First snow
-悠久に馳せる想い- 番外編

伸ばした手の上に舞い降りる白い結晶。
ひんやりとした感触を伝えるそれに、僅かながらも口元が持ち上がるのを感じた。





遠くの妖怪退治に呼ばれた幻海の留守を預かった紅。
一人で残すのは気が引けるとの理由で、昨晩は蔵馬が屋敷に泊まっていた。
翌朝、一番に目を覚ました紅は寒さに肩を震わせた後、静かに布団を抜け出す。
朝食の準備もある程度整った頃、廊下の向こうから足音が届いてきた。

「母さん!白!!」
「は?」

パタパタと足音が聞こえてきたかと思えば、バンッと勢いよく扉を開く彼。
父親譲りの銀の髪はまだ寝癖が残っており後ろあたりがピョンと跳ねている。
それに笑う間もなく、紅は彼の言葉に思わず間の抜けた声を返した。
次いで聞こえてきた足音の持ち主がそれを説明する。

「外を見ればわかるよ。それから、おはよう」
「ええ、おはよう。蔵馬に暁斗。…外?」

そう言ってキッチンの窓を少し開ければ、そこから見えたのは狭い雪景色。
道理で寒いはずだ、と紅は思った。
そう言えば起きてからと言うもの一切外の景色を見ていない。
ただ、いつもよりは窓の外の風景が明るいな、程度には思っていたが。

「雪が降っていたとはね」

肩にかけただけだったカーディガンに腕を通し、紅は窓を閉めた。
不思議と、寒い原因を知ってしまうと先程まで以上に寒く感じてしまう。
エアコンのリモコンを操作して部屋を暖めるように起動させると、紅は再びキッチンへと足を向けた。
壁の向こうから聞こえる暁斗と蔵馬の声を耳にして、その表情に優しい笑みを浮かべる。







朝食も早々に、暁斗は自室として宛がわれている部屋へと駆け込んだ。
紅と蔵馬が彼の様子に顔を見合わせて首を傾げる。
二人がそんな動作を行った程度の時間で、暁斗は再び部屋を飛び出してくる。
手に藍色の手袋を嵌めて。

「外行って来る!!」

元気に駆け出して行ったその背中を見送り、二人はまた視線を合わせるとクスクスと笑った。

「本拠地の辺りは雪も降らなかったしな…」
「と言うよりも、魔界自体雪なんて降らないじゃない。降ったら天変地異の前触れだって騒がれるくらいに」

紅がそう答えれば蔵馬が「それもそうだな」と頷く。
食器を片付けた紅が食後にとお茶を運び、蔵馬の前に置く。
笑顔と共に一言お礼を述べて彼はそれに手を伸ばした。
高校生同士だと言うのに、ここまでこの風景が馴染むと言うのも何とも言えないものだ。
連れ添った年月と言えば数十を通り越して数百になるのだから問題はないのだが…。
外見的年齢と言うのもかなり重要だと言う事がよくわかる。

「あの子に上着を渡してくるわ。風邪を引かないって言っても放っておくわけにもいかないし」

ふと部屋から去ったかと思えば、紅はその腕に彼女用にしては小柄なジャケットを片手に戻ってきた。
戸のところから顔だけを覗かせて蔵馬に声をかける。

「すぐに戻ってくるの?」
「ええ。寒いのはあまり好きじゃないし…」

そう苦笑を浮かべると、蔵馬はどうする?と問いかける。
彼は少し悩んだ後、待っていると一言だけ答えた。
紅はその答えに頷きを返して部屋を後にする。
外から聞こえていた暁斗の声が「母さん!」と嬉しそうに彼女を呼んだ。
窓硝子越しに見えた二人の姿に、蔵馬はその口角を持ち上げる。








適温に保たれた室内で彼女を待つことすでに一時間。
エアコンの所為で湿度が低いのか、急須から二杯目のお茶を注いだ。
机に肘をつくようにして窓の外に視線を向ければ、二人と白く丸い塊が枠の中に映る。
中との温度差からか、硝子には結露が見られていた。

