黒に染まる、黒に染める

相変わらずここは空気からして暑い。
寧ろ、熱いと言った方が適切なのかもしれない。

「さぁて…と。ここはどこかなぁ…白粉の匂いが強い所を見ると、衆合地獄…かな」

少し小高い場所から見れば、その一角は一際華やかで、そして白粉や何やらの匂いで溢れているのが分かる。
自分の知る光景とは少し違って見えるのは、何故だろうかとその理由を考えつつ、そちらへと歩いていく。

「まさかまた別世界と言うことはないだろうけど…この変化は…時間が流れてる?」
「ええ、あなたが消えて500年が経ちましたから」

突如として背後から聞こえた声だが、その気配が猛スピードで近付いていることには気付いていた。
その声に反応して振り向くよりも早く、トンっと地面を蹴る。
一瞬の後、先ほどまで立っていた場所に派手な音を立てて突き刺さる金棒。

「とんだ挨拶ね。久しぶりの再会だというのに」
「あなたには大した挨拶でもないでしょう」

ふわりと地面に降り立って金棒に手をかけ、力を込めて地面から抜く。
相変わらず、この金棒は重い。
ブンッと勢いよく投げ返すも、相手はあっさりとそれを受け止めた。

「久しぶり…なのね。こちらとしては5か月しか経っていない感覚だけど」
「こちらではあなたが無断で行方不明になって500年です」
「まさかの時間の流れよねぇ…びっくりだわ」
「まったく、あなたは…」

その言葉を発する声で、一旦は彼の怒りが落ち着くところに落ち着いたと悟る。
とりあえずは接近可能な段階まで機嫌が安定したと理解し、彼の元へと歩いた。

「仕事が立て込んでいます」
「だろうねぇ、鬼灯は忙しいから」
「わかっているなら、何故―――いえ、話は仕事を片付けてからじっくりと聞きます」
「わぉ、今日は徹夜だー…」
「一晩で済むとでも?」
「はいはい、付き合う。付き合うから、とりあえず―――ただいま?」
「…お帰りなさい、紅さん。………心配、しました」
「うん、ごめんね。ありがとう」










紅は妖狐である。
彼女の種族を説明するならばそれで十分だが、その生い立ちは少々特殊だ。
彼女は妖狐の両親を持つ魔界産の妖狐である。
ちなみに、彼女の魔界とは妖怪が住処とする世界であり、この世界の概念とは異なる。
彼女がこの世界に迷い込んだのはもう千年以上も前のことだ。
そこから紆余曲折を経て、現在は閻魔庁に籍を置いている。



「ただいま戻りました」
「あぁ、やっと帰ってきた!急に出ていくから何事かと―――って、紅ちゃん!?」
「あ、お久しぶりです。閻魔大王」
「久しぶり、じゃないよ!今までどこにいたの!?」

閻魔大王の巨漢がガタンと椅子を揺らして立ち上がり、足音荒く紅へと近付いてくる。
どう説明したものか、と言葉を詰まらせたところで、彼女の横を風圧が過ぎ去った。
と同時に、飛んで行った黒い何かが大王を巻き込んで閻魔殿の壁に衝突する。

「仕事が全く進んでいないとはどういうことですか。今日は何があっても残業はしませんよ」
「久しぶりに見ると強烈だな、この光景は…」
「あなたも何を説明しようとしているんですか」

そう言うと、どこから取り出したのか大量の巻物が台車に載せられて紅の前へと運ばれる。
処理してください、と言い残し、未だ起き上がらない大王の元へと歩を進める鬼灯。
その背中を見送ってから、巻物の一つに手をかけた。

「机は?」
「寝ぼけてますか?」
「了解、まだ残ってるってことね」

彼の返事に頷くと、台車を押して執務室へと向かう。
一旦足を止めていた鬼灯もまた、先ほどの彼女のようにその背中を見送った。

「いたた…鬼灯くん、容赦ないね」
「さぼるからです」
「君が突然出ていくから心配してたんだよ!でもまぁ…紅ちゃんを迎えに行ったなら仕方ないね」
「それについては今から挽回します。
彼女についても仕事が溜まっていなければ色々と聞き出すところですが、今は一分が惜しい」
「あぁ、それで残業なしね」

納得したよ、と身体を起こした大王が、打ち付けた背中を擦りながら席へと戻る。
その途中で思い出したように足を止め、鬼灯を見下ろして笑顔を浮かべた。

「鬼灯くん、紅ちゃんが帰ってきて良かったね」
「…無駄口はいいので仕事をしてください」

17.09.25