Warmth  前編

「キルア…」
「………………」

沈黙して目を逸らすキルア。
そんな彼を見下ろし、コウは深々と溜め息をついた。











ここ数日キルアの様子がおかしかった。
とは言え、それに気づいているのは恐らくコウだけだが。
微々たる変化ではあったが、心なしか彼の表情が明るいように思う。

『最近キルア様が食事の残りをお部屋へ持って帰っておられるようです』

内緒にと言われたのですが…とゴトーにそう告げられた時には、思わず溜め息を漏らしてしまった。
あえてコウに話すところが彼らしい。
彼が気づいた以上、キルアの家族が気づくのも時間の問題だと判断するには十分。
仕方なく覚悟を決め、状況が悪い方へ転ばないうちにとコウはキルアの部屋を尋ねた。

「キルア、少し話があるんだけど…」

ノックと共にそう声を掛ければ、慌てたようにドタバタと足音が部屋の中から響く。
こうも挙動不審だと逆に笑えてくるのは何故だろうか。
クスクスと抑えた笑いを零すコウ。
暫くして、彼の部屋のドアが開かれた。

「姉貴?どうしたんだよ」
「話があるの。入らせてもらってもいい?」
「あー…うん。別にいいよ」

戸惑うようにベッドの方へと視線を向けたあと、キルアは頷く。
そんな行動をしていればそちらに隠し事があるぞと教えているようなものだ。
良くも悪くも純粋な子供だな、と思いながらコウは部屋へと入らせてもらう。
パタンと扉が閉じると、彼女はグルリと部屋の中を見回した。
慌てて丸めた毛布やら押し退けたと思しき食器類。
ベッドの脇にはご丁寧に小さな足跡のついたタオルが落ちていた。

「…ねぇ、キルア?」
「な、何?」

見上げるように一瞬だけ絡んだ視線はすぐに逸らされる。
もちろん、コウの方に逸らす要素はないのだからキルアの方から。
互いに沈黙していた二人。
しかし、それはすぐに破られた。

「キャンッ!!」
「!」
「わっ!馬鹿!」

独特の高い鳴き声と共に、キルアにあわせて屈んでいたコウの胸に軽すぎる衝撃が走る。
避ける事も出来たのだがあえて受け止めた彼女の腕の中で、心地よさ気に顔を摺り寄せるそれは…。

「キルア…」
「………………」
















ベッドに腰掛けたコウの膝の上を占領しているのは、黒い毛並みの子犬。
楽しげに彼女の指を甘噛みして尾を振っている。

「一週間も前から内緒で飼ってた訳ね」
「…ごめんなさい…」
「別に謝ってくれなくてもいいけど………こらこら、あんまり強く噛んじゃ駄目でしょー」

ガジガジと奥歯で指を噛みだした子犬に、コウはクスクスと笑いながら歯を解く。
そしてその小さな頭を撫でるコウ。
その手馴れた仕草に、キルアは思わず口を開いていた。

「何でそんなに懐いてんの?」
「ん?あぁ、これでも結構動物は育ててきてるからね」

ミケを拾ってきたのも育てたのもコウだ。
番犬として成り立つようにと躾をしたのはシルバだが。
ミケ以外にも屋敷内の番犬は殆どコウが育てている。

「まぁ、別に育てる事に反対はしないけど…」

手の平に頬を摺り寄せてくる子犬に微笑み、コウはキルアの方を向いて続きを紡いだ。

「最後まで育てられないなら、このまま飼っていて辛いのはキルアよ」
「でも…俺、最後までちゃんと世話するから!」
「…それは私じゃなくてシルバさんやイルミに言わないと」

子犬を抱き上げてベッドへと乗せると、コウはそのまま立ち上がった。
シルバやイルミの名前を出した途端にキルアの表情が翳る。
恐らく、許してもらえるはずがないと思っているのだろう。

「…悪い事は言わないから…早いうちに誰か貰い手を探した方がいいわよ」

それ以上は何も言わず、コウはキルアの部屋を出て行った。














「ねぇ、コウ」
「何?」
「そろそろキルも殺し屋として成長するべきだよね」

廊下を進んでいたコウは、人気のない廊下で声を掛けられる。
むろん、それが誰の物かわかっている彼女はすぐに返事をした。

「ほら、自分が大切にしてるモノを殺す事も体験しておかないと…と思ってね」
「…何で私に言うの?」
「さぁ?コウが聞きたそうだったから」

そう言ってイルミはスタスタと先を歩いていく。
彼の後ろに続きながら、コウは再度溜め息を漏らした。














その翌日、キルアはいつものように食事の残りを部屋へと持ち帰り、子犬に与えていた。

「もうすぐ姉貴がお前の顔見に来るってさ。良かったな~」

そう言って彼はガシガシと子犬の頭を撫でる。
手の力の強さに転がりそうになった子犬だが、それも慣れた事なのか嬉しそうに彼の手へと擦り寄った。
そんな反応すらも嬉しいのか、キルアの顔には終始笑みが浮かべられている。

――コンコン――

「入っていーよ!」

キルアの声に答える代わりに、部屋の扉が開かれた。
ドアの隙間から顔を覗かせたコウに、キルアよりも喜んだのは子犬の方だ。
若干不満げに口を尖らせる彼に、コウはクスクスと笑って足元の子犬を抱き上げる。

「ごめんね、キルア。少し遅くなったけど…」
「別にいいって」
「………キルア、これ読んでくれる?」

コウはふと笑みを消して紙の束を差し出す。
不思議そうに首を傾げながらもそれを受け取ったキルアは手早く読んでいった。
そこに書かれていたのは、数人分の写真と家族構成や性格など。
写真においては家族全員分と彼らが全員集っているような写真の二種類だった。

「…これ、何?」
「この子の貰い手。その中から好きな所を選んでいいよ。私が話を付けてあげるから」
「何で…?」

表情を固くして見上げるキルアに、コウの罪悪感が膨れ上がる。
出来る事ならばこのまま育てさせてあげたいのだが…。

「いつまでも部屋の中で飼ってられないでしょう?」
「で、でも…俺、親父にも兄貴にも話すから…」

そう言って顔を俯けてしまった彼に、コウも思わず腕の中の子犬へと視線を落す。
しかし、この愛くるしく見上げてくる子犬を手放さないわけにはいかないのだ。

「…ごめんね、キルア。考えておいて?明日また…聞きにくるから」

言いながらキルアの手を取れば、彼はビクリとその手を振るわせた。
泣いているのかとも思ったが彼はそれほど弱くは無いだろう。
その腕に子犬を預けるとキルアの視線が一瞬だけコウの方を向く。
彼女の表情を見たキルアは思わず息を呑んだ。

「じゃあね」

すぐに視線を逸らして出て行ったコウ。
握らされた紙と、子犬の重さが腕へと圧し掛かった。

「何で姉貴の方が辛そうなんだよ…」

紡いだ言葉が誰かの耳に届く事はない。

05.11.30