君恋
Season 01:君に恋をした

こことここを引っ掛けて、角度はこうで。
理論としては何となくわかるのだが、いざ実践となると難しいのがUFOキャッチャーだ。
最近出てきたこどもの腕ほどもありそうな大きいサイズのアームは、思うようには動かない。
実際には、手元のスイッチ通りに動いているはずなのだが…上手くいかないものはいかないのだ。
札を両替してくる、と言って、恭介がこの場を離れて数分。
ふと目に付いた景品に一目ぼれをして、財布の中の小銭を使ってチャレンジすること、3回。
右へパタリ、左へパタリ。
動くには動くのだが、決定打に欠けるそれに、諦めと意地が顔を出す。
もうすぐ恭介が戻ってくる。
残りのチャレンジは、あと1回だろう。

「…よし」

これを最後にすると決めて、チャリンと小銭を落とした。
スイッチの1番にバックライトが灯り、さっさと押せと点滅してくる。
押し続けて、横向きに丁度いい位置で止める。
2番のスイッチを押して、奥行きを決めた。
そして、最後の3番のスイッチを押し始め―――

「待たせたな」
「!!」

後ろからかかった声に、びくりと肩を揺らす。
アッと思った時には、既に指先がスイッチから離れてしまっていた。
中途半端な角度で止まったアームが動き出す。
もちろん、不幸中の幸いとはいかず―――それは、アームに引っかかってぱたりと前に動いただけだった。
何も掴まないアームが、寂しくホームポジションへと戻ってくる。

「………悪い」
「ううん、気にしないで。これで諦めがついたから」

この1回で諦めがつかなかったら、札に手を伸ばしてしまう所だった。
諦めるきっかけとしては良かったのだ。
ほんの少し、後ろ髪を引かれる思いでそれを見つめた紅の耳に、チャリン、と言う音が届く。

「御子柴くん?」
「お前、UFOキャッチャー得意?」
「ううん、苦手。実は今まで取れたこと…ない」

まるで不器用だと宣言するみたいで気が引けるけれど、ここで強がっても仕方ない。
素直に答えた紅に、恭介はその言葉を馬鹿にするような態度を取らなかった。

「じゃあ、ちょっと横に退いてろよ」
「ん」

さっきの音は、彼がお金を入れた音だったようだ。
大人しく場所を譲れば、迷いない動作で1番、2番と順にスイッチを動かしていく彼。
3番で適度な角度を決め、その手を離す。
開いたアームが下がり、景品に触れ…そこからの緊張感は、他のゲームとは一線を画すものだ。











ほらよ、と片手で引っ張り出したそれを紅の胸元に押し付ける。
一切無駄金を使う事無く、彼は紅が取ろうとした景品を取ってしまった。

「す、ご…い」

渡されるまでは実感がなかったけれど、壁越しではないそれに直に触れ、漸く実感した。
ふわふわした、白い子犬のクッション。
想像した通りの優しい抱き心地が、何とも言えず愛らしい。

「ありがとう」

ギュッとそれを抱きしめ、はにかむように笑う。

「どーってことねーから」
「嬉しい。あ、お金…」
「いいって。さっき無駄にさせた1回分で取れたし」
「…嫌味?」
「違うって。こんなのはコツだろ?」

ここをこうして、こう言う所に気を付けて。
口で説明されても、出来ない人間には中々理解が難しい。
わかったか?と確認され、首を傾げた紅に、恭介もそれ以上の説明を諦めた。

「ま、わかんなくていいだろ。それより、どうする?」
「んー…どうって言われても、よくわからないんだけど…」

そもそもゲーセン経験の浅い紅には、何が楽しいのかが分からない。
困ったような表情の彼女に、恭介もどうするか、と悩む。
気晴らしに連れて来たのは良いけれど、いつもは男友達と来ることの方が多い。
女が楽しみそうなもの、と考えながら、店内を見回す。

「確か、体育の成績は悪くなかったよな?」
「え、うん。普通かな」
「音楽も悪くなかったし…」
「あ、そっちは良い方。って、体育や音楽がどうしたの?」

知識の中にそれらが導く答えがなく、疑問符を重ねる紅。
よし、と頷いた恭介が、紅を店の奥へと促した。
















「…ゲームって、意外と体力使うんだ…」

疲れた、とベンチに腰を下ろした紅。
恭介が連れて行ったのは、音楽に合わせてステップを踏むアレだ。
身体を動かした方が気晴らしになるだろ、と判断したらしい。

「でも、楽しめただろ?」
「まぁ、ね」
「しかし…思ったより高得点たたき出したな。あの店でランクインするなんて、結構自慢できるぜ?」
「5位以内に入ってた御子柴くんに言われてもね…」

常連と言うわけではなさそうだったけれど、楽々5位以内に名前を残した彼はすごいと思う。
褒められて悪い気はしないけど、と思いながら、戦利品であるクッションを膝の上に抱いた。
そんな紅を横目に見て、小さく笑う恭介。
その笑いの意味を問うような視線を向けると、彼は表情を隠しもせず口を開いた。

「いや…クッション抱いたままであの得点なんだからすげーなって」
「だって…」

置く場所がなかったわけではない。
邪魔にならなかったわけでもない―――けれど、手放したくなかったから。

「あ、そうだ」

ふと、思いついたように立ち上がった紅。
ここで待ってて、と言い残し、彼女はベンチから離れた。
そして、寄り道せずに向かった先は公園の入り口にある自動販売機の前。
何が好みかわからなかったから、とりあえずお茶系にしておいた。
缶のお茶二つと、クッション。
一緒に抱えるのは少し大変だったけれど、落とす事もなくベンチへと戻る。
気付いた恭介がすぐに腰を上げて駆け寄ってきてくれた。

「今日のお礼。こんなもので申し訳ないけど…」
「んなのいいってのに…」
「気持ち、だから」

受け取って、と缶を差し出す。
躊躇う彼に、出来れば早く、と付け足した。
そこまで限界だったわけではないのだが、彼は慌ててそれを受け取ってくれる。
クッションと缶一つなら何の問題もなく持っていられるので、随分と余裕が出来た。

「…ありがたく受け取っとく」
「うん。そうして?返されても困るし」
「それもそうだな」

そう言って笑って、プルタブを開ける。
小さな缶を飲み終えるまでの時間は、そう長い間ではなかった。
けれど、沈黙が邪魔にならない、不思議な時間。
こんな風に沈黙を楽しめるのは初めてだった。

「さて…送ってく」

まだそう遅い時間ではないのに、そう言ってくれる彼。
素直に、ありがとう、と受け入れられたのは、きっと…今日一日で、恭介と言う人の色々な顔を知ったから。
そして、同時に…はっきりと、自覚した。
始まりかけていた恋が終わり、自分の中に芽生え始めている小さな感情を。

11.05.29