Topaz  01 後編

「紅、怪我はないのか?佐倉も」

ランニングを終えた手塚がベンチに座る紅に声をかけた。

「ちょっとー。私はついで?」
「いや、そう言うわけじゃ…」
「こらこら、悠希ってば。国光をからかわないでよ。私達は大丈夫よ」

紅の返事を聞くと、手塚はすぐに練習へと戻っていった。
二人は再び練習風景に視線を向ける。

「ねぇ、私達が本来見るべきなのは女テニよね」
「んー?でもいいんじゃない?私としてはこっちを見てる方が面白い…」
「あんた女なんだからこっちには入れないでしょーが…」

呆れた、と溜め息をつく悠希ではあるが、紅の返事などわかりきっていたのだ。
まず、紅の目が違う。

「ホントに好きよね」
「うん。悠希も覚えれば好きになるよ」
「どうでしょうね。兄貴がやっててもやりたいと思わなかったんだな、これが」
「…あの人のテニスではそう思っても仕方ないよね…」

悠希の兄の存在を思い浮かべて、紅は苦笑を浮かべる。
彼女の言葉にキチンと返事を返しながらも、紅の視線は練習風景に釘付けだ。

「役に立ちそう?プレースタイル“コピー”の紅さん」
「んー…体力・筋力が若干足りないだろうって言うのはあるけど…まぁ、それなりにね」

紅はクスリと口元に笑みを浮かべた。

「見ただけでそのまま返せる人がよく言うよ…。ま、紅なら女テニじゃ満足できないでしょうね」
「うん。だって「馬鹿そっちは!!」」

紅の声を遮るようにして怒鳴り声が上がる。
またボールが飛んでくるのかと二人が構えたが、そうではなかった。
声の後に派手な音が響き、ボールカゴを巻き込んで転倒した部員の姿が目に入る。

二人が同時に立ち上がる。

「悠希!」
「はいよ!」

悠希はすぐさま部長の元へと走り、紅は倒れた部員へと駆け寄る。

「部長さん!救急箱貸してください!」
「もちろんですけど…」
「あぁ、大丈夫ですよ。彼女は治療に関してはかなりの知識がありますから。お借りします!」

悠希は急いで紅の元へと駆けて行った。












「動かさないでくださいっ!!」

周りに集まっていた他の部員に向かってそう叫ぶ。
紅はその合間を縫うようにして進み、部員の傍らへと跪いた。
倒れたボールカゴの金具が腕を裂いたらしく、赤い血が滴り落ちている。

「紅!救急箱借りてきたよ」
「ガーゼ出して」
「了解」

傷口自体はさほど大きくないらしく、ガーゼを当てて暫く押さえれば血は止まった。
それでも一応腕を持ち上げたまま暫く固定していると、紅がふと部員の足を見つめる。
だが、その時は何も言わずに再び腕に視線を戻した。

「…もう大丈夫ですね。悠希、消毒液。その後ガーゼで包帯」
「ん、消毒液」

悠希からそれを受け取り消毒を施すと、紅は黙って手当を進める。


周囲の部員達は口を挟む事ができなかった。
包帯を綺麗に巻き終え、紅が漸くその腕を放す。

「動かせますか?」
「え?あぁ…大丈夫みたいだ。ありがとう」
「いいえ。浅い傷ですから治るまでそんなに時間はかかりませんよ。一応毎日消毒はしてくださいね」

そう言って紅は微笑んだ。
手当された部員だけでなく、周囲の部員までもが頬を赤く染めている。
そんな様子を見て、悠希は苦笑交じりに肩を竦めた。

「それより…」

思い出したように紅が呟く。
そして救急箱の中から太めの包帯と冷却スプレーを取り出した。
そのまままだ立ち上がっていない部員の足首を掴む。

「~~~~~~っ!!!」
「やっぱり。捻挫ですね」

そう言うと、十分に冷却スプレーで冷やした後包帯で固定していく。











「おや、何事だい?」
「竜崎先生…マネージャーが見つかりましたよ。それもとっておきの」

部活へと顔を出した竜崎先生に向かって大和がそう言った。
首を傾げながらも人ごみの中心へと歩いていく。

「ほらほら!お前達何をしてるんだい!ちょっと通しな!」

顧問の声を聞くと、瞬く間に中心までの道が開いた。
そこにいた女子生徒を見て竜崎先生が目を見開く。

「雪耶じゃないか!」
「ん?あ、竜崎先生。お騒がせしてます」

紅がぺこりと頭を下げる。
隣で悠希が首を傾けていた。

「誰?」
「男テニの顧問の先生」
「ほぉー…手当の正確さは相変わらずだねぇ、雪耶」

彼女達の前に座っている部員の足首と腕に巻かれた包帯を見て先生が感嘆の声を漏らす。
紅はその声に照れ笑いを見せた。

「で、この子達の事かい?」
「そうですよ」

先生の後に付いて来ていた大和が答えた。
そして、紅と悠希の肩をポンッと叩く。

「明日までに提出してくださいね」

そう言って差し出されたのは二枚の入部届け。
紅と悠希は顔を見合わせた。

「先生、私達…」
「おやおや。何か気に入らないのかい?二人にはマネージャーをして欲しいみたいだけどねぇ。
雪耶にはレギュラーの練習にも付き合ってもらおうか」
「強引な所は変わってませんね」
「それに、お前達だろう?この一週間で運動部のレギュラーをことごとく負かしている噂の女子生徒は」

それを聞くなりざわざわと周りが騒がしくなる。
原因とも言える二人は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ほれ、明日までに提出だよ。遅れたら…わかるね?」

先生は二人に無理やり入部届けを渡す。

「…ごめん、悠希。部活決まった」
「…みたいね。ま、紅がいいなら私はOKよ。面白そうだし。怪我人を放っておけるはずがないし」
「んじゃ、お世話になります」

紅と悠希は立ち上がって周囲の部員達に向かってそう言った。

「正式には明日からだが…黒髪が雪耶で茶髪が佐倉だよ。マネージャーをいじめるんじゃないよ、お前達!」

部員達から歓声が上がった。

05.03.19