Tone of time
Wand of Fortune another story 19
「そう言えば、退院したんだね。おめでとう」
普通に会話をしていて、唐突に飛び出した言葉。
悪気のないユリウスのそれに、アルバロが肩を竦めた。
「…本当に今更だね」
「コウが心配そうだったよ。授業中も、上の空だった」
本を探しにパルーの元へ向かったコウは、今この場にはいない。
男二人の会話は、傍からはどんなふうに見えているのだろうか。
「へぇ…失敗でもした?」
「ううん、その逆。難易度の高い魔法を次々に、しかも完璧に成功させて…うん、あれはすごかった」
嬉々として語るユリウスに、なるほど、と思う。
それは確かに、コウらしくない。
彼女はいつでも本気を出さず、優等生の範囲に収まるよう、自らの魔力を巧みに調節している。
「そう言えば、最近は休講になる授業が多いんだ」
「…それは…コウの所為だね」
「何で?」
首を傾げるユリウスは、本当にわかっていないらしい。
休講になっている科目を聞けば、どれもプライドの高さと実力が比例しない教師の担当ばかりだ。
大人以上の実力を見せつけられ、自信を喪失したのだと察するに難しくない。
高く長く伸びていた鼻を、思い切りへし折ってしまったのだろう。
もちろん、本人にその意図はなかっただろうけれど。
「コウは本当に優秀だね。闇属性の魔法もそうだけど、それと並ぶくらいに光属性の魔法も得意みたいだ。
あれって、どういう事なのかな?」
「…それは、俺に答えを求めてるの?」
「ううん。アルバロなら何か知ってるんだろうって思っただけ」
否定しているが、その目は答えを求めている。
そして、アルバロがその答えを持っていると信じて疑わない。
真っ直ぐ自分に向けられた視線に、アルバロは静かに目を細めた。
「知らないとは言わないけど…コウの秘密を俺が話しちゃ駄目だよね」
「…そっか…やっぱり、アルバロは知ってるんだ。なら、聞けば教えてくれるかな」
ぶつぶつと呟くユリウスの思考の中に、既にアルバロの存在はない。
他人の秘密を明かせないと言った部分は完全に聞き流されていた。
別にいいけどね、と肩を竦めたところで、向こうから歩いてくるコウが目に入る。
目当ての本を借りられたのか、その腕には2冊ほどの本が抱えられていた。
「お待たせ。参考になりそうなものを借りてきたけれど―――」
「ねぇ、コウ。聞きたい事が―――」
「見つけたぞ、ユリウス!!」
コウの声が遮られ、それを遮ったユリウスの声が、第三者のそれにより遮られる。
興奮し、そして怒りを含ませた声に、三人の視線がそちらを見た。
つかつかと歩み寄ってきた声の主、ノエルはコウとアルバロなど目に入らぬ様子でユリウスへと一直線だ。
「やっと見つけたぞ!やっぱりあの本はお前が借りていたんじゃないか!!」
「え?どの本の事だっけ?」
「昨日の話をもう忘れたのか!?マシューが部屋で見たと言っていたぞ!!」
「うーん…昨日はたくさん借りたから、あまりよく覚えてないけど…」
「なら思い出せ!!ええい、ここじゃ埒が明かん!!」
行くぞ!!と言うと、ユリウスを連れて図書館を出て行った。
それを見送った二人は暫しの間、閉じられた扉を見つめ…何事もなかったように、課題に取りかかる。
課題そのものの難易度はさほど高くはなく、寧ろ問題なのはその量だった。
流石にコウが代筆すればお咎めがあるかもしれないので、別紙に内容の要点のみをまとめていく。
それだけで、アルバロは彼女が用意した本を殆ど活用する事無く、次々に課題を片付けていた。
知識がなければできる筈のない課題もあり、コウは心中で感心する。
「(何だかんだ言っても、意外と博識よね)」
コウの作業は既に終わっており、あとはアルバロの仕上がりを待つだけ。
羽ペンを置き、彼の作業を見つめていたコウは、そんな事を考えていた。
普段の言動や素行を見ていれば、とてもではないが優等生とは言えない彼。
しかし、勉学の知識としては教師陣に勝るとも劣らない。
特に、魔法薬学の分野においてはそれが顕著に表れている。
「…先生が蒼褪めそうね」
完璧以上の仕上がりを見せる羊皮紙を手に、そう呟く彼女。
それを聞いたアルバロは、先ほどのユリウスとの会話を思い出し、思わず小さく笑った。
「君のセリフじゃないと思うよ」
「?」
「最近、休講になる授業が多いって?」
「ええ。先生方が忙しいそうよ」
困ったものよね、と呟く彼女は、まるで状況を理解していないようだった。
それは、頭の良い彼女には珍しい事だ。
アルバロは手を止めて彼女を見つめ、ふと気付く。
「もしかして、原因がわかってない?」
「休講になっている理由?だから、研究が忙しいからと聞いているわ」
「…気付いてないんだね」
意外と言えば、意外だ。
なるほど、と口角を持ち上げたアルバロに、コウが怪訝な表情を浮かべる。
彼の笑みの質が、何となく良くない物だと勘付いたのだろう。
「授業、上の空だったって?」
「そう…だったかしら。ユリウスが言ってたの?」
アルバロの言葉を警戒しながらも、首を傾げる彼女を見て、そこも無自覚か、と小さく呟く。
「魔法がすごかったって言ってたよ。珍しいね、コウが魔力の調整を間違えるなんて」
笑顔でそう言うと、コウは考えるように黙る。
そんな彼女に、アルバロは止めの一言を告げた。
「そんなに俺が心配だった?」
コウの時間が止まった。
まるでそこだけが世界から切り取られたかのように、瞬きすら忘れている。
やがて、時間が動き出すと、彼女の頬が赤く染まった。
「っ」
漸く、自覚したらしい。
初めての反応に、アルバロは軽く目を見開いた。
未だかつて、彼女がこんな風に反応した事があっただろうか。
距離が縮まっただけで、特に何も変わらなかったと思っていた二人の関係は、やはりどこか変化していたらしい。
「コウの中に“照れる”なんて反応があったんだね」
「お願いだから黙って…っ」
自分でも頬の熱をどうしようもないのだ。
隠すように口元に手を当てた彼女は、そのまま視線を下へと落とす。
いや、落とそうとした矢先、顎を掬われて逆に上を向かされてしまった。
視線の先にはラズベリルのような瞳。
ふわりと重なる唇。
「―――うん。“可愛い”って言うのは、何となくわかってきたかな」
こっちは困惑だらけなのに楽しげに笑う彼が少しだけ憎らしい。
けれど―――この時間が、とても愛しいと思った。
11.02.20