Black Cat
出会い  シャンクス編

酒場を出ると、ルフィが声を潜めてコウに声をかけた。

「また苛められたりしないか?」
「きっと大丈夫。だって、あの人助けてくれたもん」
「助けてって…また苛められたのか!?」
「うん…。あの灰猫嫌い」

しゅん、と肩を落とす様は庇護欲をかき立てる。

「だから一人は危ないんだ。今度はちゃんと俺を呼べよ!」

もちろん、ルフィには深い欲はない。
大事な幼馴染を守らなければという、言うならば義務感だ。
正義のヒーローに憧れるこの歳の子供としては、ごくごく自然の考えだったのだろう。
後ろの会話が聞こえていたシャンクスは、何とも微笑ましいやり取りに、思わず笑い声を零す。

「ここらへんならいいだろ。さ、種明かしをしてくれよ」

人の気配のない村の外れにやってきて、適当な木に背中を預ける。
種明かし、と言われ、コウとルフィは顔を見合わせた。

「あの黒猫がコウなんだろ?見せてくれるか?」
「あ、うん」

そう言ってコウがきゅっと目を閉じる。
ぐぐっと背中が丸くなっていったかと思えば、どんどんと縮んでいき―――やがて、その場に黒い子猫が現れる。
赤いリボンがふわりと風に揺れた。

「…ホントなんだな」

呟くシャンクスの前で、ルフィがコウを抱き上げる。
暴れるでも嫌がるでもなく、寧ろ嬉々とした様子でルフィの腕に落ち着くコウ。

「シャンクスが灰猫から助けてくれたんだな」
「あ、ああ…でも、人間だったなら助ける必要はなかったな」
「ううん。嬉しかったよ。それに…時々、上手く戻れないの」

そう言って答えるコウに、猫の状態でも喋れるのか…と驚く。
耳を垂らす様は、落ち込んでいるのだということをありありと伝えていた。

「悪魔の実か?」
「…うん。お母さん、私がお腹にいる時に食べたんだって。
そしたら、お母さんじゃなくて私に能力がついちゃったみたい」

食べた本人ではなく、腹の中の子供に作用したというのか。
そんな前例を聞いたことはないな…と興味深そうに、ほぉ、と頷く。

「お前の母さんは猫にはならないのか?」

その問いかけに、コウが沈黙した。
それを見たルフィがブンと足を振り、シャンクスの脛を蹴り上げる。

「――――っ!!ル、フィ!テメッ…!!」
「コウ、ちょっとここで待ってろよ」

ルフィがコウを樽の上に下ろし、ずんずんとシャンクスに近づいてくる。
そして、彼の腕を引いてコウの居る場所から少し遠ざかった。

「どうした?」
「コウの母ちゃんは、いないんだ。能力が欲しかったのに、 コウが持って行ったからって… コウを捨てたんだ」

まるで自分のことのように唇を噛み締めるルフィに、シャンクスは彼の行動の意味を理解した。

「…………そっか。悪かったな」

ポンポンとルフィの頭を撫でる。
まだ小さい子供なりに状況を理解し、コウを守ろうと頑張っているのだろう。


二人がコウの元へと戻ると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
シャンクスは、見上げてくる彼女の頭にぽんと手を置く。

「コウは…ルフィがいて良かったな」
「うん」

彼の言葉の真意を理解しているわけではないだろう。
しかし、コウはその言葉だけを受け取り、嬉しそうに微笑んだ。








「そう言えば…ルフィ、お使いは?」
「お使い?」
「昨日、マキノさんに頼まれて張り切ってたよね。だから、一人で散歩に行ったんだけど…」
「お使い…昨日………あ!!」

暫く首を捻っていたかと思えば、唐突に思い出す。
声を上げたルフィに、コウはやっぱり…と肩を落とした。
そして、トンッと樽を蹴って地面へと下り立つのと同時に、人間の姿へと戻る。

「行こ?マキノさん、きっと怒ってないから」
「よ、よし!思い出さない内に行くぞ!」
「…忘れてないと思うけど…」

腕を引っ張って走り出すルフィに、小さく呟く。
その声は、必死になっている彼には聞こえなかったようだ。
やがて、その小さな二つの背中が見えなくなると、シャンクスはククッと笑う。

「中々いいコンビじゃねーか!」

実に微笑ましい少年少女に、シャンクスの機嫌の良さは優に一週間は続いた。















一週間ぶりに港へと船を落ち着けた赤髪海賊団。
彼らを迎えたのは、土産話を待ちかねた様子で目を輝かせているルフィだった。
その腕には、一週間前に知り合ったばかりのコウが黒猫姿で抱かれている。

「シャンクス!」
「よぉ。今日はコウも一緒だな」
「あぁ!船に乗せてくれ!」
「おいおい。帰って来たばかりの俺たちにまた海に出ろって言うのか?」

ちょっとは休ませろ、とルフィの頭を撫でる。
いや、撫でる、などと言う可愛らしいものではない。
ガシガシと髪を掻き混ぜられたルフィから不満の声が上がる。
何すんだ!と怒る彼の腕から、ひょいとコウを抱き上げた。
小さなルフィの手とは違い、シャンクスの手は安定するのだろう。
腕の上でちょこんとお座りして見せたコウは、ニャア、と甘えるように鳴いた。

「一週間元気だったか?」

そう言って撫でてくれる手が優しい。
手触りの良い黒の毛並みを撫で、シャンクスはコウに笑いかける。
それから、後ろで荷物を下ろしていたクルーの方を振り向いた。

「お前ら!こいつがコウだ!まだガキだから優しく扱えよ!」

手頃な箱の上にコウをおろしながらそう声を上げる。
途端に、彼女の周囲にクルーが群がった。
その様子を見たルフィが慌ててシャンクスの服の裾を引く。

「何すんだ、シャンクス!コウがめちゃくちゃにされる!!」
「ちゃんと、優しく扱えって言っただろ」

見てみろよ、と彼らの方を指すシャンクスにつられるようにして、そちらを見るルフィ。

―――これがお頭の話してた子猫か。
―――いい毛並みの猫だな。
―――将来有望だ。
―――魚でも食うか?

次々に言葉をかけられる。
しかし、彼らの言葉は、どれも彼女を傷つけるためのものではない。
あたたかさを感じる言葉に、コウの緊張も次第に解れていく。
この人達だったら大丈夫だろうか。
ふと過ぎった可能性を信じてみたくなった。
次の瞬間には、コウは己の姿を人間のそれへと変化させる。
猫の代わりに現れた、小さな少女の姿に、矢継ぎ早に声をかけていたクルーが静まった。
誰もがじっとコウを見つめ、脳内で状況を整理する。

「ほぉ…悪魔の実の能力か」

冷静な声と共に、ぽんと頭に手を乗せられた。
見上げた先には、僅かに笑みを浮かべる赤髪海賊団副船長、ベックマンの姿がある。

「話せるのか?」
「…うん」
「そりゃ結構。意思の疎通が図れて何よりだ」

それを皮切りに、静まっていたクルーらが一斉に自己紹介を始める。
会話が出来ると知ってからは、彼らはコウを猫としてではなく人間として扱った。
奇異の視線を向けられることなく受け入れられた彼女は、自然と笑顔を浮かべる。





「シャンクス…」
「俺のクルーはいい奴らだろ、ルフィ?」
「…うん!!」

08.09.14