Tone of time
Wand of Fortune another story 01
「ねぇ、アルバロ」
「何だ」
誰もいない場所を求めて歩き、たどり着いた場所。
校舎裏にひっそりと聳える大きな木は、樹齢百年を超える。
けれど、それ以外は何もないこの場所は、生徒にはあまり人気ではないようだ。
今までも何度か足を運んでいるけれど、ここでアルバロ以外の人を見た事はない。
自他共に認める快楽主義者であるアルバロが、逃げるようにここを目指すのには理由がある。
偽りの姿を演じ続けるのも、時には面倒になるらしい。
「今日ね、告白されたの」
木の根を枕にして横たわっていたアルバロが、薄く目を開いた。
そこに、笑顔で人をからかう飄々としたアルバロの名残はない。
背筋が逆立つような感覚を抱く目が、コウを見上げた。
「…物好きもいたものだな」
「自分でもそう思うけれど…あなたに言われると、微妙な気分ね」
「それで?お前は俺にそれを教えて、どうしてほしいんだ?」
恐らく、その答えが彼を楽しませるものだったならば、彼は望むままに動いてくれるだろう。
しかし、そこに自身が求める楽しみがないのであれば、動かない。
彼はそう言う人間だ。
「私はあなたが好きなのかしら」
「…は?」
「“アルバロが好きなのか”と聞かれたわ。私は答えなかった。自分でもわからなかったから」
だから、どうなのかと思って。
コウはまるで他人事を話しているかのように、淡々と言う。
「俺に聞くな」
「…それもそうね」
突き放した答えにも、彼女はあっさりと頷いた。
アルバロは無言で彼女を見る。
彼女はよく笑い、よく話し…エストに比べると、感情が豊かだと思う。
けれど、その本質はやはりエストと同じだ。
人との間に作る壁を、人に見せるか見せないかの違い。
エストに関わる事以外は基本的には無関心な性格なのだろう。
その人当たりの良い外面すらも、エストのためだ。
―――ごめんね、少し不器用な子なの。
彼女が困ったように微笑んでそう言えば、大抵の者は流される。
彼女の仮面の笑顔と空気に騙され、エストへの負の感情を見失うのだ。
「…コウ」
「何?」
本を読もうとしていた彼女の腕を引く。
ほんの少し目を見開く以外は殆ど表情を変えず、彼女はアルバロの下にいた。
「何か感じるものは?」
「…特に、何も」
押し倒され、息がかかるほどの至近距離にいる相手に何も感じない。
そんな相手を好きなのだろうかと悩む必要がどこにあるのか。
「何となく、あなたの言いたい事はわかったわ」
要するに、コウはアルバロに恋心を抱いていない。
アルバロはそう言いたいのだ。
納得できたらしいコウがアルバロの肩に手を添えた。
退いてくれ、と言う意思表示に、彼は少し考える時間を作る。
そして、彼女の手を取り、短く整えられた芝生の上に縫い付けた。
「アルバ―――」
怪訝そうに名を呼ぼうとする唇を塞ぐ。
呼吸すら奪うようなキス。
冷静だったコウも、時間が経つにつれ徐々に表情を変化させる。
拒むというよりは半ば条件反射的に手に力を込める彼女を、それ以上の力で押さえ込む。
「…ど…して?」
数秒か、十数秒か。
唇を離した時、彼女は脱力した様子でそう問いかけた。
息継ぎもろくに出来なかったのか、彼女の呼吸は荒い。
「どうだった?」
「どう、って…」
「嫌だと感じたなら、お前は俺を好きじゃない。だが、もしそうじゃないなら…」
「………嫌、ではないわ。でも、望んでいたかと言われれば違うと思う」
そう答えるコウを、やはり無言で見下ろすアルバロ。
一体、彼は何を考えているのだろうか。
コウもまた、無言で彼を見上げた。
どれほどの時間そうしていたのか。
やがて、アルバロが身体を起こしてコウから距離を取る。
そして、彼は倒れこむ彼女の手を掴み、起こした。
「告白が面倒なら、協力してやってもいい」
「…具体的に、どう言う風にして?」
問いかけるコウに、彼は何も言わずに笑顔を返す。
その内容を教えるつもりはないと言う意思表示。
コウは溜め息を吐き出した。
「そうね。協力…してもらうわ」
何が起こるのかはわからないけれど、きっと彼にとっては面白い展開になるのだろう。
コウ自身も同じように感じるかといえば答えは否だが―――この時は頷く事が、正解だと思った。
アルバロは楽しげに目を細めてから立ち上がる。
そして、彼女に向かって手を差し出した。
「じゃあ、行こうか」
皆の知る“彼”の表情、声色。
聞き慣れてはいるけれど、やはり違和感を抱く彼に手を取られながら、ゆっくりと歩き出した。
学校から帰ってきた者、少し早い夕食へと向かう者、娯楽室や自習室へと向かう者。
玄関ロビーは、多くの生徒で賑わっていた。
コウ達もまた、そこへと帰ってくる。
庭を抜ける時点で手を離そうとしたのだが、アルバロはコウの行動を笑顔一つで制した。
そのまま手を繋いだままロビーへと入る。
思うままに過ごしている生徒たちは、殆どが二人の様子など気にも留めていなかった。
コウに告白する生徒がアルバロの名前を出す程度には、二人の親交が深い事が知られている。
「コウ」
決して大きくない声で、彼が彼女を呼んだ。
見るともなしに周囲に視線を向けていた彼女が彼を見上げる。
アルバロはにこりと意味深な笑みを浮かべた。
あ、まずいかも―――逃げた方がいいと思うよりも先に、繋いだ手をぐいっと引っ張られる。
当然、油断していたと言うか全く警戒していなかったコウは引かれるままに彼に近付いた。
「え!?」誰かの戸惑いの声が伝染して、周囲の意識が原因を探す。
必然的に数多の視線が二人へと集中し、ロビーから声が消えた。
息が苦しくなるギリギリのところで、ゼロの距離にいたアルバロが離れる。
しかし、依然として腰を抱かれたままで、彼との距離自体はさほど変わっていない。
「俺のだから―――手を出さないでね」
周囲を一瞥して、彼は笑顔でそう言った。
10.07.22