Free Ending イルミ
「断る」
「は?」
短い返答に今度はコウが間の抜けた返事を返す。
まさか断るという答えが返ってくるとは思っていなかったらしく、状況を把握するまで時間を要した。
「一人でどうにかするつもり…なの?」
「別にコウの手助けは必要ないだろう。それよりも、お前は自分の事を考えたらどうだ」
「私の…」
「ゾルディックの………いや、イルミの事だな。いつまでも逃げるのはお前らしくない」
クロロはそう言って溜め息を吐き出した。
本当ならばここまで言いたくはない。
彼女が逃げ続けるというならば、自分は彼女を傍に置いておけるのだ。
だが、それは彼女のためではないと判断した。
クロロは言葉を失うコウを前に、自身のケータイを取り出した。
そしてリダイアルから目当ての番号を呼び出し、それに繋げる。
「…俺だ。…いや…依頼じゃない。迎えに来てやれ。流石にここから帰るのはこいつでも骨が折れるだろう」
「ちょ、クロロ?」
「飛行船を使えよ。ああ。それだけだ」
ものの一分ほどの会話は余韻も何も無くプツリと切られる。
やや乱暴にケータイをポケットに押し込むと、彼はコウを見た。
「イルミが迎えに来るだろう。お前は早くここから立ち去れ」
「………」
「コウ=スフィリアは今この時から幻影旅団のメンバーではない」
仲間だとそう言ってくれた唇はそれを否定した。
感情を出すなといわれても、普段の無表情は彼女に馴染まず、暗殺の時のみそれを実行してきたコウ。
だが、表情豊かな彼女は、彼の言葉にそれを完全に消し去った。
「…そう」
静かにそう答えると、そのまま表情を変えずに踵を返す。
迷いの無い行動に、クロロは見送るべきその背中を呼び止めてしまった。
彼の声に振り向いた彼女は依然として変わらず、ただ無機質な視線を投げ返す。
「迎えならもう来たわ」
寄り添うルシアの背を一度撫で、コウは空を仰ぐ。
真っ青な空に白銀のボディを持つ飛行船が浮かんでいた。
「じゃあ、元気でね」
彼女の行動を理解していたのか、飛行船は下りてくることなく頭上から梯子を下ろす。
いつの間にかルシアとスノウの姿は消えていて、彼女は単身その梯子に足をかけた。
最後にそういい残すと振り返る事無くそれを昇っていく。
彼女の姿が機内へと消え、そして飛行船が徐々に小さくなっていくのをクロロは最後まで見送った。
「…あー…態々あんな表情をさせてまで背中を押す必要なんかあったのか…?」
自身の行動を振り返り、クロロは苦笑を浮かべた。
黒髪に指を通して掻き揚げると、整えたオールバックが乱れる。
「ま、コウが笑っていられるならどこでもいいか」
そう言って、彼は遥か東の方角へと向き直る。
たまには他人の占いを信じて進んでみるのも悪くは無いだろう。
「何があったの?」
コウと顔を合わすなり、イルミは眉を寄せてそう問いかける。
とは言っても、彼の表情の変化は恐らくコウにしか悟れないだろう。
「…旅団を抜けた」
「………へぇ、珍しい。あれだけ執着したのに簡単に手放したんだ?」
「団長命令」
コウはシートにどさりと座り込むと、ゆっくりと目を閉じた。
すぐに近寄ってくるスノウとルシアの毛並みを撫で、高ぶりを抑えようと深呼吸を繰り返す。
「それでそんな無表情なわけか…」
恐らく、そうしなければ冷静を欠いてしまうと思ったのだろう。
彼女は最後の一歩の所で自分を抑えてしまう。
それを抑制する鍵は、自身の表情を消し去る事だ。
無駄だと判断した事には一切手を出さない暗殺者としての自分を引きずり出す事により、平常心を抑え込む。
「…逃げるなって」
ポツリとコウはそう漏らした。
閉じていた目はいつの間にか開かれており、心なしか表情も戻ってきている。
その目は哀しみを帯びていた。
「クロロ、そう言ったのよ」
「………そう」
「何の事かはわかってる。…今までずっと引きずってごめん。これから考えるから…もう少しだけ待って」
そう言うとコウは自身の腕で目を覆って、その表情を隠してしまう。
立っていたイルミはそのことに静かに息を吐き出し、彼女の隣に腰を下ろした。
飛行船の方は自動操縦にしてあるので特に気にかける必要は無いだろう。
ポスンと当たり前のように肩にかかって来る重みを咎める事は無い。
悩むように虚無を眺めるコウの目を、彼はぼんやりと見つめていた。
最初の一歩は踏み出された。
この後の歩みを進めるも止めるも、彼女次第である。
06.04.01