記憶
Destiny Side story
部屋に入るなり、コウはドアノブに手をかけたままの状態で静止してしまった。
彼女の視線の先には笑い転げている男一人。
困ったように、しかし笑いを堪えている様子の女一人。
そして ――― 小さな少女をへばり付けた男が居た。
「………合成写真並みに似合わないね」
コウの言葉に笑い声が上がる。
ギロリ。
そう形容するのが一番近いだろう。
そんな彼の視線を受けようと、コウは特に竦むこともなく部屋の中へと侵入する。
「コウさん、どうすればいいと思う?」
「私が提案するとすれば…このままこの子を神田に預けて、三人でイノセンスを、って所かな」
「やっぱ、そう思う?ほら、コウも同じ意見じゃん」
いつの間にか傍らまでやってきていたラビが神田を振り向いてそう言った。
漸く笑い終えたらしい彼は、目尻の涙を拭うような仕草を見せている。
「ふざけんな…お前らのどっちかが見てろ」
ウンザリした…と言うよりは疲れ果てた様子で神田はコウとリナリーを指す。
彼女らは顔を見合わせ…
「「だって…懐かれてるの神田でしょ?」」
まるでステレオのように声を揃えた。
全ては二日前のコムイの言葉から始まった。
「今回は短期戦で行きたいからね。四人で任務についてもらう」
そう言って呼び出されたのはコウ、リナリーそして神田とラビだった。
珍しくも四人が総本部に揃っていて、それぞれが任務後約一週間と言う丁度良い頃合だった事が理由だろう。
特に断る理由もなく…もとより、断れるはずもなく、彼らは任務へと発った。
「コウさんとの任務って久しぶりだね」
隣に座ったリナリーがそう笑いかけた。
歳の差僅か二つだが、彼女はコウを姉のように慕っている。
むしろ、親友兼姉と言う状況だ。
そしてコウもまた、彼女を突き放したりせずに優しく迎え入れる。
「ホントね。んー…二ヶ月ぶり?」
アズの耳を擽りながらコウは答えた。
指折り数えてみれば、確かにそれくらいの月日は流れているようだ。
頷く彼女から一度視線を外し、コウは窓の外を流れる風景へとそれを向ける。
長閑な田園風景と呼べるそれが、そこにあった。
「今回の任務は結構骨が折れそうね」
少しだけ開けた窓から入り込んでくる風が、任務資料の端をバサバサと遊んでいく。
書き綴られた内容にコウは僅かに眉を寄せた。
他の三人もその部分までやってきたらしく、彼女と似たり寄ったりな反応を示す。
「村の守り神的シンボルって…こんなん勝手に貰っていいわけ?」
「貰うって言うより、盗って来るって方が正しいね。…この書き方だと」
ラビの言葉にコウは肩を竦めつつも答える。
要約すれば、村人の許可は得られないだろうから盗って来いと言うものだ。
豪快と言うか、何と言うか。
「でも…話せば村の人たちもわかってくれないのかしら?」
「無理だったみたいよ。ほら、次のページ。ファインダーの人たちが追い出されたって」
リナリーの持つ資料をペラリと捲り、その部分に自身の指を滑らせた。
その指の動きを追うようにしてその一文を読み取った彼女は深く溜め息をこぼす。
「嫌な任務になりそうね…」
田園の上に広がる重い雲が、これから起こる出来事を予期している様だった。
「しっかし…珍しいわねー…神田に懐く子供が居るとは思わなかったわ」
不機嫌この上ない状態で椅子に座り込んでいる彼の膝の上に座る少女。
彼女はこちらに顔を向けることもせず、神田のコートを握り締めたまま動かない。
「ラビだったらわかるんだけど…」
「俺よりむしろコウの方が懐かれるっしょ」
ラビは神田の様子を楽しげに見つめている。
とりあえず四人は村の中に入る事には成功している。
と言うよりも村へ入る事自体は全く難しい事ではなかった。
鬱蒼と茂る森の中で見つけた少女と一緒だったおかげか、村人は好意的に彼らを迎え入れたのだ。
どうやら森に入って迷子になっていた村人の娘らしい。
「で、どうすんのさ?」
「さすがにこの状態の神田を一人で置いて行くわけにもいかないよね、やっぱり」
「…んじゃ、情報収集と行きましょうか」
「誰に?」
「そりゃー…あの子が手っ取り早いでしょ」
ニッと口角を持ち上げるコウは、実に頼もしく見えた。
話し合い終了、とばかりに彼女はラビとリナリーの元から神田の方へと移動する。
「ねぇ、聞きたい事があるんだけど…」
少女に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、コウは彼女に優しく声を掛けた。
歳は…あの頃のエリシアと同じくらいだろうか。
懐かしむような目を見せるコウ。
「…?」
とても小さな声だったが、「何?」と答えるのがわかった。
同時に、彼女はウサギのように赤くなった目をこちらへと向けてくれる。
彼女に微笑み返すと、コウはそっと手を差し出した。
躊躇いながらも手を伸ばしてくる少女の身体を抱き上げ、立ち上がった自分と同じ目線になるように調整する。
「私、コウって言うの。お嬢さんのお名前は?」
視界の端で、漸く解放された神田が逃げるようにズルズルと移動しているのが見えた。
「エリシア」
「………エリ…シア…?」
「うん」
「…そう…。いい名前ね」
懐古に揺れた瞳には悲哀の色が浮かぶ。
そんな彼女を見て、少し離れたところに居た彼らは首を傾げた。
「コウさん、何か様子がおかしくない?何で?」
「さぁ…?」
訳を知らないリナリーとラビの会話。
そんな二人に、逃げてきた神田が口を挟んだ。
「アイツの妹だろ、エリシアって」
何やらお疲れのご様子で彼はドサッとそこに座る。
が、二人分の視線を受けて面倒くさそうに視線を返した。
「何でユウが知ってんのさ」
「聞いた」
「いつ?」
「この間の任務」
詳しく聞きたそうな二人から無理やりに視線を逸らすと、彼は壁にもたれて目を閉じてしまった。
それ以上何も話す気はないと言う意志の現れのように。
「それって、元の世界の…ってことだよね」
リナリーがそうポツリと呟く。
あまりにも悲しげな表情をしてしまうから、深く聞いた事はない。
ただ、人伝に耳にしたこと―――
それは、コウが敬愛していた父親を生き返らせようとして、この世界に来てしまったということ。
「…少し、この子と歩いてくるね」
いくらか打ち解けたらしいコウが、三人に向かってそう言った。
それから、腕に抱えていたエリシアを床へとおろし、にこりと微笑む。
「外は少し寒いから、上着を持っておいで」
優しくそう声を掛ければ、彼女は一度小さく頷いて隣の部屋へと消えていく。
彼女が居なくなった所で、コウは三人を振り向く。
「私があの子を連れて村人の注意を引くから、その間に調べて。時間は…1時間くらい頑張るから」
「でも、コウさん…そんな事…」
そんな、と言うのは、まるでエリシアを利用するような事を、と言うことだろう。
幼い子供を利用するなど、誰よりも嫌だと思うのは恐らくコウ自身だ。
しかし、彼女はリナリーの言葉に首を振った。
「私達はエクソシスト。…そうでしょう?」
時には、目を逸らさなければならない現実もある。
悲しげに微笑んだ彼女に、リナリーはそれ以上何も言わないようにと口を噤んだ。
08.02.29