廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:松永久秀10 --

政宗と小十郎が一騎討ちをしたらしい。
その話を聞いた時、まず「まさか」と思った。
そして、それを教えてくれた部下が偽りを述べていないのだと知ると、次は「どうして」だ。

事の顛末はこうだ。
紅が政宗を崖下へと押しやり、それを追った小十郎。
少しばかり後ろ髪を引かれつつも、彼は紅の思い通りに政宗を第一に考えてくれた。
武田の防衛線を突破し、奥州へと帰ってきた彼ら。
奥州へと戻ってから意識を取り戻した政宗は、人質を放って自分だけを連れて帰ってきた事に怒りを露にした。
彼はまだ傷も癒えていないのに、松永の元へと乗り込むと言い出したのである。
小十郎は彼の行動を、己の刀でもってして止めた。
そして、小十郎は政宗を残し、ひとり松永の元へと向かったのである。

―――それが、紅が奥州へと帰ってくる前日のこと。

「…氷景はいかないの?」
「姫さんの命令なら行くけどな。今は、あんたを見張ってる方が大事だと思ってる」
「……自分の身体くらい、自分が一番よくわかっているわ」
「ところが、そんな自分の身体に鞭打つ人がいるんだよなぁ、この国には」

何かを含ませたような氷景の言葉に、紅は軽く眉を寄せる。
自分…ではないはずだ。
医者の言葉通り、布団の上で養生しているのだから。
自分と同じような状況で、身体に鞭打って動き出しそうな人―――

「…え、まさか…嘘でしょう?」
「ホント。やー…まったく、信じられないよ、俺は」

呆れた風に溜め息を吐き出す氷景。
紅は自分の考えが間違っていないのだと気づくと、軽く青褪めた。

「ひ、氷景…!お願いだから、政宗様を連れ戻して!!」

なんて無茶をするの!と悲鳴に似た声を上げる。
信じられない、と繰り返す彼女に、氷景は苦笑した。

「主の命とあれば、聞かないわけにはいかないな」

この事を彼女に伝えれば、そのお願いがくることはわかりきっていた。
すでに準備を整えてある氷景は、侍女に紅を任せて奥州を出発する。
あちらに到着した時には、事が終わった後であろうと、ある種の確信を含ませた予想を立てていた。
そして、そんな氷景の予想を裏切ることなく、この一件は終結を迎えていた。






氷景からの手紙は、一行が帰ってくる3日前に届けられた。
筆頭の安静を考えてゆっくり帰る、と記された手紙を握り締めて窓から外を見下ろす3日間を過ごす紅。

「筆頭たちがお戻りになりました!」

そんな報告が聞こえるのと同時に、養生するように、と言う医者の声が遥か彼方に吹き飛ぶ。
痛み止めのおかげで問題なく身体を動かし、門のところへと急いだ。
今まさに帰ってきた、と言った様子の政宗、小十郎、氷景、そして…助けられた人質たち。
紅は足の速度を速めて彼らの元へと駆け寄った。
無茶はいけません、と焦ったように制止する声が背中に聞こえたけれど、無視して突き進んでいく。
そして、もう10メートルほど、と言うところで、政宗が彼女に気づいた。

「走るな、紅!」

何やってんだ!と驚いたように声を荒らげる彼に、小十郎たちも彼女の存在に気づいたらしい。
しかし、紅はそのままの速度を保ったまま近づき、そして伊達兵の前で足を止めた。

―――助けられなくてごめんなさい。

何よりもまず、それが言いたかった。
彼らに謝っても仕方がないのかもしれない。
けれど、不安にさせたこと、仲間を助けられなかったこと…全てに、謝りたかった。
紅は彼らに向けて口を開くが―――

