタッフから呼ばれて、コウはイルミの元を離れていった。
「君もコウには弱いんだね?」
「…別に」
ペイントを落としたヒソカがイルミにそう声をかける。
イルミの素気ない返事も予想通りだったのか、ヒソカは忙しなく動いているコウに目を向けていた。
仕事の内容は至って簡単だった。
日本では伝統的な雛祭りと言うものを広めるためのイベント。
要は雛人形に見立てた衣装で会場内を歩き回ればいいだけだった。
プロが作る衣装なだけにそれに負けてしまうような人物では話にならない。
何人ものモデルに衣装を着せたのだが、皆その衣装に負けてしまっていた。
途方に暮れていたところに舞い込んできた情報。
『有名な情報屋はかなりの美人である』
一部で流されている情報に、その情報屋を突き止めて依頼を出したのだ。
駄目元だったのだが、返って来た返事はYES。
依頼主は一度会ってくれとメールをしてきたので、一週間後に会う事になった。
とある喫茶店で目印を持っている男性にコウが歩み寄る。
「初めまして。ご依頼を受けました情報屋『ルシア』のコウ=スフィリアです」
愛想笑いではない笑顔を浮かべてコウが軽く挨拶を交わす。
数秒間黙り込んでいた依頼主だったが、不意にコウの手を取った。
「あなたの様な人を探していたんです!!!」
「……は?」
その言葉はコウを驚かせるには十分な物だった。
05.02.21