「…………」

楽しげに笑う暁斗は自分の顔よりも大きな雪玉を抱えて紅の元へと歩く。
彼が近づいてきた事に気づいたのか、彼女はその息を白く濁らせながら暁斗を振り向いた。
窓硝子を通してその声を聞く事は出来なくもないが、さすがに音量が小さすぎたらしい。
何かを紡ぐように唇が動いている、と言う事だけしかわからなかった。
蔵馬はそんな彼らを見た後、壁に掛けられた時計を見やって溜め息を一つ。
読んでいた本に栞を挟みこむと、彼は漸く立ち上がった。
椅子に掛けてあったコートとその傍にあったマフラーを掴んで一時間動かなかった部屋から出て行く。




「紅、暁斗」

背後からの声に二人の肩が揺れる。
同時に振り向いたその目はやはり似ており、血の繋がりがあるのだと感じるとどこか嬉しかった。
二人の声に名前を呼ばれ、蔵馬はその足で玄関から彼らの元へと向かう。
彼は紅の前に立つと、自身の腕にかけていたマフラーを彼女の首元へと巻く。

「暁斗に上着を持って行って自分は薄着?」
「あ、ごめんなさい。遊んでいたら忘れてたわ」

そう言った紅の手を取れば、その手は雪の所為で冷たく、僅かに赤らんでいた。
無駄に身体が強いと言うのも考え物だな、と蔵馬は苦笑する。

「一旦部屋で温まった方がいいよ。暁斗も」
「えー…」

明らかに不満の声を上げる彼に、蔵馬は紅の手を包み込んだまま歩き出す。
紅が後ろから何かを言っていたが、その声は一切無視された。

「後30分だけだからな。あと、紅は連れて行くよ」
「何で母さんを連れてくの?」
「お前は妖怪、彼女は身体だけは人間」

OK?と蔵馬は肩越しに振り向きながら尋ねる。
寒さなど物ともしない自分だが、彼女の様子を見れば確かに寒そうだった。
暁斗はそれを見ると少し残念そうながらも頷く。
それを見届けると蔵馬は早々に紅を連れ立って屋敷内へと消えた。

「…とか何とか言って、結局は妬いてんだろうけどね。父さんも大人気ないなぁ…一時間放って置かれたくらいで」

ニッと口角を持ち上げ、暁斗はそう呟いた。







「何でこんなになるまで気づかないかな…」
「だって…久しぶりだったから。私も初めて雪を見た時には凄く楽しかったのよね」

それを思い出していたわ、と紅は微笑む。
妖怪として生きていた時間の長さの所為で、身体を労わることを忘れてしまって困る。
紅はそう言って苦笑を浮かべた。

「紅の“すぐに”は一時間なんだ?」
「…嫌味?」
「さぁ。時間も忘れて息子と遊んでた誰かさんには嫌味に聞こえる?」

にこりと。
蔵馬は微笑みと共に、首を傾げると言うオプションつきでそう言った。

「…ハァ、まったく…」

紅は背中から抱きすくめられていた姿勢を反転させ、彼の胸元に額を寄せる。
甘えるようなその仕草に驚くも、本能的に彼女の背を抱きしめた蔵馬。
彼の行動にクスクスと笑い、紅自身も彼の背に腕を回した。

「機嫌直る?」
「元々機嫌が悪いわけじゃないんだけどね」
「普段は殆ど嫉妬なんてしないのに…暁斗にだけは妬くのね」
「…近いからかな」

悩むように俯いた後、蔵馬は小さくそう答えた。
その答えに紅はまたクスクスと笑う。
血の繋がりがあるのだから、普通は逆なんじゃないか?と思う。
それでも、こうして独占欲を見せてもらうと大切にされているなぁと感じずにはいられなかった。

「この雪、明日まで続くらしいから…明日は三人で遊びましょうか」

その方が暁斗も喜ぶし、と紅は言う。
自身の感情を理解している蔵馬はふっと笑って頷いた。

それから更に一時間後。
時間が経つのを忘れて雪と戯れていた暁斗を二人が呆れ顔で迎えに行くまで後数分。

しんしんと降り続ける雪は、三人の足跡の上に新雪を残していく。



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06.01.25