「紅様、お身体は!?」
「怪我は大丈夫ですか!?」

紅が謝罪の言葉を口にする前に、兵たちが次々に声をあげる。
開いた口からは言葉が零れ落ちず、ただ目を瞬かせる。

「私は…大丈夫」

何とかそう答えれば、彼は漸く安堵したように表情を落ち着かせた。
それを見た紅は、改めて自分の愚かさを感じる。
同時に、どうしようもないほどに嬉しかった。

「……ごめんなさい…助けてあげられなくて、ごめんなさい…っ」

こんなにも大切にしてくれる彼らを、助けてあげられなかった。
それなのに、彼らは自分を案じてくれる。
救えなかった自分の弱さを痛感し、紅は口元を押さえた。

「俺ら、ちゃんと助けてもらったっス!」
「そうそう。紅様が来てくれたから、信じられたんスよ」
「紅様が謝ることじゃねぇっスよ。悪いのは全部松永の野郎です!
筆頭と小十郎様が仇をとってくれましたから、あいつらも浮かばれます」

次から次へと声を上げる彼ら。
その言葉が優しくて、紅は涙を堪えきれなくなった。
隠すように手を顔にやって俯く彼女を見て、政宗が苦笑する。
そして、彼女を自分の胸元に引き寄せてその顔を隠した。
途端に、「おぉ!」と歓声が上がる。

「…おぉ、じゃねぇ。お前ら、紅を泣かすなよな」

ったく…、と呟きつつ、静かに涙する彼女の背中を撫でる。
そんな二人を見て、事の成り行きを見守っていた小十郎が兵たちに向き直る。

「ほら、いつまで見てるつもりだ。さっさと散れ!明日の訓練は特別に勘弁してやる」

そうして、一人、また一人と帰っていく。
残ったのは紅と政宗、それから小十郎だけだった。
氷景はいつの間にかその姿を消している。
漸く落ち着いてきたのか、紅がゆっくりと顔を上げた。

「…紅様」

小十郎が控えめに声をかけた。
そう言えば、彼と顔を合わせるのは、あの崖上の時以来だ。

「政宗様を助ける為とは言え、敵の陣中に置き去りにしてしまった事…申し訳ありませんでした」

その場に膝を着き、深く頭を下げる小十郎に、紅は驚いたように目を見開いた。
それから、何度も首を振る。

「私はあなたが政宗様を助けてくれると信じていたから、ああしたんです。
あなたが守るべきなのは政宗様なんですから、あれは当然の行動です」
「紅様…」
「私の足りない部分は、氷景に補ってもらうから大丈夫です。今回も、彼はちゃんと助けてくれましたし」

人間だから、足りない部分、弱い部分があるのは当然だ。
だからこそ、人は誰かと支えあって生きていく。
政宗のそれを補うべきなのは小十郎だが、紅は自分まで彼に頼むつもりはない。
過信は時として、正しくない効果を生み出してしまうものだから。
はっきりと自分の意思を告げる彼女に、小十郎は頭を上げた。
この人はいくら自分が頭を下げようとも、それを受け入れてはくれないだろう。
それは、彼に過失がなかったと確信しているからだ。
小十郎は心中で笑みを零す。
こう言う、まっすぐで思わず惹かれてしまう部分は、本当に政宗とよく似ている。
この人だから、兵たちは安心して彼女の身を案じることが出来るのだ。

「紅様、これを」

積荷の中から、紅にそれを差し出す。
いつの間にか手放してしまっていた小太刀二本がそこにあった。

「…取り戻してくれたんですか…」

紅は嬉しそうに微笑み、その刀を受け取る。
あの後氷景にその所在を尋ねたけれど、それに構っていられなかったという返事が返ってきた。
もう駄目かもしれないな、と肩を落としたこともあったそれ。
自分の手元に戻ってきたことは、とても嬉しいことだ。
手に馴染むその重さを感じ、自然と表情が安らぐ。

「…ありがとう」

ぎゅっと二本の刀を抱きしめ、そう微笑む。
その微笑みは、今回の騒動が終わりを告げたのだと感じさせるものだった。
漸く、奥州に平穏が戻ってきたのだ。

08.04.24