君を繋ぐ鎖
-悠久に馳せる想い- 番外編

しんしんと降る雪は白く。
深い闇の中に静かに溶け、心の内をも溶かすように。
ゆっくりと、確実に浸透するそれは

どこかあなたの言葉に似ていると思った。











「24日?」

マフラーに埋めた唇でそう問い返す。
薄手のそれは寒さを凌ぐには今ひとつ不安を感じるが、それでも無いよりは随分頼もしかった。
今年は冷え込むなぁとどこか人事のように感じながらも彼女は隣を歩く彼を見る。

「そう。よければ一緒に出掛けないか?」
「んー…いいよ。その日なら一日空いてるし」

手袋に包まれた指で手帳を捲り、目当ての日付が空欄である事を確認する。
紅のそんな返事に、蔵馬は見惚れるような笑顔を返した。

「じゃあ、朝迎えに行くから」







通学路を行き交う生徒の視線を釘付けにして、こんな言葉を交わしたのが約一週間前。
カレンダーの上に記された丸が今日の日付の上にあることを確認し、紅は静かに外を見た。
爽やかな朝と呼ぶよりは寧ろいつでも雪を降らせる準備は整っていると言う風な空模様。

「…降るならさっさと降ってくれた方がいいんだけど…」

そう呟くとほぼ同時に、ポケットに押し込もうとしていた携帯電話が手の中で震えた。
耳に優しい音楽と共に着信を告げるそれ。
ディスプレイに映し出された名前を読み取ると、紅は荷物と防寒具を片手に部屋を飛び出した。

「お待たせ」

玄関を開くと寒々しい風が頬を撫でる。
今まで部屋の暖に包まれていた紅を容赦なく襲うそれに、彼女は肩を震わせた。
そんな彼女を見て蔵馬はクスクスと笑い声を零す。

「ほら、早く巻かないと風邪引くよ」

そう言ってコートに腕を通していた彼女の手からマフラーを受け取る蔵馬。
彼は向かい合うように彼女の前に立ち、それをふわりと彼女の首へと巻いた。
苦しくない、けれども温かいようにと巻かれたマフラーに口元を埋め、紅は微笑む。
オフホワイトのそれは誂えたように彼女によく似合っていた。

「時間もないし…行こうか」

慣れた動作で紅の手を取り、蔵馬は歩き出す。
ふと見上げた彼女の視界に映ったのは、葉を落とした木々と窓から見た時と同じ空だった。








ヒールの分だけいつもよりも高い視線。
山奥と言っても差し障りのない場所に住居を構える幻海の屋敷は、麓まで下りるまで時間が掛かる。
しかし、二人はその時間すらも苦ではなかった。

「どこに行くの?」
「秘密」

悪戯めいた笑みを浮かべ、人差し指を唇に乗せる彼を見て、紅は静かに口を閉ざした。
彼がこう言う笑みを見せる時は二種類ある。
一つは相手を完膚なきまでに甚振る時。
あまり喜ばしい事ではないが、学校で紅が告白された時などによく見られるものだ。
もう一つは、何か良い事を隠している時。
基本的に隠し事をしない彼だからこそ、隠すのはその効果を求める時だけだ。
前者でない事は明らかなのだから、言うまでもなく今回は後者。
気にする必要もないだろうと紅は彼の隣を歩く。

「あ、こっちだよ」

いつものように麓へと下りる道を進もうとしていた紅。
そんな彼女の腕を引いたのは他でもない蔵馬だ。
きょとんと彼を見上げる視線に、苦笑に似た笑みを浮かべてその手を引く。

「態々人の多い所に行く必要もないだろ?」

だからこっち、と説明になっているようでなっていない言葉を吐き、彼は進む。
戸惑う紅の足元を彼女に代わって確認しながら足を進める辺りは彼の優しさが窺えると言うものだ。

「訳がわからない…」
「着けばわかるから」

呟きに返って来たのはいつもの優しい笑顔だった。









「ねぇ、蔵馬?」

紅はそれを見上げて蔵馬を呼ぶ。
「何?」と短く返事をした彼は笑顔を浮かべていた。

「こんな所に行き成り20メートルはありそうな木が生えるわけないわよね…?」

彼らの前には、見上げても視界に納まりきらないような高い木があった。
程よく枝を伸ばしたそれは恐らくかなり手入れされているのだろう。

「俺に掛かれば半日作業だよ」
「…そうよね。蔵馬だもんね…」

愚問だった、と紅は苦笑を浮かべた。
改めて見上げた木は、周囲とは毛色が異なるものの実に立派なものだ。
じっくりとその葉を見つめていた紅が蔵馬を振り向きながら紡ぐ。

