別たれた星々の逢瀬
-悠久に馳せる想い- 番外編
ふと、スケジュール帳を眺めていた紅の視線が止まる。
彼女の目を捕らえたのは、本日の日付…ではなく、その一日前つまりは昨日の日付だった。
確認するように携帯を取り上げ、サブ画面に映る時刻の隣を確認する。
「あぁ、昨日は七夕だったのね」
「七夕って何?」
呟いた言葉に反応したのは、紅のベッドの上でコロコロと悠希とじゃれあっていた暁斗。
じゃれあうと言っても構うのはもちろん彼の方だけ。
悠希は、慣れないながらもとりあえず相手をしているというくらいだ。
「七夕って言うのは―――」
キィと椅子ごとベッドの方を振り返り、暁斗に説明しようとする。
しかし、彼女の言葉を遮るようにインターホンが電子音を奏でた。
そう言えば、先程見た時刻は約束の時間だったなと頭の端で思い出す。
彼女が椅子から立ち上がるよりも早く、暇を持て余していた暁斗が反応した。
「俺が迎えに行くよ!」
「じゃあ、お願いするわ」
宜しくね、と言う声が彼の耳に届いたかどうかは微妙なところだ。
瞬く間に部屋から姿を消した彼に、紅はクスリと笑みを零す。
そろそろ準備していた物も丁度いい頃合だろう。
暁斗に遅れること数秒、紅も自室を後にした。
「いらっしゃい」
「あぁ、お邪魔させてもらったよ」
「ええ。暁斗、案内よろしくね?」
必要ないと知りながらも、悪戯めいた笑みを浮かべて役目を与えてやれば、元気な返事が返ってくる。
何度スリッパを履くようにいっても聞かない彼の足音は、トタトタとどこか可愛らしい。
足音が自室の方へと遠ざかっていくのを聞きながら、紅は冷蔵庫で冷やしておいたゼリーを取り出す。
暇だからと言う理由で作られたそれはあまりに多く、仕方なく助っ人と称して蔵馬を呼んだというわけだ。
程よい弾力を確かめつつ、洒落た小皿へと開けていく。
スプーンと飲み物を用意して、同じトレーに載せた。
三人分の小皿とグラスが載れば、それなりに場所をとる。
それを見越して大き目のトレーを用意していたことは、決して間違いではなかったようだ。
自室の扉を開けた紅の目に飛び込んできたのは、仲睦まじく何かを見ている親子二人の姿。
彼らはドアに背を向ける形で絨毯の上に座り、何かを覗き込んでいる。
扉の閉じる音に反応して、二人は同時に顔を振り向かせた。
その表情や仕草はかなり似通っていて、紅は思わずクスリと笑い声を漏らす。
脇へ押しのけられていたテーブルにトレーを置くと、二人に向き直った。
「何を笑ってるんだ?」
「だって…二人とも、同じ速度で同じ顔して振り向くんだもの。何だか面白くって」
クスクスと笑いながら、やっぱり親子だね、と呟く。
そんな彼女の言葉に蔵馬と暁斗は顔を見合わせた。
暁斗は妖怪の姿で蔵馬は南野秀一の姿。
似ていると言われてもやや疑問が残るところではあるが、彼女が言うのだからそうなのだろう。
二人の心の中での整理は、ほぼ同時に終わった。
「で、何を覗き込んでたの?」
「あぁ、図鑑だよ」
彼女の質問に答えつつ、蔵馬はその大きな本の表紙を見せた。
その図鑑は元から紅の部屋に置いてあったもので、彼女が一般常識を身につけるためにと購入したもの。
因みに図鑑だけでも数種類は本棚に並んでいる。
「星座…?」
「そう。星の本なら何でも良かったんだけど…これが一番わかり易いかと思って」
「何でまた星の………あぁ、七夕ね」
そう言えばさっきの質問をそのまま流してしまっていた、と今更ながらに思い出す。
恐らく、彼の隣で興味深げに尾を揺らす暁斗が蔵馬に同じ質問を投げかけたのだろう。
態々図鑑まで引っ張り出して説明してくれるつもりだったようだ。
「じゃあ、私も便乗させてもらおうかな」
そう言うと紅は彼らの向かいに腰を下ろす。
開かれたページは逆になってしまうが、別に活字を追うわけではないので不便ではなかった。
さぁ続きをどうぞ、と言わんばかりの視線に、蔵馬は苦笑に似た笑みを浮かべた後口を開く。
先程途中で途切れてしまった説明を、彼女のために初めから紡ぎだした。
蔵馬の即席七夕講座が終わり、紅の作ったゼリーを味わった。
久々にレシピなしで作ったから味に不安が残ると言う彼女だったが、食べてみれば中々の絶品。
特にお気に召したらしい暁斗は、まだ冷蔵庫に残っていると言う言葉に一も二もなく部屋を出て行った。
「七夕か…イベントって結構あるけど、七夕ってあんまり印象深くないわね」
「まぁ、確かに。この時期は雨で星なんて見えないことが多いし」
「笹も一般家庭では手に入れにくいって言うのもあるかしら」
そんな事を言いながら、先週買った雑誌を捲る。
今気付いたが、見開きにはでかでかと『夏の風物詩』と書かれ、短冊の吊るされた笹を見上げる男女の写真があった。
浴衣に身を包んだ二人の背後には満天の星空が見えている。
だが、実際にこのような空模様に出会えることは稀で、雲にその姿を隠されている事が多い。
「一年に一度の逢瀬か…」
イラストで描かれた彦星と織姫、そして二人を別つ天の川を指でなぞり、紅は静かに呟いた。
そんな彼女を眺めつつ、その何かを含ませた言葉に少しばかり首を傾げる蔵馬。
彼の思いを読み取ったのか、彼女は視線を上げずに口を開く。
「出来るなら毎日でも会えた方がいいし、ひと時でも離れたくはない。だけど…」
そこまで言うと、紅はその眼差しを蔵馬へと向ける。
妖艶と称するに値する笑みを浮かべ、細い指を彼の頬から唇へと滑らせた。
「離れていても、生きていてくれればそれでいいわ」
自分が隣に在ることよりも、彼の命が在ることの方が大切。
そう含ませた言葉に、蔵馬は口角を持ち上げた。
自身に絡められるその手を取り、掌にそっと唇を落とす。
「俺も、そう思うよ。でも………今は無理かな」
「?」
首を傾げる紅を引き寄せ、自身の腕の中に閉じ込めてしまう。
抱きしめるわけではなく彼女の腰で手を組み、その額に自身のそれを触れさせた。
亜麻色の前髪と、赤みを帯びた黒色の髪が交じり合う。
「一度離れる辛さ、会えない切なさを味わったから。もう二度と手放したくないと思うよ」
心から、と彼は微笑を浮かべた。
その優しい笑顔に、紅も同じく微笑んだ。
自由になっていた手をもう一度彼の頬へと滑らせ、唇を近づける。
限りなくゼロに近い距離で彼女は口を開いた。
「私も、もう離れたくない。寿命を全うするその時まで、あなたの傍に居たいわ」
「そのつもりだよ。高々川如きに邪魔なんてさせないし…それに、盗んでしまえばいいだけの話」
本業だしね、と呟く。
二人は目線を絡め、そして同時に笑い出した。
「何と一緒なら盗んでもらえるかしら?」
「もちろん、その身体一つで十分」
言葉と共に頬に落とされる口付けに、紅は擽ったそうに身を捩る。
それでも、その距離を開くつもりはないとばかりに、彼女の腕は蔵馬の首に絡められた。
06.07.08