Free act.60
広い庭先で、少年たちが駆け回っている。
一人は銀髪、一人は闇を移したかのような黒髪。
そんな彼らを見つめていたコウは、秒数が残り10秒を指している事に気付く。
彼女は時計を見上げてそっと椅子から立ち上がった。
「キルア、ゴン。そろそろやめにしたら?」
少しだけ声を大きく彼らに話しかければ、彼らが振り向く。
そして、悔しそうに地団太を踏んだ。
「くっそ…!また負けた…!」
「逃げ足速すぎだよ、コウ!」
「はいはい、お疲れ様。と、丁度タイムアップね」
彼女の言葉が終わるや否や、庭の木がガサッと揺れる。
飛び出してきたのは、これまた二組の少年。
キルア、ゴンと同じ色合いの銀と黒の柔らかい髪を揺らし、彼らは一直線に走った。
「「勝ったーっ!」」
「危ないから飛びつかないの」
素晴らしい勢いで弾丸の如く飛びついた彼らを、コウは慣れた様子で簡単にその首根っこを持ち上げる。
完全に勢いを消してしまう辺り、彼女はまだまだ現役だった。
「また止められたね、カイル」
「また止められたな、ルイス」
「止めるに決まってるでしょう。あんな勢いで飛びつかれたら生死に関わるわ」
まるで鏡に映したように、同じ顔立ちの少年は、ステレオのように同時に喋る。
髪の色以外は何一つ変わらない彼らを、それを除いて見分ける事は難しい。
それが出来るのは、恐らく彼らの両親だけだろう。
ちなみに銀髪がルイス、黒髪がカイルである。
「お前ら隠れんの上手すぎ」
「本当だよ。三時間かけて探せないとは思わなかったよね」
キルアとゴンが苦笑交じりに顔を見合わせ、そして少年達の頭をポンと撫でた。
ここ数年で、まるで竹の子の如く成長した二人。
今となっては、見上げていたコウまであと少し…と言った感じだ。
まだ頭半分ほど彼女の方が身長は高い。
「キル兄、ゴン兄」
「約束は守ってよね?」
屈託の無い笑顔でにっこりと笑うカイルとルイス。
彼らに、キルアとゴンは肩を竦めて頷いた。
まさか少年達が勝つとは思って居なかった二人は、勝負の前に勝ったら
「何でも一つだけ言う事を聞いてやる」
と約束を交わしていた。
勝負は簡単。
三時間以内に屋敷を中心とする半径500メートルの範囲に隠れたカイルとルイスを見つけ出すと言うもの。
「で、カイルとルイスは何が欲しいの?」
屋敷のすぐ脇に設置されているテーブルに五人は集まっていた。
メイドから受け取ったティーセットを慣れた手つきで用意していくコウの向かいで、ゴンが問いかける。
彼らは一度顔を見合わせて、そして今度は口を合わせた。
「「修行!」」
「…はぁ?俺らに鍛えろって言うのかよ?」
そんなの自分の父親に言えよ、とキルアは怪訝な表情を浮かべる。
ゴンも不思議そうに首を傾げていた。
彼らの傍らで、その理由を知っているコウはクスクスと笑う。
「違うって」
「キル兄も修行したって言う天空闘技場に行きたいんだ」
「でも、その許可くれないんだよ。父さんが」
「だからね、父さんの許可が欲しいの」
立て続けに交互に話しているが、上からカイル・ルイス…の順だ。
声も一緒なので、どちらが発しているのかをそれだけで特定する事は出来ない。
彼らの言葉にキルアとゴンは目に見えて固まった。
髪一筋すらも凍ってしまったかのようである。
「………許可?」
「うん!」
「………カイルとルイスの…お父さんに?」
「うん!」
「………俺らが?」
「「うん!」」
油の足りない機械のような動きを繰り返し、キルアとゴンは只管表情を青くしている。
すでにコウは堪えきれないといった様子でテーブルに伏して肩を震わせていた。
「そ、んなの俺らに頼まずに母親に言えよ!目の前で笑ってんのに!!」
キルアが声を荒らげてビシッとコウを指差した。
何とか回復した彼女は目じりの涙を指で拭いつつ肩を竦める。
「無理よ。私のところに一番に来たんだもの」
結果は、現状を見れば言うまでもない。
頭を撫でつつ「私に勝つか、もう一年待ちなさい」と言われてしまえば彼らにはどうする事も出来なかった。
と言うよりも、はっきり言うとコウに勝てた時点で天空闘技場に行く理由はなくなるのだが。
そんな遣り取りもあり、彼らの期待はキルアとゴンに向けられている。
「あー…他のものにしない?何か買ってあげるよ」
「別にそれ以外は、今欲しいものないよ」
「ほら、何でも買ってやるから!」
「いらないってば、キル兄。母さんに頼めば大抵の物は買ってもらえるし」
事も無げに、キルアの言葉に返事をするカイルを見て、彼はそうだったと肩を落とす。
すでにカイルとルイスの中ではお願いはこれに決定されているようだ。
後はキルアとゴンの二人が頷くしか道は残されておらず、それも時間の問題。
そう思われていたその時、新たな人物の登場だ。
一番にそれに気付いていたコウが微笑みを浮かべてその名を呼ぶ。
「イルミ」
「また来てたの?」
その落ち着き払った抑揚の無い声に、キルアとゴンの肩がビクリと揺れる。
対してカイルとルイスの表情に笑みが迸った。
