廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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「どうして姉さんまでこの世界にいるの!?」
声を荒らげて歩み寄ってくる悠希。
紅は表情を険しくして、その腕から弓を奪い取った。
「それは私の台詞よ。何故ここにいるの?」
「…それ、は…」
「誰の許可を得て戦場に立っているの?その様子では、元親さんにも伝えていないんでしょう?」
言葉を詰まらせる悠希に、紅は深く溜め息を吐く。
「あなたは…自分の立場と言う物をわかっていないようね」
「立場…?」
「あなたにもしもの事があれば、四国との同盟は白紙に戻る。それどころか、戦になるわ」
そんな人じゃない!と否定しようと顔を上げる悠希。
しかし、見た事もないほどに冷たい目をした紅を見て、開いた唇をぎゅっと結ぶしかできなかった。
「悠希、あなたは戦に無知すぎる。自分がどれほど無謀で愚かな事をしたのか…わかっていないわ」
「………戦えるように、弓を覚えたわ」
「その結果、あなたは誰を射るところだった?氷景がいなければ…あの矢が貫いたのは、誰?」
残酷とも言える現実を突きつける。
蒼褪める悠希を見れば心が痛んだけれど、その感情を仮面の奥へと押し隠した。
ここで甘い顔をすれば、彼女は同じことを繰り返しかねない。
夕日がこの世界に存在している以上、その可能性は高い。
だからこそ、このような無謀な行動を二度と起こさせないよう仕向けるしかなかった。
「戦う術を持っているからと言って、戦場に立てるわけじゃない」
「私だって出来るわ!今回は…馬鹿だったかもしれないけど、次は…!」
パンッと乾いた音が響く。
悠希の頬を張った紅は、その手をぎゅっと握りしめた。
「覚悟をはき違えないで。戦場に必要なのは、殺す覚悟だけじゃないわ」
そう言うと、紅は悠希に背を向けた。
「氷景、政宗様に連絡を―――いいえ、その必要はないわね」
一度は氷景に向けた視線を、入口へと移す。
刀を手にかけてくる姿を見つけ、紅はその無事に安堵した。
「紅!怪我はないな?」
「はい、どこにも。政宗様もご無事で―――」
近付いた紅は、僅かに感じた血の匂いに思わず言葉を止める。
上から下まで、くまなく視線を向ける彼女に、政宗が苦笑した。
気付かれないとは思わなかったが、こんなにも早いとも思わなかった。
彼女に助け舟を出すように、腕だ、と小さく呟く。
「怪我、を…?」
「矢が掠っただけだ。気にするな」
それより、状況を教えろ。
筆頭としての目でそれを求められ、紅は彼を案じる心をぐっと抑え、報告を始めた。
疲弊した兵を連れ、城に帰るのは来た時よりも多くの日数を要する。
手頃な川べりに陣を張った伊達軍は、そこかしこで勝利に沸いていた。
その声を遠くに聞きながら、紅は川岸に腰を下ろす。
ざり、と砂利が音を立てた。
「…どうぞ」
躊躇うように足を止めたその人に向かって、紅は静かな声を発する。
隣ではなく、一歩後ろに佇むその人。
「………私の所為、よね」
何を言われるまでもなく、わかっていた事だ。
後ろに立つ彼、小十郎に向かって、紅はそう切り出した。
彼は何かを堪えるようにして、はい、と小さく頷く。
「いいの。我侭だと…責めてくれていいわ。こんな状態の私が戦に出なければ、政宗様は怪我をしなかった」
もしかしたら、紅が城で大人しくしていても未来は同じだったのかもしれない。
けれど、紅が彼の注意力を欠く原因であったことは否めない事実だ。
彼女はそっと自身の下腹部に手の平を触れさせながら、空を仰ぐ。
「私は自分の事ばかりだわ。それが与える影響も…理解しているつもりで、何一つわかっていないのかもしれない」
守れるなんて、自惚れだったのだろうか。
何かを守る裏側で、何かを失っていたのかもしれない。
悠希の事を咎めたけれど、自分だって同じだ。
「紅様、あなたは強い」
「…小十郎さん…?」
「けれど、あなたは女子であり、元々は戦を知らぬ身であり…政宗様の、唯一無二だ」
小十郎は、それを忘れるなと言いたいのだろう。
紅は何も言わずに振り向き、彼を見上げた。
そして、哀しげな笑みを浮かべる。
「次の戦が、豊臣との決着になるわ。…政宗様の事、お願いね?」
「………紅様…」
直接的な言葉はなかったけれど、小十郎はその意味に気付いたようだ。
驚いたように目を見開く彼に苦笑する。
「けじめは…ついていないけれど。これ以上、皆に…政宗様に、心配はかけられないわ」
これでいいの、と言い聞かせるように再び川へと視線を戻す。
水が流れる水面に月が浮かぶ光景に、見るともなく視線を向けた。
小十郎はそれ以上何も言わず、紅の背中に一礼し、音もなくその場を後にする。
そして、入れ替わるように近付いてくる気配。
「頼みたい事があるの」
「夕日の事か?」
「…ええ。何があって竹中に従っているのか…恩人だからと言うだけでは、理由が弱い。…頼まれてくれる?」
「俺が断るとでも?」
氷景の言葉に小さく笑い、思ってないわ、と答える紅。
お願いね、と繰り返せば、彼は深く頷いた。
「それでいいわよね―――悠希?」
視線を向けることなく、後ろの茂みへと声をかける。
ガサリ、と葉が揺れて、複雑な顔をした悠希が姿を見せた。
険しく咎めてから、初めて顔を合わせる。
居心地悪そうに視線を落とした悠希。
しかし、紅も氷景も、お願い、と小さな声で呟くのを聞き逃さなかった。
わかってる―――安心させるように笑い、氷景が姿を消す。
「隣に来ない?」
紅は悠希を振り向かず、そう促す。
時間をかけて隣に腰を下ろした彼女は、紅と同じように水面に目を向けた。
「次の戦には、出ないわ」
「…それでいいの?」
「政宗様に心配をかけるから。それに…私も、この子を生みたくないわけじゃない」
望んだからと言って与えられるものではない。
平和になってから授かりたかったけれど、今の時期だと言う事もまた、意味を持っているのかもしれない。
愛されるべき命を、義務だからではなく愛したいと思うから。
「待っていようと思うの。…大人しくって言うのは、難しいかもしれないけど」
「…うん、紅が大人しくしてるとか…ちょっと考えにくい」
「それでね、もし、出来るならでいいんだけど…もう少し、奥州にいてくれない?」
「え?いいけど…」
「色々教えてほしい事があるのよ。落ち着いて話をしている暇がなかったから」
妊婦の行動とか、母親の心構えとか。
紅がそう言うと、悠希は表情を明るくして拳を握った。
「任せなさい!先輩がしっかり教えてあげるわ!」
「うん。頼りにしてる」
そうして、目を合わせたところで、悠希は先ほどまでの罪悪感がすっきりしている事に気付く。
元からそれに気付いていたらしい紅が悪戯に微笑んだ。
どちらともなく、潜めるような笑い声をあげる。
「大好きよ、紅」
「…うん、私も」
あなたがいてくれてよかった。
どれだけ言葉にしたって足りない感謝を、心の中で何度も繰り返した。
11.05.01