「察するに、樅の木?」
「ご名答。さすがだね」

紅ならわかると思ってたよ、と蔵馬は笑いながら彼女の隣に立つ。
黒い皮製の手袋に包まれた彼女の手を取る蔵馬。
疑問符を浮かべる彼女に微笑み、そしてコートのポケットからある物を取り出した。
紅はちょこんと手の上に乗せられたそれに視線を落とし、次に蔵馬を見上げる。

「プレゼント」

あまり習慣付いていない所為か、自分とそれを交互に見つめる彼女に一言。
綺麗なラッピングに包まれたプレゼントを手に乗せた紅はその言葉に笑みを深めた。

「…ありが」

お礼を紡ぐ紅の唇に、それを遮るように彼の手が被せられた。
不思議そうに首を傾げる紅に理由を告げる事なく彼はプレゼントを開けるよう促がす。
今日は疑問ばかりが浮かぶな…等と思いながらも紅は素直に従った。
赤いリボンを解き、自由になった箱を開いて中身を目に捉える。
ふわりとした質感の布の上に鎮座していたのは、僅かな日の光を綺麗に反射させるブレスレットだった。
二本が絡み合う細いシルバーのそれには間隔をあけて絳華石と同じ色の石が三つほどついている。

「…綺麗ね」

思わず呟いた声は彼に届いただろうか。
蔵馬はそれに答えるかのように箱の中からブレスレットを拾い上げる。
そして彼女の手から空箱を受け取り、再びその片腕を取った。
スルリと手袋から彼女の手を抜き去る。
細い手首へと銀のそれを回し、後は金具を取り付けるだけとなった所で彼は動きを止める。
そして、真っ直ぐに紅を見つめた。

「受け取ってくれる?」
「?もちろんよ」

彼の真意を読み取れないからか、紅は僅かに首を傾げながらそう言った。
蔵馬は彼女の反応にふっと笑みを零す。
自分の言い方ではその本心が伝わらないのも無理はないだろう。

「…これは鎖だよ。紅を繋ぐ鎖」

少し動かせばシャラ…と音を奏でるそれ。
彼が告げる言葉に、紅は驚いたように目を見開いた。

「受け取ってくれるなら…覚悟して。二度と放さないから」

言葉と言う名の鎖で、自由から彼女を繋ぐ。
他でもない、彼女自身の言葉で。

「…つけて、蔵馬」

聞こえてきた声に、手元に落としていた視線を持ち上げる蔵馬。
映ったのは綺麗に微笑む紅の嬉しそうな表情だった。

「嫌だなんて言うわけがないでしょう?…蔵馬以外に居場所を作るつもりはないの」

彼女の言葉に続くように、パチンと言う小さな音が二人の耳に届いた。
蔵馬の手が離れると、そこに光るのはブレスレットのみ。
お互い何かを言うでもなく、ただ顔を見合わせて笑いあった。







「樅の木は演出?」
「そんな所だね」
「…ご苦労様。そう言えば昨日は一日音信不通だったわね」
「はは、ごめん。作業に没頭してたから」

そう言ってポンポンと樅の幹をたたく蔵馬。
そんな彼に紅は別に構わないわ、と言葉を返す。
見上げた視界に白が映りこんできた。

「―――…あ」

紅の声に気づき、蔵馬も同じように空を仰いだ。
静かに舞い降りてくるそれ。

「……雪か」

やがて二人の元まで舞い降りてきたそれを受け取るように、紅は両手を差し出す。
彼女の手の平とブレスレットに当たり、それは音もなく溶けた。
吐き出す息が白く曇る中、二人は決して多いとはいえない言葉を交わしながら時を過ごす。

「…紅」

不意に、蔵馬が紅の名を紡ぐ。
返事をしようと顔を持ち上げた彼女の顔に影が差した。
掠めるように唇が紅のそれに触れる。

「―――…不意打ち?」
「言った方がよかった?」

クスクスと笑いながら彼は再度唇を落とす。
触れるお互いの熱がただ愛おしかった。


「ここ、気に入ったわ。また連れて来てね」
「…来年はヤドリギも用意しておくよ」
「ヤドリギ?」
「意味は自分で調べてみればいい」
「ふぅん…。ねぇ、お返し何がいい?」
「別にいらないよ。紅の時間をくれるなら」
「…………………相変わらず口が上手いわね…」


Merry Christmas!!

[ 2005年クリスマスドリーム ]

05.12.24