君と歩いた軌跡  011

女子はあまりワンハンドでシュートを打ったりはしない。
けれど、あの人のシュートはフォームがとても綺麗で…憧れた。
無理だと知りながら練習して、初めてネットを揺らしたあの日を忘れたことはない。
あの人の試合を見て、勝手に感動して―――
結果だけを見たら、馬鹿な行動だったのかもしれないけれど、それくらい影響を与えられた人。
名高い名門からの誘いを蹴って、公立である湘北に進学したと言う噂を聞いた時は、少し驚いた。
彼への憧れも少しだけ手伝って、湘北へと進学した紅。
しかし―――

「…居ないよね」

試合に登録された選手の名前を見つめ、そう呟く。
会えると思っていた。
また、あのプレーが見られるんだと密かに喜んでいたのだけれど…彼は居ない。










「コールドスプレーと、湿布と、包帯と…ドリンクの粉」

メモを見つめ、ふむ、と足を止める。
この内容だと、スーパーでは全ての品を揃えるのは難しい。
行くべきなのはドラッグストアね、と心中で呟く。
駅前のドラッグストアはそれなりに大きく、確かドリンク類の粉も取り扱っていたはず。
一件で片がつきそうだと判断し、少しばかり足も軽くなる。
よし、と走り書きのメモを二つに折ったところで、視界の中に二人乗りのバイクが滑り込んできた。
ブォン、と喧しい音を立てるそれに、自然と表情が歪む。

「ねぇ、君、湘北だよね?」

明らかに自分に話しかけているのだということはわかるけれど、構うつもりはない。
桜木軍団のお蔭で不良には慣れているけれど、他の不良との係わり合いはお断りしたい。
皆が皆、彼らのように筋を通しているとは限らないからだ。
そのままバイクの脇を通り抜けようと足を進める。

「無視はひどいなぁ」

ガシッと腕を掴まれてしまえば、それ以上先には進めない。
不愉快を表情に浮かべて振り向いた紅は、放してください、と告げた。

「へぇ、可愛くて強気!いいじゃん」

どうやら自分の反応は相手を喜ばせるだけだったらしい。
バイクを運転していた不良は、未だそれに跨ったまま―――しかし、紅の腕を掴む男と同じ表情だ。
紅はちらりと前に目線を向ける。
目当てのドラッグストアまでは僅か50メートル。
走って逃げ切れない距離ではない。
そうと決まれば起こす行動は限られている。
まず、男に蹴りを入れて腕を放させて―――そう考えたところで、突然腕が自由を取り戻した。
正確には、腕を掴んでいた男が紅の視界から消えたのだ。
代わりにそこに立っていたのは、学ランで長髪の…これまた、不良と思しき男。
しかし、不自然に持ち上げられた足が、例の男を蹴り飛ばしたのだと証明していた。

「てめぇ!!何しやがる!!」

バイクの男が吼える。
それをちらりと一瞥し、長髪の彼が紅を振り向いた。

「さっさと行け」
「あ、はい」

強い目に押されるように歩き出す。
5歩ほど足を進めたところで、お礼を言っていないことを思い出した。
慌てて振り向いたそこに広がる光景は、不良同士の喧嘩の真っ最中。
さすがにその場に足を戻すほどの度胸はない。

「…ありがとうございます」

届かないとわかっているけれど、要は気持ちの問題だ。
その場で頭を下げてから、紅はドラッグストアのドア前に立った。
自動ドアが開き、空調の効いた建物へと足を踏み入れる。

「みっちゃん―――」

誰かが、そんなことを言っていた。
















「紅、あんたそれどうしたの?」

彩子の声に、え?と首を傾げる。
彼女が指した自分の腕を見下ろしたところで、その意味を理解する。
捲くったシャツの裾から見える肌に、赤い跡。
もちろん色気のあるものではなく、明らかに手形とわかるものだ。
あぁ、と頷きながら、折っていた裾を戻してそれを隠す。

「…買い物途中にちょっと、絡まれて」
「絡まれた!?何でもっと早く言わないの!!」
「や、助けてもらったから大丈夫なんです。跡は…ついてますけど、痛くありませんし」
「そういう問題じゃないわよ!あぁ、もう…流川に話すわよ。今度の時はちゃんとあいつについていって―――」
「だ、駄目です!」

それまでは静かに受け答えしていた紅が声を大きくした。
女子用の更衣室には二人しかいないから、注目を集めることはない。
驚いた様子の彩子の視線に、紅は居心地悪く顔を俯けた。

「迷惑は…駄目なんです。先輩、お願いですから…」
「紅…」

何で、この子はこんなにも消極的なのだろうと思う。
普段は自分について来るくらいの勢いのある性格なのに、流川に関係すると途端にこれだ。

「…紅。あんたが思うほど、流川は馬鹿じゃないし…迷惑がるような奴じゃないわよ。
どんな始まり方だったにせよ、今まで付き合ってる彼女なんでしょ?」

諭すようにそう言ってはみるけれど、紅は首を横に振る。
彩子の目から見れば、流川が紅に何の感情も抱いていないなどありえない。
ほかの女子に対する…たとえば晴子に対する顔と紅に対する顔はまったく違うから。
どうすれば、これが本人に伝わるのだろうか。
彩子は溜め息を吐き出し、正面から紅を抱きしめる。
よしよし、と子供をあやすように頭を撫でた。

「今日は更衣室の掃除が仕事。わかった?」
「…ありがとうございます」
「いいわよ。それより…一度、流川と話をした方がいいと思うわ」

そういった彩子に、紅は苦笑を返すだけだった。









体育館の中には、絶えずボールの音が響いている。
タオルやドリンクを準備していた彩子は、ふと自分にかかった影に顔を上げた。
見上げると首が痛くなりそうな長身。

「どうしたの。怪我?」
「…あいつは」
「あぁ、紅ね。さっきまでは買出しで、今は更衣室の掃除よ」

何か用事?と問いかけると、彼は首を振った。
そして何かを思案する表情を浮かべること数秒。

「…用がないなら練習に戻る!」
「…ッス」

ぺこりと頭を下げてから踵を返す彼を暫く見つめてみる。
シュート練習の列に並んだ彼の目は、ゴールではなく体育館の入り口を見ていた。
自分の番になると迷いのない綺麗なフォームでシュートを打ち、難なく成功数を増やす。
それが終わると、彼の目はやはり入り口を見ていて。
彩子は小さく苦笑した。

「気になるなら行けばいいのに」

その後キャプテンに怒られるかもしれない。
けれどもし本当に行動したなら、その行動力に免じてフォローしてあげてもいいと思う。

「その場でいいから振り向けば変わると思うんだけどなー」

気持ちは寄り添っているのに、背中を向けているから相手との距離がわからない。
すべてを知っている第三者である彩子には、じれったい二人だった。

10.01.05