Black Cat
出会い  シャンクス編

港を歩いていたシャンクスは、ふと動物の鳴き声に足を止めた。
ニャア、ニャアと聞こえる声はどこか切羽詰ったものだ。
どこかで猫でも溺れているのか?
そう思いつつ、声のする方へと歩いていく。
彼の視界の端に、黒い何かが見えた。
それが路地の方へと抜けるのを見て、彼もそれを追いかける。
見えてきた光景に、彼は苦笑交じりに頬を掻いた。
灰色の大き目の猫が何かに乗りかかっている。
声の主は、どうやらその猫の下から聞こえているようだ。
足早に二匹に近づくと、灰色の猫の首根っこを掴んでひょいと持ち上げる。
結構な体格の猫は、それなりの重さを手に伝えた。

「おいおい。まだガキじゃねぇか」

押し潰されていた、救いを求める声の主は、子猫だ。
解放された子猫は、真っ黒な毛並みに包まれた四肢をブルル、と震わせる。
見上げてくる琥珀の眼がシャンクスを映した。

「ほら、もう苛めてやるなよ」

灰色の猫を脇の木箱の上に置き、代わりに黒い子猫を抱き上げる。
手の中に納まってしまいそうなほどに小さな子猫は、抱き上げられた不安定さにニャア、と鳴いた。

「いい毛並みだな、お前」

手の平に乗せたまま、親指で喉元をくすぐる。
独特のゴロゴロと言う声が聞こえ、シャンクスは笑みを浮かべた。
そして、落とさないように子猫を支えつつ歩き出す。
ふと、ポケットの中の物の存在を思い出す。
小奇麗な木箱の上に子猫を乗せ、それを取り出した。
肌触りの良い赤いリボンだ。
子猫はそれを見つめ、首を傾げる。

「動くなよ」

そう言ってから、子猫の首にリボンを巻いた。
成長した時に巻き直せるようにと、蝶結びにしておく。
子猫の首には余る長さだったのか、少し大きめの蝶が出来た。

「おし!似合うな」
「ニャア?」
「ここに来る前の島で、何か目に付いたリボンでな。どうしようか悩んでたんだ。貰ってくれよ」
「ニャ」

馴染ませるようにフルフルと首を揺らしてから、満足げに一声を上げる。
まるで、シャンクスの言葉を理解しているようだ。
彼もまた、満足げに笑ってから子猫の頭を撫で、先ほどと同じように抱き上げる。

「行きつけの酒場でミルクでも頼んでやるよ」

そう言って笑う赤い髪の人を、子猫は大きな目で見上げていた。













酒場の扉を押し開き、中へと一歩を踏み出す。
まだ朝だというのに、そこには船のクルーが揃っていた。
全員と言うわけではないにせよ、それなりの人数がそれなりの酒のビンを空にしている。

「朝っぱらから元気だなぁ、お前ら」

そう声をかけつつ酒場の中を歩いていけば、おはようございます、と朝の挨拶が四方から飛んでくる。
礼儀正しいものばかりではないけれど、それもまたこの海賊団の良さだ。
カウンター席へと腰を下ろしたシャンクスは、隣の席に子猫を下ろした。
こちらに気付いた店員、マキノに注文しようと口を開いたのだが、彼女が声を上げる方が先だった。

「あら、コウ。お頭さんに連れてきてもらったの?ルフィが心配していたわよ」

シャンクスにも覚えのある少年の名前が出た途端、子猫がピクリと耳を立てた。
ピン、と背筋を伸ばし、マキノを見上げる。

「ルフィなら、さっき裏庭にあなたを探しに行ったわよ」

そう言って裏へと通じる扉を少し開ける。
ひょいと席から降りた子猫は、迷いない足取りで扉の隙間を通り抜けていった。

「…ここの猫か?」
「ええ、そう…ですね。ルフィのお友達です」

何か含みを感じさせる声で、マキノがそう答えた。











程なくして、元気の良い足音が近づいてくる。
バンッと勢いよく扉が開かれ、そこから少年と少女が姿を見せた。
少年の方は、シャンクスもよく知るルフィだ。

「よ、ルフィ」
「シャンクス!コウの言ってた通りだな」

手を上げて挨拶をすれば、元気の良い声が返って来た。
コウ、と言う名前は、今しがた聞いた子猫のものではなかっただろうか。
しかし、ルフィが探していたという子猫の姿はどこにもなく、代わりにルフィよりも小さい少女が一人。
サラリとした黒髪と琥珀色の大きな目が、例の子猫を思い出させた。
そんな少女は、ルフィを追い越してカウンターを回り、シャンクスの傍へとやってくる。
小さな手がシャンクスの上着をちょん、と掴んだ。

「どうした?」

恥ずかしいのか、言葉を繋げずに居る少女に、そう声をかける。
優しい声に安心したのか、彼女はニコリと微笑んだ。

「あの…ありがとう」

小さな声で、けれども確かにそう言った。
その首元に赤いリボンを見つけ、ハッとした表情を浮かべるシャンクス。

「…お前が“コウ”?」
「これ、ありがとう」

そう言って、コウは首に巻かれた赤いリボンに指先を触れる。
ニコニコと満面の笑みを浮かべる彼女を前に、シャンクスは頭の整理に忙しかった。

「ちゃんと理解してたわけじゃねぇけど…そう言うことか」

呟いた言葉が誰かの耳に届くことはなく。
とりあえず、と頭の整理を終えたところで、ガシガシと赤髪を掻く。
赤の上に乗る麦わらが迷惑そうに揺れた。

「ちょっと来い」
「?いいよ」

コウは迷う素振りもなく、立ち上がったシャンクスに続こうとした。

「シャンクス。コウをどこに連れて行くんだ?」
「ちょっとな。お前も暇なら来るか、ルフィ」

振り向きざまにそう問いかければ、彼は悩まず席を立った。
足早にコウの隣に並ぶ。

08.09.13