Tone of time
Wand of Fortune another story

今日も今日とて、満面の笑顔でやってくるルルに、エストは呆れたように溜め息を吐いた。
彼女は、どれだけ突き放そうともこうして彼の元へとやってくる。
一人を好むエストにとって、土足で勢いよく踏み込んでくる彼女は、どちらかと言えば苦手なタイプだった。
何をどう思って、自分の所に顔を出すのか―――彼女の心境は、古文書の謎よりも不可解だ。
そんな日々が続けば、いくら人付き合いの少ないエストとて、彼女の来訪にいくらか慣れてくる。
突き放しても無視しても、変わらずやってくるのだから仕方ない。
適当に相手をして追い返すのが一番だと諦めたのは、彼女の顔を見続けて一週間の頃だったと思う。

「あのね、エスト」
「…また、何かわからないんですか」
「う…そうなんだけど、そうなんだけど…!」

また、と言う部分を強調すれば、流石の彼女も嫌味だとわかったようだ。
頬を赤くして、少しだけ拗ねたように口を尖らせる。
お世辞にも優秀とは言えないルルは、よくよく課題に躓く。
何のひっかけ問題でもないようなところでも、自ら壁を作る。
つくづく、エストには理解不能だった。

「どこがわからないんですか?」
「えっと…」

さっさと終わらせてしまおう、そう思って、彼女の持つ教科書を覗き込む。
サラリと流れてきた前髪が、少し邪魔だと感じた。

「何でこんな所で躓くんですか…。いいですか、ここは―――」
「あ」
「?」

説明を始めようとした矢先、ルルが声を上げた。
まさか、説明するまでもなくわかったのか―――そう思ったのは間違いだと、彼女の目線を追って気付く。
彼女の目は手元の教科書を見ておらず、このベンチから見える風景、食堂の入口へと向けられていた。

「あれって、アルバロよね?隣にいるのって、もしかして…恋人、なのかな?」

少しわくわくした様子の彼女の声を聞きながら、自分の迂闊さに頭痛を覚えた。
アルバロと並んでいる人物に、覚えがないわけがない。
接触は避けられないと、否応なしに理解する。
諦めたような目で、ルルと同じように二人を見つめていると、何かを話していたアルバロと視線が合った。
おや、とした表情の後、企みを浮かべるその目。
内緒話をするように、アルバロが彼女の耳元へと顔を寄せ、こちらを指差した。
違う方向を見ていた彼女が、指先を追うようにしてエストたちの姿を捉える。
そして、穏やかに微笑んでこちらへと歩き出した。

「初めまして?可愛いお嬢さんね」
「は、初めまして!」

緊張したように背筋を伸ばすルルを横目に、人知れず溜め息を零す。
そんなエストの様子に、クスリと笑いを零すコウ。

「エストが女の子と一緒なんて…明日は雨が降るかもしれないわ」
「一緒にいたわけじゃありませんし、ラティウムに雨は降りません」
「そうよね…少しくらい雨の日があってもいいと思うんだけど。ところで、エスト。前髪が落ちてきているわ」
「あぁ…ビーズが緩んでいるみたいですね」
「こっちへいらっしゃい。直してあげるから」
「…………」

手招きをするコウに、逆らう様子もなく腰を上げるエスト。
え?と戸惑うルルに気付かず、エストはコウの前まで近付いた。
堪らず、入れ替わるようにやってきたアルバロのローブを掴む。

「ね、ねぇ、アルバロ!!どうしてエストがあんなにも素直なの!?」
「ん?もしかして、ルルちゃん…ヤキモチ?」
「もう!はぐらかさないで!」
「はは、ごめんね。で、どうしてエストくんが素直なのかって?んー…見ていて気付かないかな?」
「見ていて…?」

そう言われ、ほんの少しだけ平静を取り戻したルルは、改めて二人を見てみる。
残念ながら二人の会話は小さく、彼女の元までは聞こえないけれど…見ていれば、何かわかるのだろうか。



慣れた様子でエストの前髪からビーズを外し、優しく髪を梳く。
そうして、改めて前髪を留めていく彼女の横顔の、何と優しい事か。
エストもまた、嫌がる素振り一つなく、彼女の指先を受け止めている。

聞かずとも、小さく交わされる会話の温度差は、ないに等しいのだろうとわかる空気。

「…とっても仲良しだって事がわかるわ」

明らかに拗ねていますとわかる顔で、小さく呟くルル。
そんなルルを見て、アルバロは笑い出したくなる衝動を抑え込む。
確かに、あの二人を見ていて仲が悪いと思う人間はいないだろう。
寧ろ、少しでも普段のエストを知る人物であれば、二人の関係を邪推しても何ら不思議ではない。

「ルルちゃん、ルルちゃん。膨れた顔も可愛いと思うけど、女の子はやっぱり笑顔じゃないと」
「だって…!エスト、いつも私には意地悪や嫌味ばっかりなのに…」

絶対言ってない、と断言する彼女は間違っていない。
けれど、根本的な所で間違っている彼女に、苦笑が浮かぶ。

「意地悪なエストくんは嫌い?」
「嫌いじゃないけど…!あんなに親しいと―――」
「心配になっちゃうわけだ」

無理はないね、と肩を竦めると、ルルがそのままの表情でアルバロを見つめてきた。

「どうしてアルバロは平気なの?あの人、アルバロの…恋人じゃないの?」
「うーん…まぁ、世間一般的にはそうだろうね」
「じゃあ、どうして心配しないの?」
「必要がないから」

間髪容れずに答える彼。
わからない、とルルは首を振った。
ただ一言、コウとエストの関係を教えれば、彼女の憂いは晴れる。
それを理解しながら、教えないのがアルバロだ。
それから程なくして、二人が近付いてくる。

「待たせたわね、アルバロ。それから…お嬢さんも。エストを借りたままでごめんなさい」
「い、いえ!大丈夫です!全然気にしてません!」

気にしていない、ようには見えないけれど。
心中でクスリと笑い、彼女の本心には気付かなかった振りをする。

「そう良かったわ。ところで、お嬢さんのお名前は?私はコウと言うの」
「あ、私はルルです!」
「ルル―――お嬢さんにぴったりな良い名前ね」
「ありがとうございます!」

パッと笑顔を輝かせたルルだが、すぐに言葉を詰まらせてしまう。
言おうか、言うまいか。
悩む彼女の心が手に取るようにわかるコウとアルバロは、俯く彼女の前でアイコンタクトを取った。

「……………あ、あの!」
「ところで、ルル。こうしている間にエストが寮に帰ってしまいそうだけど…」

意を決した様子で顔を上げたルルには申し訳ないけれど、既にエストが歩き出している。
これを教えないと言うのも不親切だろうと、エストの背中を指差した。

「あぁ!!エスト待って!!」

決意を忘れたように、優先順位がコロリと入れ替わる。
走り出すルルの背中を見つめ、コウは、微笑ましいわね、と笑った。

13.02.11