そして、次にキルアたちに期待の眼差し2セットが向けられる。
「………兄貴、こいつらが許可欲しいって言うんだけどさ…」
「何の?」
「天空闘技場に行く許可…」
「あぁ、それ?駄目だよ。まだ早いね」
イルミはコウの隣に空いていた椅子に腰掛ける。
即座に帰ってきた返事に目に見えて肩を落とす四人。
期待を打ち砕かれた者二人と、これを説得しなければならない二人。
どちらも大変そうだとコウは苦笑を浮かべた。
「…まぁ、条件をクリアすれば行ってもいいよ」
用意された紅茶を片手に、彼は淡々とそう言った。
自身の言葉が四人を喜ばせるという結果などあまり気にしていない様子だ。
「この二人を捕まえて俺のところに生きて連れてくる。それが出来たら許可してあげる」
「…へ…?そんな事でいいのかよ、兄貴」
拍子抜け、といった様子でキルアが声を上げる。
二人の味方となっているキルアらを捕まえる事が課題ならば、あまりにもこちらに分がありすぎるだろう。
彼らがほんの少し油断していればいいわけなのだから。
「あぁ、キルアとゴンは全力で逃げなよ。手を抜いたら俺が直々に修行しなおすからね」
「「………カイル、ルイス。ごめん。手加減できなくなった」」
一字一句違える事無く声を揃える辺りに、彼らも長い付き合いだなぁと妙なところで感じてしまう。
そんな空気を読んでいるのか、いないのか。
イルミは窓の向こうに見えた時計の針を読み取り、そして口を開いた。
「10秒後にカイルとルイスがスタートね。範囲は島全体」
「「広っ!」」
「時間は…そうだね。今から約2時間後の日没まで。んじゃ、キルアとゴン。行っていいよ」
まるで追い払うような仕草さえ見せ、イルミはそう言い切る。
何を考えるでもなく、とりあえず彼らは走った。
掴まれば一ヶ月はこの島から解放してもらえない。
一瞬で胡麻粒サイズになった彼らの背を見送る事10秒。
カイルとルイスも同じくらいのスピードでその場を走り去った。
「…結局紅茶を一口も飲まなかったのね、あの子達…」
すっかり冷めてしまった4つのカップを見下ろし、苦笑いを見せるコウ。
2時間は帰ってこないのだから残しておいても無駄だろうと、それらをトレーに戻す。
「あんまり可哀想じゃない?キルアとゴンを捕まえて来いだなんて…」
「自分に勝てって言うよりマシだと思うけど」
「…まぁ、確かに…」
「双子なんだから、連携すれば出来ない事も無いと思うよ。………それに気付けば、だけど」
「………一人ずつ飛び掛るでしょうね、あの子達の性格なら」
子供の頃のキルアにそっくり、と彼女は笑った。
その眼差しは言葉では言い表せないような慈愛に満ちたもの。
自身の息子達へと向けられる眼差しとしては、至極自然なものなのだろう。
「あ」
「何?」
不意に、伸びをしていたコウが声を上げる。
律儀にもそれに答えたイルミの視線が彼女へと向けられた。
それに答えるように、コウは優しく微笑んだ。
「おかえりなさい、イルミ」
「………ただいま」
「まだ言い慣れないの?4年以上も続けてるのに」
「習慣じゃなかったからね」
「あら、じゃあ習慣にしないと」
月日は彼女を確実に大人の女性へと成長させていた。
イルミに自身の想いを伝えてからすでに4年と少し。
あの頃よりも大人びた顔立ちは美しく、ルイスへと受け継がれた銀髪も緩やかに彼女の肩を流れる。
ただ少し違うのは…纏う空気の優しさが増したという事だろうか。
恐らく、それは母性とでも呼ぶのだろう。
「何か…平和よね」
コウは青く澄んだ空を見上げてポツリと呟いた。
彼女の今まで人生、その半分は激動の最中であったといっても決して過言ではない。
周囲も然る事ながら、彼女自身はいつでも忙しなく変化していた。
そんな頃を思えば今の静けさは平和以外の何物でもないだろう。
カイルとルイスが生まれてからというもの、流石のコウも仕事の方は控えるようになっている。
ゾルディックからの要望があれば動くし、家で出来る程度の仕事もこなしていたが。
今は仕事よりも、日々成長を続ける彼らを鍛える事が楽しいようだ。
「さて…あの子達はイルミの課題をクリア出来るのかしらね?」
「多分無理だよ」
「………まぁ、キルアたちも日々強くなってるし…当然か…」
あれだけせがむのだから、行かせてやりたいという気持ちはある。
だが、如何せん場所が場所なだけに、まだ4歳の彼らを連れて行くには危険極まりない。
彼女としては、頷くには少なくともあと一年は欲しいところだった。
「カイルとルイスに捕まるようなら、本気で鍛えなおさないとね」
「…ほどほどにね」
イルミの『鍛えなおし』に覚えのあるコウは、その時のキルアとゴンを思い出して苦笑を浮かべる。
険悪だったイルミとゴンだが、コウを通じてキルアの友人程度には認められるようになっていた。
今頃本気で逃げ、そして本気で追っているであろう4人を思う。
ただ怪我をしないようにと彼らの無事を案じるコウだった。
The End.
04.06.27 ~ 06.06.27