廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:2nd Trip in銀魂 09 --
喧騒が消えた。
覚悟した衝撃もない。
紅はゆっくりと目を開いた。
まず、庇うように抱え込んだ悠希の着物が視界に入る。
時間をかけて縮めた身体を伸ばしていけば、ズキン、と身体の各所が傷んだ。
腕の中の悠希は気を失っているようだが、これと言った大きな怪我はないようだ。
その事に安堵し、周囲を見回す。
二人が居た場所は、見上げるような急斜面の崖の下。
滑り落ちたらしい跡が真新しく残されていて、身体の痛みの原因を知る。
「…ここは…」
どこからか、ヒヒン、と言う声が聞こえてきた。
思わず顔を上げ、鳴き声の方を見る。
ガサガサと草木を分けてくる音がどんどんと近付いてきて、そして。
「虎吉…!」
姿を見せた青毛の軍馬は、虎吉だ。
装具が所々傷んでいるようだが、彼自身に怪我はない。
嬉しそうに鼻先を寄せてきた彼に、紅は笑顔を見せた。
「…っ…」
「悠希?」
「………紅?」
紅の声に気付いた悠希が呻く。
彼女の名を呼べば、薄く開いた目が紅を見た。
二、三度ほど瞬きをして、悠希は勢いよく身体を起こす。
「爆発は!?」
「え?」
悠希の叫びに、紅は思わず声を零した。
あれは、夢だったのだと―――紅は、そう考えていたのだ。
まさか、漫画の世界に飛んでしまうなんて…そんな馬鹿な話があるはずがない。
ゲームの世界を生きると決めた自分が言う事ではないけれど、それでも非現実的すぎる。
「どうしたの?悠希」
「どうしたのって…江戸よ!高杉一派が江戸の町を爆破しようとして…!」
「高杉って誰?夢でも見ていたの?」
「夢じゃない!あんたも一緒だったじゃない!!」
「さぁ…わからないけど…とにかく、崖から落ちてこの程度で済んだ事は幸運だったわ」
裾の土を払いながら立ち上がった紅は、悠希に向かって手を差し出す。
わけがわからない様子で混乱する悠希だが、反射的に自分の手を重ねた。
「とにかく、城に帰りましょう。今からなら日暮れ前に帰れるから」
「う、うん…」
「あ、あの子も無事だったのね。良かったわ」
悠希を立ち上がらせた紅は、虎吉の後ろから近付いてきた馬に気付く。
その馬は悠希が乗っていた馬で、一緒に崖から落ちてしまったから心配していたのだ。
「さ、帰ろう」
「…そうね」
慣れた様子で虎吉の背に跨った紅を見て、悠希も小さく頷いた。
紅の言うとおり、夢を見ていたのかもしれない。
夢の世界は限りなく自由だから。
割と楽しんだんだけどな…と思いながら馬に近付く悠希。
いざ手綱を取ろうとしたところで、自分の拳が何かを握り締めている事に気づいた。
―――あの女の忘れもんだ。
不意に、高杉の声が脳裏によみがえる。
瓦礫が崩れてきた時に聞いた、チリンと言う、鈴の音。
まさか―――悠希は殊更時間をかけて、指を解いていった。
手の平から、カサリ、と音がする。
「…何だ、レシートか…」
長方形の紙の一番上に書かれている喫茶店の名前を見て、悠希は肩を落とした。
確かに、何かを渡されたのだ。
それが何なのかを確認する事は出来なかったけれど…。
どうやら、自分はあの喫茶店を出た時に貰ったレシートを握ったままだったらしい。
どうせなら、レシートじゃなくて例の鈴を握っていればよかったのに。
自分の行動を悔やむ。
そこで悠希は、はた、と気付いた。
レシート?この世界にレシートなんて、あるはずがない。
「…っ紅!!証拠!!!」
握った手綱を放り出し、地図を開いて帰り道を確認していた紅の元へと駆け出した。
「ただいま帰りました」
「おう、帰ったか」
楽しめたか?と笑顔を見せながら問いかける政宗。
紅はそんな彼の存在に、複雑なほど懐かしさを覚えた。
思わず足を進めて彼へと近付き、控えめに胸元に頬を寄せる。
「…紅?」
「何も」
「…そうか?」
「ただ…政宗様が一番安心すると改めて感じているだけですから…」
あぁ、この声はやはりこの人のものだ。
紅は彼の着物を握り、穏やかに微笑む。
「…今日は随分可愛いじゃねぇか」
どうしたんだ?なんて聞きながらも、彼はその答えを求めてはいないのだろう。
優しく抱き寄せる腕にいつもの力強さを感じながら、紅は瞼を伏せた。
【後日談】
「…来た」
「え?誰が?」
「あれ、紅さん。奇遇だねぇ、こんな所で会うなんて」
ガサリと音を立てて姿を見せたのは猿飛佐助。
やぁ、なんて気軽に声をかけてくる彼に、今日ばかりは微妙な表情を返す紅。
悠希も、彼女の心中がよくわかった。
「「……………」」
「何、二人してその微妙な表情」
本人の所為ではないのだが、微妙な気分なのだから仕方ない。
10.06.13