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-悠久に馳せる想い- 番外編

蔵馬は妙に急く気持ちを抱え、歩道を進んでいた。
約束の時間まではまだ25分もあるし、約束の場所までは約10分。
どう考えても遅刻にはならないはず。
にも拘らず、彼の心は奇妙なまでにその身体を急かそうとしていた。
心に従うように足の速め、彼は待ち合わせの場所へとやってくる。
そこで、彼は自身の第六感と言う奴が間違っていないことを悟った。





「見る目が高い事は認めますけど、俺の恋人を勝手に口説かないでもらえません?」

後ろから掛かった声に、男は文字通り飛び上がった。
彼の前には先程まで鬱陶しそうな表情を浮かべていた紅が居る。
尤も、彼女が蔵馬の方を向くように立っていたので、誰よりも早くその存在に気づいていたが。
あわよくば紅を連れて歩こうとしていた男は蔵馬の存在を知ると、聞き取るには十分な音で舌打ちをする。

「男連れかよ…」

そんな三流な捨て台詞を吐き、彼はそそくさとその場から立ち去って行った。
妙な威圧感漂う蔵馬の視線に耐えられなかったのだろう。
男が公園を出て行くのを見届けると、蔵馬は漸く彼女の方へと向き直った。

「大丈夫だった?遅れてごめん」
「ええ。すぐに来てくれたから大して気分も害していないわ。それに…今はまだ約束の20分前よ?」

クスクスと笑い、紅は急いできてくれてありがとう、と言った。
そして、蔵馬の少しばかり跳ねた髪を整えるようにして手を添える。
几帳面な彼が寝癖をお供に来たとは考えられないのだから、それは急いできた証拠に他ならない。
事実、彼は10分掛かる道のりをその半分の時間で歩いてきたのだ。

「紅こそ。まさかこんなに早くに来てるとは思わなかったよ」
「本屋に寄りたかったから少し早めに家を出たの。まぁ、それでも思ったより早くに着いてしまったけど」

そう言って彼女は手に持っていた本を持ち上げる。
どうやらそれは小説らしく、タイトルは本屋のカバーに隠されていてわからなかった。
恐らく彼女の好きな推理物の小説なのだろうと蔵馬は思う。
紅はバッグの中にそれを仕舞いこむとゆっくりと蔵馬を見上げる。
そして、目を細めて微笑んだ。

「出発しましょうか?時間は惜しいし」
「…そうだね」

ごく自然に彼女の手を取り、蔵馬は彼女を連れ立って歩き出す。
彼らの背中が見えなくなった頃、公園の時計の短針は9を指し、長針は空を仰いだ。








適当にウインドウショッピングを楽しんだ二人。
昼食時よりも少し早いくらいの時間だったが、彼らは喫茶店へと足を踏み入れた。
軽食も取り扱っているらしく、この時間にしては割と人入りが多い。
日当たりの良い窓際の席に向かい合って腰を降ろし、他愛ない雑談に花を咲かせていた。

「どこか行きたい所は?」
「そうね…じゃあ、ピアスを買いに行ってもいい?」

紅の言葉に蔵馬は頷き、彼女の耳元へと視線を向けた。
最近そこにピアスが光っていたのを見た覚えがないな、と思う。
そんな彼の考えを読み取ったのか、紅は少し苦笑気味に微笑んだ。

「この間粉々になっちゃって…」

紅が好んでつけていたのは、銀のポールの先に絳華石と同色の宝石をはめ込んだだけのいたってシンプルな物。
さすがに優等生で通っている学校にそれをつけてくる事はなかったが、家ではよく赤がそこに光っていた。

「壊れるなんて珍しいな」
「この間コエンマに頼まれた仕事の途中でね。掠めた攻撃が運悪くピアスに当たって…」

ものの見事に被害を被った、と言うことらしい。
紅が気に入っていた物だっただけに、その妖怪は楽な死に方は出来なかっただろう。
蔵馬はそれを思って苦笑を浮かべた。
彼女の、一度気に入った物に対する執着心は中々のものなのだ。

「またいいのが見つかるといいね」
「そうね。…中々ないとは思うけど」
「この通りに色んな石を取り扱っている店があるから、そこに行こうか?」
「…店に関しては蔵馬にお任せするわ。この辺りはよく知らないし…」

紅の住まう幻海の屋敷からはかなり離れている町だ。
どちらかと言うと蔵馬の家の方が近いと言う事もあり、紅はその決定権を蔵馬に預ける。
彼は頷いてテーブルの上に乗っていた注文票を持ち上げた。
それを一瞥するように視線を落とし、自身の隣の席においてあった鞄を片手に立ち上がる。
行こうか、と紅に一声かけると、彼女が立ち上がるのを待って歩き出した。

「私も払うわ」

レジの前でそう進言した紅をやんわりと制し、蔵馬は二人分のお金を払ってしまう。
ありがとうございましたと言う店員の声に見送られ、彼は紅の手を取って早々に店を出た。

「今日は俺が誘ったからね」
「でも…」
「あ、じゃあ。今度何か手料理を食べさせてくれればいいよ」

それでお相子、と言って話を終わらせてしまう彼。
これ以上何を言っても彼が譲歩する事はないし、時間の無駄だ。
紅は苦笑を浮かべて頷いた。

「それにしても…佐倉の時に開けたピアスホールがまだ塞がってないんだな」
「早々塞がるものでもないし…普段はちゃんとホールが維持されるようにピアスをつけてるもの」

塞がるはずはない、と紅は答える。
それに、紅がこのピアスホールを塞ぐはずがないのだ。
これは蔵馬に開けてもらったものだから。

「今度は何色を探してるの?」

例の店の前まで歩いてきた二人。
蔵馬は硝子の向こうに並べられている石の数々の中からピアスだけを視界に拾い上げていく。
様々な色のそれが並ぶ中、紅は悩むようにそれらに視線を彷徨わせる。

「似合う色を選びたいんだけど…自分ではわからないものね」

紅は困ったように微笑み、店のドアに手をかける。
カランコロンとベルの音が店の中に響く。
ピアスばかりがずらりと並べられた棚の前に立ち、彼女は再び頭を悩ませた。

「蔵馬、私の雰囲気の色ってどれだと思う?」

紅の突然の質問に、蔵馬は彼女の後ろから棚を見た。
彼女が手に持っているのは前と同じ赤色のピアス。
どうやら彼女自身は自分の色を赤だと思っているらしい。
考えていた蔵馬だが、さほど時間を置かずにとあるピアスを持ち上げる。

「紅の雰囲気はこれ…かな」
「…藍色?」
「落ち着いた雰囲気だからね。佐倉は確かに赤いイメージだけど…紅は違うと思うよ」

そう言って彼女の手から赤いピアスを取り上げ、棚へと戻してしまう。
そして自身の持っていた藍色のそれをレジの方へと持って行ってしまった。
彼の意外な言葉に驚いていたほんの少しの間に、蔵馬はそれを購入して彼女の元に戻ってくる。
あえて梱包を断ったそれを台から外し、片手に持つと彼女の亜麻色の髪を耳にかける。
そうして藍のピアスをホールの中に差し込み、キャッチを嵌めた。

「誕生日の前祝い」

両方の耳にそれを通すと、蔵馬はそのピアスにキスを落す。
唇に直接キスされるよりも妙に照れが先立ってしまうのは、何とも不思議なものだ。
珍しくも頬を赤らめ、彼女は微笑んだ。



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06.02.08