Good morning
-悠久に馳せる想い- 番外編
鳥のさえずりが耳に届く。
優しい日差しに包まれて、その意識は覚醒していった。
久しぶりに爽やかな寝起きだと思った。
自分以外のぬくもりをその腕の中に感じながら、蔵馬はその目を開く。
まず、白いシーツに流れた亜麻色の髪と自分の腕が目に入った。
そして少しだけ頭を下へと動かせば、静かに寝息を立てる彼女が視界へと飛び込んでくる。
その印象的な眼が閉ざされていても劣る事を知らぬその端整な顔立ち。
薄く開かれた口唇から規則的に寝息が零れ落ちた。
「……紅」
小さくその名を紡げば、自分と同じく耳の良い彼女は僅かに身じろぐ。
眉を寄せるように目をほんの少し強く閉ざしたが、その瞼が持ち上がる事はなかった。
まだ寝たいんだ、と言う意志の表れだろうか。
紅は蔵馬の胸に擦り寄るような形で顔を俯けてしまった。
きゅっと身体を丸め込むようなその仕草は猫を思い出させ、蔵馬は声を殺して笑う。
一頻り笑った後、彼はこれからどうしようかな、と視線を持ち上げた。
視界に入り込んだ時計は、まだ起きるには少しばかり早い時間を指している。
かと言って、今から再び寝るには意識が覚醒しすぎた。
「(いっその事、紅も起こして出掛けるのもいいかな。)」
紅の頭が乗せられている腕を動かさず、彼は仰向きの状態へと動く。
体重の移動にあわせてベッドのスプリングがギシリと軋んだ。
ぼんやりと天井を眺めて時を過ごすには、自室のそれはあまりに見慣れすぎていた。
いつもと変わらぬ位置にあるシミに目を向けながら、彼は思う。
「(今日は留守番任されてたんだっけ。じゃあ、あまり遠出は出来ないな…。)」
この際だから紅に行きたい所を聞いてみようか、とも思った。
だが、彼女の答えはきっと「一緒ならどこでもいいよ」だろう。
優柔不断なわけでも、自己主張がないわけでもない。
ただ…本心から彼女はそう答えるのだ。
自分が好きだと言った優しい笑顔を浮かべて。
その様子を想像するのは容易く、蔵馬はまた声を殺してクスリと笑った。
「…蔵馬…?」
寝起き独特の少しだけ掠れた声が自分を呼んだ。
身体ごと彼女の方を向けて視線を合わせれば、まだ眠そうな目が蔵馬を捉える。
「ごめんね。起こした?」
「…平気。自分で起きたみたい」
はにかむような笑みを浮かべてそう言った後、彼女は自分が枕にしていたものを思い出した。
緩急な動作で頭を彼の腕から枕へと移動させる。
「動けなかったでしょ?ありがとう」
「どういたしまして。お代は紅の寝顔で十分だよ」
「…随分高いのね」
慣れてしまった笑みを零し、枕に頬を埋める。
身体に掛けられたシーツを手繰り寄せて、その身体を包み込む。
「もう起きる?」
「ん」
「じゃあ…朝食を食べたら出掛けようか」
「どこに?」
首を傾げるようにして、彼女は肘をついて僅かに身体を起こしていた蔵馬を見上げる。
そんな仕草にクスリと笑みを零し、彼は紅の頬を撫でた。
「どこに行きたい?紅の好きな所に行こう」
「…蔵馬と一緒ならどこでもいいよ」
紅は何の躊躇いもなくそう言った。
彼女の答えに蔵馬は今度こそ声を出して笑う。
「何か変な事言った?」
笑い続ける彼を見上げて紅は首を傾げた。
目尻に溜まった涙を指で拭いながら、蔵馬は彼女の頭を撫でる。
梳かれた髪がシーツに広がる領域を増やした。
「はは…っ。ごめんごめん。あまりにも想像と同じだったからつい…」
「予想通りって事ね」
「そう言う事」
そう答えてもう一度彼女の髪を梳くと、彼はベッドから足を下ろす。
彼が立ち上がって尚、紅はシーツに包まったままだった。
「今日は家でゆっくりしようか。最近忙しかったしね」
「ええ」
「で、朝食は何食べたい?」
「………作ってくれるの?」
その質問は意外だったのか、紅はきょとんとした表情を浮かべて質問で返す。
そんな彼女の反応にクスクスと笑った。
「もちろん。和食でいいかな?」
「いいわ。ありがとう」
蔵馬の料理は久しぶりね、と笑う紅。
彼は腰を折って彼女の額に唇を落とし、待っててね、と言い残して階下へと下りていった。
蔵馬が部屋を出た後も暫くの間ベッドを満喫していた紅。
不意に隣にあった熱が冷め始めたのを感じ、彼女は漸くシーツから出た。
寝巻き代わりにしていた蔵馬のシャツの皺を伸ばすように払う。
三つ目まで外れているボタンを二つだけ留めて、指を覆っても尚余りある袖をまくる。
そうして準備を整えると紅はスリッパを履いて階下へと足を向けた。
リビングの扉を開けば、鼻に届く優しい匂い。
それに表情を緩めて、紅はリビングを横切った。
キッチンで動いている愛おしい背中を視界に捉え、その目を細める。
そして、危なくない事を確認して背後から彼の身体に抱きついた。
「おっと」
ぎゅっと胸の方まで回ってきた腕に驚くも、彼はすぐに笑みを浮かべる。
首だけで後ろを振り返り、彼女と目を合わせた。
「おはよう、蔵馬」
笑顔と共に紡がれる言葉。
紅の頭を引き寄せて掠めるようなキスを送った後、数センチの距離で彼は答える。
「おはよう」
こうして、彼らの一日は始まりを告げる。
05.09.29